(38)憎しみ
~紗彩目線~
本当にどうしよう。
早くセレスさんと合流したい。
でも、そのセレスさん本人がどこにいるのかもわからない。
下手に動くのも危険な気がするし。
でも、合流しないと本部に帰れる気もしない。
…………こんなことになるんなら、きちんと本部からの道順を覚えておくべきだった。
「ね~ね~」
「なんですか?」
ニコニコと笑いながら話しかけてくる男性。
私としては、この人もなんとかしないといけない気がする。
今までの経験で、なんとなくわかる。
この人、相手をするのが厄介な人だ。
ずっとニコニコと笑顔を浮かべていて、何を考えているかわからないタイプ。
この人がそうかと言えば、そうというわけではない。
話し方のせいか、精神面が少し幼く見える。
ニコニコしているのは相手に考えを悟らせないためか、ただ単に今の状況を楽しんでいるのか。
…………後者な気がする。
「名前、聞いてい~い?俺、ロイド」
「紗彩です」
「サーヤって言うんだね~。ねぇ、サーヤ」
「なんですか?」
名乗られた以上、こっちとしても名乗らないわけにはいかない。
怪しんでいる相手とはいえ、怪しんでいることを相手に悟られたらどういう行動に出るかわからないし。
そう思いながらニコニコとした男性__ロイドさんに答えると、彼はニコニコと微笑ましそうな表情を浮かべて言った。
「サーヤはさあ、周りを憎んだことってある?」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
言っている内容と、表情があっていないせいかもしれない。
でも、ロイドさんが言った言葉の意味が分からなかった。
「…………意味がわかりません」
「え~、わかりやすいでしょ」
私がそう言えば、ロイドさんは首をかしげながらムッとした表情で言った。
本当に意味が分からない。
わかりやすいって、いったいどこが?
ロイドさんの「わかりやすい」という言葉で、余計に思考がこんがらがりそうになる。
まず、憎むっていったい誰を?
周りを?
周りを憎んだことなんてない。
確かに、苛立ったことはある。
学生時代、性格が合わないクラスメイトとグループワークで強制的に行動した時とか。
仕事をしない同僚とか上司とか。
でも、誰かを憎んだことなんてない。
もともと、私はそんなに人と進んで関わろうと思うタイプではなかったし、苦手な相手とはできる限り関わらないようにする方でもあった。
だから、苦手意識を抱く相手はいても憎しみを抱く相手なんていなかった。
というか、まずなんでそんな話題が出てきたんだ?
「サーヤは、この国……この大陸の種族じゃないでしょ」
一瞬、ドキッとしてしまった。
まさか、異世界から来たことがバレた?
でも、いったいどうして?
「どうして、そう思うんです?」
「簡単だよ~。この大陸の種族は、どんなに違くてもみーんな同じ言語を使っているからね。サーヤの言葉が通じない時点で、サーヤはこの大陸の出身じゃない」
「そうなんですね」
ニヘラ~と気が抜けるような笑顔を浮かべながら言うロイドさんに、心の中で安心する。
異世界出身だということがバレたわけじゃなかったんだ。
でも、言語が通じないという理由で違う大陸の人だってわかっちゃうのか。
それなら、早くこの大陸の言語を覚えないと。できる限り、悪目立ちだけは避けたいし。
「で、どうしてここに来たの?」
「気づいたら森の中にいて、とてもやさしい人に保護されました」
不思議そうに聞いてくるロイドさんに、ぼかした内容で簡潔に言う。
ロイドさんの事は信用できるかわからないし、騎士団に保護されたっていうのはおいそれと言って良いものなのかもわからない。
とりあえず、嘘は言っていないから大丈夫でしょ。
気付いたら森の中にいたのは事実だし、シヴァさんたちが優しいのも事実だし。
そう考えながらロイドさんを見れば、彼はケラケラと笑っていた。
「あはっ、普通にヤバくて笑ったわ」
「……笑い事ではないのですが」
「でさ~」
「今度は何ですか?」
なんなんだ、この人。
私が文句言っても、さらりと話題を変えるし。
とりあえず分かったのは、ロイドさんは笑いの沸点が謎でマイペースな人ってことだけ。
うん、あんまり好かれなさそう。
「憎んだことある?」
また、この質問。
笑いながら聞いてくるロイドさんに、私は言い表せない恐怖を感じた。
いったい、どうしてそこまで周りを憎んでいるかって聞いてくるんだ?
私がどう思おうと、この人には関係ないはず。
「…………ありませんよ」
「え~、ほんと~?」
「本当です」
ニコニコと笑いながら聞いてくるロイドさんに、私は心の中で恐怖を感じながらも答えた。
「なんで?」
「え?」
私が答えた瞬間、表情が抜け落ちたように一瞬で無表情になってロイドさんは言った。
「なんで憎まないの?」
「憎む理由がわからないのですが」
「え~、だってさ~サーヤって気づいたら森の中にいたわけでしょ?それってさ、周りはサーヤのこといじめて捨てたってことでしょ?」
「…………」
無表情で淡々というロイドさん。
話し方は、さっきまでと同じでのばした話し方。
でも、表情は笑顔ではなく無表情。
はっきり言って、怖い。
言動と表情が全くあっていない。
恐怖で体が震えないように体に力を入れながら、ロイドさんの言葉を考える。
どうして、私があの森の中にいたのかはわからない。
どうして、この異世界に来てしまったのかはわからない。
何か、原因があるのかもしれない。
でも、周りが私を必要としなくなって私を捨てたとして、どうしてそれで私が憎むことになるんだろう?
「なんで、憎まないの?普通、ムカつかね?」
「森の中にいた理由はわかりませんが、別に捨てられてもいいです」
「…………は?」
「その人たちにとって、私は必要なかった。それなら、その人たちが私を捨てたことを後悔するように私が行動すればいいんです」
無表情で私を見ながら言うロイドさんに私が言えば、ロイドさんはポカンとした表情で私を見ていた。
だって、そうでしょ?
捨てられたから憎んで犯罪を犯すなんて馬鹿げてる。
そんなことすれば、私は捕まって私の人生は終わり。
文字通り、ジ・エンドだ。
そんなことに、なんで私が時間を使わなければいけないの?
もし復讐をするのなら、相手が勝手に自滅して私が正しくなるように動く。
…………ああ、そうか。
ここで、私はあらためて気づいた。
ブラック企業なんかで無理して仕事なんてしないで、証拠を集めてしかるべき組織に訴えればよかったのかもしれない。
「…………へぇ~」
改めて本来の自分がする行動を思い出して俯いていれば、ロイドさんの愉快そうな声が聞こえてきた。
顔をあげてロイドさんの顔を見れば、ロイドさんはさっきの無表情が一変してニヤ~ッと意地の悪い心底愉快だと言いたげな表情を浮かべている。
「チビちゃんって、面白いね~」
「そうですか?」
「そうだよ~」
私のどこがおもしろいのだろうか?
勝手に自分の過去の行動を後悔して、自業自得な疲れに苛立って母さんに当たってしまった私なんかが?
…………やっぱり、この人はいまいちわからない。
なんというか、今までにいなかったタイプだ。
今までに関わってきた人たちの誰にも、彼みたいなタイプはいなかった。
「じゃあね~。また会おうね~」
ロイドさんはそう言って、目の前から姿を消した。
…………瞬間移動も、魔法に入るのだろうか?
もうなんでもありだな、この世界。