(262)やりたい事➀
~紗彩目線~
「…………なあなあ、サーヤ」
「? なんですか、ジャック君」
ジャック君に声をかけられたかと思えば、バキバキゴキという音と共にジャック君が人型に戻った。
正直に言いたい。
何度聞いても、この変身するときの音には慣れない。
というか彼らは特に痛くないと言っているけど、聞いている方がいたいんだけど。
そう思っていれば、ジャック君が床に座り込み不思議そうな表情を浮かべたまま口を開いた。
「サーヤってさ、俺よりもお姉ちゃんなんだって?」
「え~と…………まあ、こっちの世界での年齢で考えればそうですね」
「サーヤは200年生きたのか?」
私の言葉に返ってきたジャック君の言葉に、私は思わず苦笑してしまった。
ジョゼフさんたちから聞いたけど、この世界の成人年齢は200歳。
私としては、正直ありえないと言いたいぐらい長寿だ。
でも、この世界ではそれが普通だという。
種族の数や魔法ぐらいがジェネレーションギャップならぬ異世界ギャップかと思ったけど、そもそも成人年齢から違うとは思わなかった。
「そもそも私の母国でもそうですが、一番長寿でも122歳でしたからね。200年生きている方というのは、いなかったんです」
「ん~…………つまり、そもそもの前提が違ったってことか」
「そう言うことになりますね」
私の言葉に、ジャック君は頭をかきながら首を傾げた。
そもそも日本__地球全体での今のところ人類史上最長寿とされる人物は、フランスのジャンヌ・カルマンさんで、1997年に死去した時点で122歳だった。
つまり、彼らの言う成人年齢に達する人物が地球には存在しないのだ。
なんなら、動物はもっと短いし。
だから、獣人である彼らも私達と同じぐらいの寿命なのかと思っていた。
「でも200年生きていないんなら、結局のところ俺がお兄ちゃんだな!!」
「まあ…………そうですね」
目をキラキラと輝かせながら言うジャック君に、私は心の中で微笑ましさを感じていた。
正直に言えば、どうしてそこまでジャック君が兄貴分という立場に嬉しさを感じるのかがわからないのだけれど。
そう思っていれば、ジャック君が「あっ」と声をあげた。
「サーヤってさ、何か悩み事でもあるの?」
「え?」
「さっきのオズワルドさんの言葉を聞いたけどさ。もし悩み事あるんなら、話ぐらい聞くよ? 正直、なんか解決案を出せるわけじゃないけど、話を聞いて整理することもできるかもしれないし」
ジャック君の言葉に、私は思わず目を見開いてしまった。
そもそもオズワルドさんが出て行ったとき、ジャック君も獣の姿とはいえこの場にいた。
気になって、話を掘り下げられるのはわかる。
でも…………悩みか。
私はジャック君の目の前に座り、ジャック君の方を見る。
「…………私、自分がやりたいことがわからないんです。今まで、シヴァさんへの恩返しと母国に帰ることを目標にしていました。でも結局、私が母国に帰ることは不可能なんだってわかりました」
私は、姉さんに会うまで自分が死んでいたことを忘れていた。
でも元の世界であの腕の主に手を引かれて、線路に落ちてそのまま電車に轢かれた。
死んだ人間が生き返ることができないのなら、もう私は元の世界に戻ることは不可能ということ。
…………正直、今まで「元の世界に帰る」という目標を持っていたから今更この世界でやりたい事なんてないんだよね。
元々働いていた会社だって、その会社で何かをやりたかったわけじゃないし。
ただ、一人暮らしするためのお金が稼げたらどこでもよかった。
だから、面接とか履歴書の蘭にある志望理由の欄を埋めるのが一番苦痛だったな。
正直に「お金が欲しいから」なんて書けるわけないし。
「…………正直に言えば、私は今までこうという目標を持ったことがないんですよ。前に働いていたところも、一人暮らしするために必要なお金を稼ぎたかったから働いていただけですし」
「あ~、確かに一般職だとそうなるよね。騎士団だとそもそも犯罪者と対峙して危険だから、お金稼ぎのために騎士団はいる人はほとんどいないけどね」
私の言葉に、覚えがあるのか「ああ~」と納得顔でいうジャック君。
というか、異世界でも私みたいなタイプがいるのか…………。
そう思っていれば、ジャック君が気遣わしげな表情を浮かべて私の方をジッと見た。
「…………ていうか聞いていいのかわかんないけど、サーヤの前の職場ってどんなところだったの?」
「そうですね…………特に変わったところはないですよ?」
ジャック君に聞かれ、今は特に何の感情も持っていない前の会社を思い出す。
サービス残業は当たり前。
人格否定どころか、その親のことまで否定するのが当たり前。
いつも会社を出る時間は終電にギリギリ間に合う時間で、家を出る時間は始発が出る頃ぐらい。
私は家が遠いからこそ、それぐらい早く出て遅くに帰ってきたのもあるけど。
昼ご飯を食べる暇なんてなくて、栄養補助食品を食べながらパソコンで仕事をしていた。
なんなら、他の仕事をしようともしない連中の仕事も押し付けられたし。
そう愚痴もついでに説明していれば、ジャック君が人を複数人惨殺したような表情を浮かべていることに気づいた。
「は?」
普段のジャック君の声を10トーンほど下げたような、凄い低い声が彼の口から飛び出した。
ジャック君。
顔、怖いよ。
次回予告:ジャック、サーヤを褒める




