(85)行商人との出会い①
~紗彩目線~
「サーヤー、いるー?」
「いますよ…………ってジャックさん?」
厨房の外からジャックさんの声が聞こえてきて彼に答えれば、彼が厨房のドアを開けて厨房の中に入ってきた。
彼を見れば、尻尾がバタバタと揺れていることに気づく。
どうしたんだろうかと思えば、パアッと明るい表情を浮かべながら彼は近づいてきた。
「暇だから遊びに来たんだけど、なんかすごく甘い匂いするね」
不思議そうな表情でキョロキョロと周りを見回しながら言う彼に、私はなぜ彼がここに来たのかなんとなく理解した。
たぶん、チョコを溶かした時に出た甘い匂いに連れられてやってきたのだろう。
作ったチョコが入っているそこの深いお皿を彼に見せれば、不思議そうな表情でお皿の中にのぞき込んだ。
だけど、覗き込んだ途端目を輝かせた。
「チョコですよ」
「すごく小さい……食べていい?」
ジャックさんの言葉にラーグさんの方を見れば、彼は頷いた。
「いいですよ」
「わあ、ありがとう!」
皿の中にあるチョコを一粒を持ち彼に差し出せば、彼は口を開いたまま止まった。
…………?いったい、どうしたんだろう?
そう思いながらも彼を見ていれば、ニコニコと笑いながら口を開けて待っている。
…………食べないのだろうか?
そう思っていると、ラーグさんがジャックさんの頭をパンッとはたいた。
驚いていると、ラーグさんが一粒のチョコを取ってジャックさんの口の中に押し込んだ。
「…………自分で食え」
「……」
ラーグさんのそんな言葉に、ジャックさんはムッと眉間にシワを寄せながらもモグモグと口を動かしている。
何がしたかったのだろうかと思っていると、私が持っている皿からチョコをまた一粒とって今度は自分の口の中に入れた。
「…………食べやすいな」
一瞬、ラーグさんがふんわりと笑った気がした。
そんなラーグさんの隣で、ジャックさんが目をキラキラと輝かせながら口を動かしている。
「ほんと!これなら、任務の時もこっそり食べれる!」
食べていたチョコを飲み込んだのか、ジャックさんはその場で飛び跳ねながら喜んでいる。
その横でラーグさんが、眉間にシワを寄せながらジャックさんを睨み付けている。
「…………親父に言いつけるぞ」
「それはやめて」
ラーグさんがボソリと言った言葉に、ジャックさんは飛び跳ねるのをやめて真顔になって言った。
ああ…………怒られるのね。
もしかしたら、虫歯とかそういう系なのかな。
そう思うと、前にジョセフさんに怒られたことを思い出した。
…………たしかに、あれはもう二度と怒られたくない。
「そういえば、サーヤはこれから暇?」
ジョゼフさんの表情を思い出してげっそりとしていると、ジャックさんが話しかけてきた。
彼の話曰く、暇だったら一緒に街にいかないか?と言うらしい。
どうやら、今日は商人街という行商人が集まる街が開かれる日らしい。
とは言っても、私は一人での行動はできない。
騎士と一緒に、と言われているけど彼は見習いだから騎士には入らないし。
「私は、騎士と一緒ではない場合の行動は止められています」
「……………………なら、俺が行こう」
「え!?」
私が困ったように言えば、ラーグさんが一緒に行ってくれると言ってくれた。
でも、そんなラーグの言葉にジャックさんは心底驚いたと言いたげな表情で声をあげた。
「…………なんだ」
「いや、ラーグさんが厨房から出るのってかなり珍しいから…………」
ラーグさんがギロリとジャックさんを睨むと、彼は慌てたように小さな声で言った。
「…………さっさと行くぞ」
「はい!」
ラーグさんは驚くジャックさんを無視してそう言えば、ジャックさんは嬉しそうに大きな声で返事をした。
…………ラーグさんって、素直じゃないんだろうか?
次回予告:商人街に来たサーヤたち
はじめての商人街に興奮するサーヤ
そんな彼女に話しかけてきた人物とは……