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(225)母の言葉


~キキョウ目線~



 手紙を書き始める母そっくりの少女を眺める。


 …………彼女を見ていれば、すでに亡くなりこの土地で眠る母のことを思い出せた。







 あの頃の私は、おそらくかなり生意気な部類に入っていただろう。

 毎日喧嘩を売ってくる奴らの喧嘩を買い、傷だらけになりながらも勝利して家に帰る。


 そんな私を、母さんは優しく手当てしてくれた。



 あの日もそうだった。



「ねぇ、キキョウ」

「なんだよ、母さん?」



 いつも通り怪我を手当てしてくれる母さんに聞き返せば、母さんはどこか懐かしげに笑いながら私を見ていた。



「私にはね、可愛い姪__キキョウにとっては従妹がいたの。お姉ちゃんの子供なのに、若い頃の私にそっくりでさ。ほーんと、可愛いのよ」

「へぇ、会ってみてぇな。母さんにそっくりなら絶対に美人になるだろ、その子」



 母さんは、かなり美人な部類の存在だった。

 老いをあまり感じさせない幼さのある顔立ちで、旦那や息子がいるのにそういう目で見てくる奴らもちらほらいた。


 でも、この世界に来たときは男嫌いを通り越して男性不信気味だったらしい。

 そんな母さんをおとした父さんの心は、鋼か何かかと思った。



「でしょ? …………だけどさ、見えちゃったわけよ」

「見えた?」

「私の可愛い可愛い姪っ子ちゃんが、自分勝手なクソ野郎のせいで死んでこっちに来るのが」

「!? …………つーことは、その子も神人族として来るって事かよ?」



 母さんの姪は、確かまだ生まれて十五年ほどしか経っていないようなはずだ。


 あの頃の私は、正直その時の母の言葉を信じることができなかった。


 確かに、母さんの能力には未来予知の様な能力もあった。

 身内限定の物だったけど。


 それでも、十五の幼い子が死ぬなどと考えたくもなかった。



「そういうことなんでしょうね…………意味わかんない。せっかく、ギフトの一つを使って助けたのに」

「…………母さん」



 どこか悲しそうな表情をしながらも、その言葉はとても悔しそうだった。


 母さんにとって、その姪__俺の従妹はそれだけ大切な存在なのだろう。

 でも、従妹がやって来るのは従妹が死んでしまうから。


 …………なんか、嫌だな。

 従妹に会ってみたいとは思うけど、顔も知らない従妹に死んでほしいわけじゃないし。



「とりあえず、クソ野郎は呪ってやるわ」

「なんで、そこで呪うが出てくんだよ母さん」



 そう思ったけど、母さんの言葉に思わずツッコんでしまった。


 母さん、本当になんですぐに呪うの?

 せめて、骨やぶつを潰すだけにしようぜ?



「何言ってんのよ。宗教は信じないのに呪いは信じるクレイジーな国が日本なのよ」

「母さん、母国のことそんなに貶して楽しいかよ?」

「褒めてるわよ」



 意味が解らないと言いたげな母さんに、思わずため息をついてしまった。


 母さん曰く、恐ろしい童謡だの歌だのがあって食べ物を無駄にしないように腐った豆すらも食うような国らしい。


 正直に言いたい。

 母さんの母国は、修羅の国か何かかと思った。


 さすがに、俺でも腐った豆は食わない。

 母さん曰く、そういう食べ物らしいけど。



「キキョウ、ちょっとお願い頼まれてくんない?」

「内容によるよ、母さん」

「この手紙、私の可愛い姪っ子ちゃんに渡してほしいの」

「!?」



 真剣な顔で言いながら手紙を渡した母さん。


 その表情から、従妹がこの世界に来るのは決定事項あることがわかる。



「あんたの時間を奪いたいわけじゃないの。でも、私は姪っ子ちゃんが来るまでは生きられない。姪っ子ちゃんさ、自分の感情を表に出すの不得意なのよ。ほーんと、心配になるぐらいため込むのよ。ため込んでため込んで、体調に影響が出た時にやっと気づくのよ」

「…………」

「だからさ、お願い。…………キキョウ、そういうの得意でしょ?」

「ああ…………わかったよ、母さん」



 どこか必死な表情で言い募る母さんに、私は気付けば頷いていた。


 正直、本当に会えるとは思ってはいなかったよ。

 積極的に探そうとは思ってはいたけど、母さんの話じゃあ何年先に来るのかもわからなかったから。


 でもこの頃は、母さんが守れないんなら代わりに私が守ろうと思った。



「ふふ…………なんかもったいないな。キキョウと紗彩が並んだら、絶対に可愛いのに」



 そう笑う母さんに、当時の私はむっとしたよ。


 だって今の私だからこそ思うけれど、当時の私は非常に荒れていた

 怪我なんて日常的にするし、言葉遣いも非常に乱暴だった。


 さすがに母親相手に殴らなかったけど、かっこいいと言って欲しい年ごろの私にはあまり嬉しくない言葉だった。



「俺は『かっこいい』の方がいいんだけどな」

「母親にとっては、子供はみんな可愛いもんなの」

「意味、わかんねぇ…………」

「…………キキョウ、あんたって本当にいい子に育ったわよね」



 そう目を細めて言う母さんの言葉が、私には非常に衝撃的だった。


 日常茶飯事で怪我をこさえて喧嘩する息子を、母さんは『いい子』と言ったんだから。


 育児に失敗したと言われるとすら、当時の私は思っていたからね。

 誰だって、暴力的な子供なんて嫌いだろう。



「あんたの名前の元ってね、【桔梗】って花なんだよ」

「男に花の名前を付けたのかよ……」

「何よ、文句ある?」

「いや…………どうせならもうちょっとかっこいいのがよかった」

「ちゃんと意味あるのよ。【桔梗】の花言葉は、『永遠の愛』『誠実』『清楚』って言葉なの」

「…………なんか、重そうだな」



 花の名前なんて男につけるなよ、と当時の私は思ったよ。

 でも母さんの歴代彼氏を思い出せば、非常にその意味が納得できたよ。


 母さん、この世界の男はみんな番に誠実だから。



「大切な人には誠実でいろって意味よ。間違っても、私の元カレみたいに六股するような男にはなるんじゃないわよ」



 母さんは、幼少の頃から事あるごとにこの言葉を私に聞かせてきた。


 仲間を大切にしろ。

 家族を大切にしろ。

 大切な存在に対しては、絶対に誠実でいろ。


 自分の心に嘘をつかず、どんな時も自分の気持ちを相手に伝えろ。

 失えば、取り戻すことは不可能なのだと。


 喧嘩をする私に対しては『売られた以上は倍返しにしてやりな』という癖に、仲間や家族と言う存在に対しては敏感にそう厳しく言ってきた母さん。


 …………理不尽な死によって家族と引き離されたからこそ、母さんはこんなにしつこく言うのだと大人になってから気付いた。



「いや、母さんみたいな美人を掴まえといて他の女も引っ掛けるとか、そいつは発情期中の生き物か何かかよ」

「不倫だのセクハラだの浮気だのする奴らは、発情期中の猿みたいな奴らよ」

「母さんの世界には、不誠実なクソ野郎が多いって事だけはわかったわ。正直、同性とは思いたくないな」

「うん、あんたはそのまま育ちな」



 そう言って笑った母さんは、やはりどこか寂しげだった。



 母さんの表情を思い出しながら、異世界にいる家族への手紙を書くサーヤを眺める。

 何かに耐えるような表情を浮かべる姿は、あの頃の母さんと重なった。


 ああ…………貴方が言ったようにそっくりだよ、母さん。

 見た目だけじゃない。


 父さんや私に隠れて、血の繋がりのある家族がいない事への孤独に苛まれていた貴方に。

 必死に本心を隠す貴方に。





 …………この不器用な従妹を守るよ、母さん。


 貴方の凍った心を融かした父さんのように。


 今度は私が、この孤独な従妹(たった一人の家族)を守るよ。

 私はね、こうと決めたら頑固なんだよ。



 母さん由来の頑固さを持っているからね。




次回予告:レイアの意外な一面

     日本文化というのは、意外に根強かった

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― 新着の感想 ―
[良い点] キキョウさんのお母さん、めちゃくちゃいい人ですね!憧れる~ 自分のお母さんに男の子が美人って言えるのってすごいと思うんですけど、私だけかな? キキョウさんがたった一人の家族を守るって言っ…
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