(207)親子の再会➀
~イアン目線~
「…………イアン、君はどうしたい?」
部屋から出て行ったジャックを、俺は止めることができなかった。
俺とジャックは、本当は異母兄弟という間柄だったらしい。
よくわからないが…………なんというか心がポカポカした。
でも、ジャックの言葉を聞いて心がツキッと痛んだ。
…………これが、悲しいというものなのだろう。
「…………俺に、父親がいたのか?」
「ああ、そうだ」
俺の問いに答えてくれるロルフさん。
父親と言う言葉を発した瞬間、何故か頭がズキッと痛んだ気がしたけどきっと気のせいだろう。
正直、父親と言われてもあまり実感がない。
でも心がソワソワするから、たぶん興味はあるのだろう。
「…………俺は、会いたい。会えないか?」
「…………どうします?」
「別にいいだろう。檻を挟んでの対面になるが、それでもいいか?」
俺の問いに、アルカード副団長とシヴァ団長が答えてくれた。
俺の父親は、切り裂きジャックという男だった。
たしか、国の上層部が言っていた言葉の中にあった気がする。
と言うか、檻の中なら犯罪者ということになるんじゃないか?
そう思いながらも俺は部屋を出て、地下にある牢へと向かった。
牢は、少しジメジメとしていた。
いくつかの牢が見える中、俺達はシヴァ団長に続いて一番奥の方にある牢へと向かった。
「イアン!?」
牢の前に来た瞬間、仮面をかぶった男が俺に向かってそう叫んだ。
その声は、どこか聞き覚えがあった。
――――『イアン』――――
とても昔、どこかで聞いた優しい声だったはず。
こんな所で、聞こえてくるわけがない声だったはず。
冷たい感触を感じて頬を触れば、何故か指先が濡れていた。
「…………仮面を取ってくれないかい?」
「…………ええ」
キキョウさんがそう言い、男がつけていた仮面を取った。
その瞬間だった。
――――『こら、イアン。本は大切にしなければいけないよ』――――
白銀の髪の男は、笑った。
目線の高さが違うこと以外は、目の前の男と全く同じ見た目だった。
――――『そう、その調子だ。さすが、私達の息子だ』――――
白銀の髪の男が、緑色の髪の女と笑っている。
なんでだ?
何が起こっているんだ?
目の前でまるで魔法道具に記録された動画が流れるように、知らないはずの物が頭の中に流れる。
――――『イアン。私の大切な息子。絶対に守ってみせる』――――
眉根を寄せながらも、必死に俺に笑いかけて俺を守る女__母さん。
「ああ…………そうか。あの人は、本当に母さんだったんだ」
すべて思い出した。
たった20年の、短い記憶。
俺を撫でる父さんの優しい手。
美味しい母さんの手料理。
…………あの日、真っ赤になりながらも必死で俺を守った母さんの顔。
痛かったはずだ。
俺を捨てて逃げればよかったのに。
なのに、俺に対して笑いかけて…………母さんは俺を抱きかかえてあの化け物のような女から俺を守るための盾となった。
なんで、俺は忘れていたんだ?
母さんは、俺を守るために死んだのに。
俺がいたせいで、母さんは死んだようなものなのに。
「イアン、記憶が戻ったのか!?」
「すまない、イアン。私は……私は」
ロルフさんの言葉に、泣き崩れる父さん。
ねぇ、父さん。
そんな顔をしないでよ。
切り裂きジャックは、狂ったからこそ凶行に及んだって言っていた。
…………優しい父さんが狂ったのって、俺と母さんが死んだと思ったからなんだろ?
「…………ううん。俺の方こそ、ごめん。ずっと、父さんのことを苦しめていた」
「いいえ!…………いいえ、お前が生きているだけで私は救われたのですから」
間に檻を挟みながらも、俺は数十年ぶりに実の父親と対面した。
それと同時に目の前の檻があるからこそ、俺と父さんはもうあの頃には戻れないことを理解できた。
次回予告:完全に記憶を取り戻したイアン
記憶を取り戻したと同時に、彼の心の傷も復活した
 




