(267)胸騒ぎ
~目線なし~
「…………」
「どうしたのですか、団長」
「…………いや、胸騒ぎがするだけだ」
眉間にしわを寄せたまま黙っているシヴァに、アルは聞くが、彼は首を横に振って否定するのみだった。
シヴァは目をつむりながら何かを考えこんだ後、目を開きアル・ノーヴァ・セレスの三人を見回した。
「さて、ジャックとサーヤからの情報で【ロイド】らしき人物の目撃が確認された」
「でも言っちゃあアレだけど、なんだかおかしいわよね」
「…………たしかに、俺達も探した。でも、何も出てこなかった」
「商人街も調査しましたが、その時は何の情報も出てきませんでしたしね」
シヴァの言葉に、セレスが首を傾げ、ノーヴァはぼそりと小さな声で呟き、アルは当時の調査書類を引っ張り出しながら言った。
そう、実際はあの襲撃事件__ロイドの正体が判明してから、何度も騎士団は周囲の住人たちに聞き込みを行っていた。
もちろん、ジャックと紗彩が情報を拾ったという商人街にも聞き込みを行った。
何しろ、商人街にいる商人たちは獣人の国のいろいろな場所を巡ってから商人街にやってくる。
商人街とは、商人にとっては一種のゴール地点のようなものなのだ。
つまり騎士団にとっても、商人街は情報収集にうってつけの場所でもある。
だが聞き込みでは全く見つからなかったことに対し、ジャックと紗彩は簡単に情報を拾うことに成功した。
「…………罠か」
シヴァたちは、罠なのではないかと疑っていた。
「そう考えるのが、妥当ですね。我々を罠にかけるため、わざとその商人の視界に入るように動いたかと」
「…………どっちにしても、調査は必要」
罠なのであれば、わざとかかるような真似をせずに逆にこちらもそれに対策する。
だがもしもその不審な集団が罠ではなく、前回の怪物の襲撃事件のような大きな事件を起こすためにその場所にとどまっている可能性もある。
その可能性がある以上、騎士団としては放置できない。
「そうだな。その情報が嘘か本当かは不明だが、その謎の集団とやらが本当にいるかもしれない。何より罠だと考え放置した結果、またあの一斉襲撃事件のような大きな襲撃が起これば目も当てられない」
シヴァはそう言いながらも思案する。
罠の可能性がある以上、下手に調査任務として他の騎士たちを向かわせるわけにはいかない。
何しろ、相手は証拠がないとはいえS級の危険人物だ。
もし本人がいた場合、そこらの騎士たちでは対処は不可能。
「…………アルカード、この任務をお前に任せる。危険度はSを想定しろ」
「わかりました」
シヴァがアルに向かって言った。
【危険度S】
精鋭部隊を率いて、最悪の場合は解決ではなく自分たちの命を優先させなければいけない最も危険度が高い任務。
基本、騎士としての任務とは解決することが大前提である。
だがその危険度によっては、騎士たちの命が簡単に落ちてしまう可能性が高い任務も存在する。
その場合は、指揮官の判断で解決ではなく騎士の命の安全を優先しなければいけない。
危険度Sが判断される任務自体は数少ないが、そのほとんどが非常に危険な犯罪者である【S級】の犯罪者たちが関わる任務だ。
【S級】の犯罪者のほとんどは、残虐であると同時に非常に厄介な個有スキルを持っているのだ。
だから、命の安全が優先なのである。
そう、命の安全を優先である。
過去の危険度Sの任務では、手足を失いながらもなんとか帰って来た騎士たちもいる。
それだけ、危険度Sの任務は危険な任務なのだ。
シヴァの命令に、アルは覚悟を決めた表情で頷いた。
「…………なにも、起こらなければいいが」
シヴァは、出て行った部下たちの背中を眺めながらそう呟いた。
次回予告:シヴァの胸騒ぎは当たっていた




