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会議の内容

  外は更に雨がひどく降っていた。午前のミーティングは、長引いて13:00まで行われていた。広川はテレビ会議をしていたモニター室の灯りを消すと、かなりぐったり感じで、自分の席に戻り座った。


「お疲れ様です!!」


 北村が大きな声で話しかけてきた。


「おお。お疲れ様。どうしたんだい。そんな大きな声をだして」


 広川はビックリして北村に返事をすると、北村が頭をかきながら、申し訳なさそうに言った。


「いや、さっきから呼んでたのですが、全然気づかなかったから。つい…」


「そうだったのか…悪いな。ちょっと考え事をしててな。

 悪いけど、ちょっと疲れてるから、一人にしてくれないかな」


「そうでしたか…。わかりました」


 北村は、そう言うと、自分の席にとぼとぼと戻って仕事を始めた。

 広川は、席に深く腰掛けて両手を頭に乗せて、しばらく天井を見上げた。

 そして目を数秒閉じて、またぱっと目を開いた。


 まだ会議の内容を消化することができずにいたが、鈴木から頼まれている来期の業績目標の書類作成が終わっていなかったので、とりあえず取り掛かろうとした。


 そして自分の席の棚から書類を取り出し、来期の業績目標の下書きを作り始めた。広川の部署は主に、アジア各国の取引先の対応とその地域にあるグループ会社の駐在事務所の業務監督をしていた。中国を始め、韓国、インドネシア、ベトナム等の国々の昨年の各業績をしばらく見ていると、広川はため息をついた。


 インドネシアの業績が、昨年から10%上がっているとはいえ、中国の業績がグループ会社の40%を占めていた。その他の国々も、以前よりかは増加しているものの、ほとんどの国で5%に満たない数字だった。


 広川は、“まずいな”とぼそっと呟いた。そして、また目を閉じて、会議の内容を思い出していた。


 会議が始まるとすぐに、上海事務所の榎木所長が、中国の武漢の病院の写真と動画を流し始めた。そこには、病院の中で、多くの患者が座り込んでいる風景が映し出されていた。ほとんどの人たちは、治療されないまま、放置されていて、それが病院前まで溢れていた。動画では中国語で「早く見てくれ」と声を荒げて、医者に詰め寄る患者もいた。


 モニターに映し出されている写真と動画に、会議に出席している参加者からは、ため息がこぼれた。ときおり、榎木所長が「既に日本のメディアで流されているようなので、目にしているかもしれませんが…」と断っていたが、みんな重苦しい雰囲気に包みこまれていた。


 榎木が、用意していた動画と写真を映し終えると、話し始めた。


「実は、ここに集まって頂いた方にお願いがあります。これから、しばらく中国この武漢を始め様々なところで、想像もできないような規制が始まります。」


「なんでしょうか?その想像もできないような規制というのは」


 ざわついた雰囲気の中で、本社の及川が、少し焦るように、話に割り込んできた。


「明日、中国政府から発表されるか、ニュースで知ることになるかと思いますので、ここでは、控えさせていただきます。お願いというのは、中国について、知りえる限りの情報提供をしてほしいということです」


「それは、榎木所長が中国にいる一番知っているのではないでしょうか?」


 一部の参加者から横やりが入った。


「ええ、マクロ的な部分では、中国に駐在している私を含めた駐在員の方が詳しいかもしれません。しかし、今回はもっと細かい、みなさんの個人的なつながりが必要なのです」


「なるほど、ここにいる人たちの個人的なつながりか…」


 砂川が、話し出すと、続けていった。

 「そう言えば、広川課長補佐は武漢大学に留学していたんだっけな」

 砂川は、上海事務所の元所長で、その時に広川と一緒に仕事をしていた時期もあったので、広川の事を良く知っていた。広川は、誰かから指摘を受けるかもと身構えていたので、整然と答えた。

  

「ええ。大学の頃に、一年ほど留学していましたよ」


 そうすると、他の参加者から、"オー!"という歓声にも似た声がイヤホンに響いた。少し声が大きくて、片方のイヤホンを耳から外しながら、広川は苦笑しながら答えた。


「そうは言っても、あれから武漢に戻ることはなく、現地の留学生や当時知り合った大学生たちも武漢を離れていて、純粋に武漢に住んでいる人たちは数えるぐらいしかいないですが」


「それでもいいです」榎木が声を弾ましながら言った。

「どんな小さな情報でもいいんです。わずかでもいいんです。その人のつながりが、きっと線になって、今回の出来事の全貌をいち早くつかめることにつながると思うんです」


 榎木の口調は、普段とは違う鬼気迫るものがあった。他の参加者も、普段温厚な榎木がこのようなトーンで話す姿から、中国で起こっていることが、日本のワイドショーやニュースで流れている内容よりも、厳しい状態になっていることを、感じ取っていた。


 そこから、参加者の中国での留学先や駐在経験の地域等を確認しあい、地方の共産党幹部や企業幹部を列挙し、地域ごとの担当を決めていくことになった。様々な案件や地域性を確認しあいながら、各地域に担当者の名前が書かれていった。広川の担当は、留学時代に武漢大学にいたこともあり、やはり武漢地域になった。


 一通り担当が決定して、これからの方向性の話が終わると、榎木が締めくくるように話し始めた。


「今日はありがとうございます。かなり前向きな会議になってよかったです。ただ、先ほども言いましたが、中国は数か月の間、日本では考えられないようなことが起こります。それだけは覚悟しておかなければいけません。各グループ会社の中国担当者は、業績目標も変更せざるをえないかもしれません」


 モニター越しの参加者の顔が少し曇った。みんな、本社から提出する業績目標を作成している途中だったので、その修正をする必要があるためだった。それが、今期の評価につながると思うと、一瞬に場が緊張感に包まれた。榎木がそのモニター越しの関係者の顔を見て苦笑いをしながら、続けて言った。


「・・・ただ、それも既に本社の朝田会長もご存じです。業績目標がこのことで落ちるのも、仕方がないともいわれておりましたので…」


 榎木がそう言うと、モニターの参加者の顔が若干ほっとしたような面持ちになった。広川は、モニターの参加者の顔を見ながら、こっそり笑いをこらえた。


 「それでは、かなり長引きましたが、これで今日の会議は終了です。どうもありがとうございました」


 榎木がそう言うと、モニターに映っていた参加者が退出し始め、広川も榎木にあいさつをしてから退出していった。

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