(202)イアンの赤面②
~ジャック目線~
その声を聞いたのは、完全に偶然だった気がする。
なんでか、第一執務室に呼ばれて廊下を歩いていた。
それで、どこからか慌てる声が聞こえてきた。
片方がサーヤの声だったから心配になって、そこに向かった。
そこで見たのは、いけ好かないあいつがサーヤを背中から抱き締めているところだった。
しかも、サーヤの方は嬉しそうというよりは慌ててるし。
…………あれ、これって先輩騎士が前に教えてくれた『セクハラ』って奴?
確かセクハラって、異性が行う性的嫌がらせって奴だろ?
喜んでいる感じがないから、これもセクハラに該当するのかな?
「…………何、してんだよ」
とりあえずよくわかんないし、困っているんなら助けた方がいいだろうと思って声をかけた。
二人とも驚いているけど、とりあえずイアンは今すぐサーヤから離れろと叫びたい。
けど、叫ばない。
サーヤがビックリするかもしれないし。
「…………受け止めた」
「は?」
あいつが無表情で言った言葉に、俺は困惑しかしなかった。
…………何が言いたいんだ、こいつ?
だいたい、受け止めたってなんだよ。
サーヤが空から降ってきたとでも言いたいのかよ。
………………こいつのこういうハッキリとしないところが、俺は嫌いだ。
無表情で何考えてるかわかんないし、何か言いかけても結局黙るし。
何ではっきり言わないのか、理解できない。
判断だって遅いし。
そんな俺がイラついたことに気がついたのか、サーヤが慌てる。
「えっと、階段から落ちた私を受け止めてくれたんです」
サーヤの言葉に、俺は純粋に驚いた。
え、こいつ考えずに動くの?
正直、俺はこいつがサーヤを助けたことに驚きしかなかった。
判断は遅いし、行動に起こす時だって色々と考えた後にゆっくり動く感じだし。
なんていうか、前に会ったことのあるナマケモノの獣人みたいな奴だったはずだ。
それなのに、サーヤを助けた?
あり得ないと思ったけど、サーヤは嘘をついているようにも見えない。
「そっか……………………ありがと」
「!? …………ああ」
俺がそう言えば、あいつは驚いた声で言った。
なんだよ、俺がお礼を言わないとでも思ったのかよ。
お礼ぐらい、俺だって言える。
それにこいつがいなきゃ、サーヤは階段から落ちて怪我してた。
俺ら獣人とは違って、サーヤの体は柔らかい。
下手したら、大怪我を負っていた可能性だってある。
なら助けたこいつは、サーヤの恩人だ。
妹分の恩人なら、兄貴分である俺だってお礼を言う。
何より、ジョゼフ先生も言ってたからな。
何かしてもらったら、どんな小さなことでもお礼をちゃんと言うって。
ただ、それとこれとは別だ。
ただ助けただけなら、セクハラじゃない。
でもいくら恩人だからって、ずっとサーヤに抱きついていいわけじゃない。
だいたい恋人じゃない異性が抱きついたら、周囲に色々と勘違いされるって先輩騎士も言っていた。
勘違いは、人によっては迷惑にしかならないからな。
サーヤを変な風に勘違いされるわけにはいかないし。
「でも、サーヤからとっとと離れろ」
「…………ああ」
俺の言葉に、どこか残念そうに言うイアン。
…………何で、残念そうなんだよこいつ。
そう思った瞬間、思い出した。
サーヤはとても柔らかくて、不思議と甘い匂いがする。
少なくとも、俺ら獣人やこいつみたいな竜人にはいないタイプだ。
そんで先輩騎士曰く、自分と違うと変な意味で興奮するらしい。
それはクールな奴ほど、興奮するとヤバイらしい。
興奮がなんの興奮なのかはわからないけど、本能が強くなるって意味なのだろう。
…………サーヤが獲物として食われるのか!?
「何、しょんぼりしてんだよ。このムッツリ野郎」
そう言いながら、奴を睨む。
確かにサーヤは柔らかいから、食うときもそんなにバリバリ顎に力を入れて食わなくてもいい。
…………愛想のない奴のことをムッツリ野郎って言うけど、まじでこいつもそうだな。
先輩騎士に言われなきゃ、俺もわからず警戒していなかった。
…………サーヤは、俺が守らなきゃ!!
「…………ムッツリ野郎じゃない。俺は、イアンだ」
「…………やっぱ俺、お前のこと嫌い」
名前間違いで言ったんじゃない!!
次回予告:イアン目線での物語
彼は、ただただ混乱していた




