(63)vs誘拐犯②
*良い子は絶対に真似をしないように
~紗彩目線~
「ひっく…………ひっく…………」
「大丈夫、大丈夫だよ。お姉ちゃんが守るからね」
泣いている男の子を抱き上げて、ポンポンと背中を優しくたたく。
私は、開けた男性の顔に向かって『唐辛子の粉末の入った瓶』を投げた。
ふたを開けたままだった瓶から、もちろん唐辛子の粉末は飛び散った。
その結果、男性は野太い悲鳴を上げて転げまわり、私はその隙に男の子を連れて部屋の中から逃げ出したのだった。
とはいっても、もう唐辛子はないから目つぶしはできないだろう。
ただ、唐辛子という劇物を食らったんだ。
しばらくの間は、痛みで目を使えないはず。
本当なら足を潰した方が逃げない可能性もあったんだろうけど、目に入ったものが唐辛子だったから急遽目つぶしに変更した。
過剰防衛にならないかが心配だけど、仕方がないと思いたい。
とりあえず、まずは犬耳の騎士たちを見つけよう。
本部の入り口から出て周りに助けを求めるっていう方法もあるけど、私はまだここらの地理には詳しくない。
どっちの方角にあるのかもわからない以上、下手に動き回るのは私もこの子の体力が危ない。
何より、二週間過ごしてある程度理解できている本部の方がこっちにまだ利がある。
とにかく、今一番必要なのはこの子の安全だ。
さすがに、私もこの子を守りながら進むには限界がある。
もともと、戦闘力は皆無なんだから。
とりあえず、一息ついたところでこれからどうしよう。
さすがに獣人とはいえ、男の子は精神的にも消耗しているからいつ限界が来るかわからない。
そうなると、また襲撃された時に逃げ切れるかわからない。
それに、私もこの子を抱き上げて誘拐犯と鬼ごっこするには体力的にもキツイ。
そうなると、今やるべきことはいかに誘拐犯と距離をとるか。
今、目を潰したからってずっと使えないは限らない。
唐辛子の粉末が目や鼻に入っても、オリーブオイルなどの油を使われれば回復してしまう。
これは、ネットで得た知識だ。
確か、油は唐辛子のカプサイシンを溶かすらしい。
…………思ったけど、失明する可能性もあるんだよね。
催眠スプレーにもカプサイシンって入っているらしいけど、安全な分量らしいし。
…………唐辛子の粉末を目にかけるのはもう二度としないようにしよう。
失明なんてしたら、責任持てないし。
うん、良い子は絶対に真似しないでね案件だわ。
私?
良い子以前に、年齢的に子供にはならないからセーフ。
ただあの男性、四種族のうちのどれかだから人間と違って失明しない可能性が高いけど。
ジョゼフさんも、四種族のどれもが自己回復能力が高いらしいし。
…………大丈夫だと思いたい。
とりあえず、今は距離を開けること。
男の子が落ち着いたのを見計らって下ろし、カバンの中を探る。
「!?これ……」
私が見つけたのは、赤と青の丸い二つのボタンが並び、小型のマイクが取り付けられている四角い物体だった。
私には見覚えのあるものだった。
【ボイスレコーダーと言ってね。魔力を詰めた核が入っていて、この青いボタンを押せば自分や他人の声を録音できるのだよ。そして、この赤いボタンを押せばそれを再生できる。これに必要だと思った部分を記録して、私達が忙しい時はそれを聞いて復習してほしいんだ】
一週間前、ジョゼフさんがそう言って渡してきたものにそっくりだった。
でも、ジョゼフさんが渡したものは私が寝泊まりしているシヴァさんの部屋にある。
ということは、これも犬耳の騎士が行っていた道具の一つなんだろう。
「青が録音、赤が再生…………」
ジョゼフさんに言われたことを思い出しながら異世界バージョンのボイスレコーダーをいじっていれば、ボイスレコーダーの容量がほとんど使われていない状態だということがわかった。
ボイスレコーダーがあれば、攻撃は無理でも相手を撹乱させることはできる。
「おねぇちゃん?」
「僕、ちょっとごめんね」
男の子に、私はとある頼みをした。
はっきり言って大人としては子供が泣くところを見たくはないけど、今はお互いの命がかかっている。
文句は言っていられない。
次回予告:誘拐犯にとある罠を仕掛ける紗彩
そんな彼女に、少年はとあることを尋ねる
 




