(186)【神人の森】③
~ロルフ目線~
その赤子は、シヴァ団長によって会議に出席させられていた。
正直に言えば、物凄く文句を言いたかった。
赤子になんて物を見せるんだと。
竜人騎士団の仕事は主に魔物を狩る事と犯罪の防止が主だが、獣人騎士団は案外血みどろな案件が多い。
だからこそ、赤子をここに置くことが反対だった。
当たり前だ。
死体なぞ、赤子に見せる必要もない。
罪人など、赤子に見せてはいけない。
それが原因で、赤子が周囲を恐れてしまうかもしれない。
赤子のか弱い心に、一生物の傷ができてしまうかもしれない。
俺の顔を見て大泣きする子供は多い。
正直子供好きとしては悲しいが、まあ仕方がない。
怖がられるのならば、遠くから見守りながら守ればいいんだ。
そう思ってきたが、イアンは幸い俺を恐れなかった。
あいつの境遇もそうだが、そこの部分もいろいろと心配になってよく様子を見に行った。
――――『あの子は、私達が思うほどか弱い存在ではないよ』――――
一週間前の爺さんの言葉がよみがえる。
確かに、この赤子は俺の顔を恐れない。
どこか、爺さんに似た雰囲気がある。
無表情な部分があり、明らかにイアンのようになんらかの酷い背景があってここにいるんだろうとは思う。
「神様って、本当にいるんですか?」
「いないよ」
「え?」
赤子の質問に、爺さんが答える。
なんとなくだが、その声は怒りを含んだ声だった。
だがそう気づいた瞬間、その理由も納得がいった。
爺さんは、【神人信仰】を心の底から嫌っていた。
爺さんいわく、【神人族】は神と称えられることをひどく嫌がっていたらしい。
だから、本人たちの気持ちを無視したこの宗教のことをひどく嫌っている。
…………まあ、仕方がない。
誰だって、大切な存在の気持ちを無視されれば怒るだろう。
「実際にいるのは、森を管理しながら神人族の墓を守る【墓守】だけだよ。ただ、精霊族は【神人信仰】が主な宗教の種族でね。神人族の墓があるから特別な森という考えが一番だろうね」
「神人族の墓……」
「行ってみるかい?」
「…………いいえ、大丈夫です」
「そうかい」
爺さんの言葉に、興味を持ったのか考え込む赤子。
そんな赤子に、何を思ったのかそう誘う爺さん。
そんな爺さんの姿に、珍しいとも思った。
爺さんは、不必要にあの森に入ることを良しとはしない。
爺さんいわく、死者の眠りを邪魔する行為らしいからな。
そんな爺さんが、あの赤子を誘った?
何故だ?
一週間前もそうだが、爺さんはあの赤子のことをどういう目線で見ているんだ?
俺やイアンに対する目線と、少し違う気もする。
そう考えながらも、心の中でかぶりを振る。
今は、会議中だ。
議題のこと以外を考えるのはよろしくない。
とりあえず、今回の件に関係ありそうな情報を話さなくては。
「…………だが、最近では本当に『神がいるのではないか?』なんていう噂もある。実際、森の中に入った者たちが何名か行方知れずになっているらしいからな。一部は、『神隠しだ!!』って言って震えている」
正直、この噂はいまいち信憑性が欠ける。
何しろ、この『神隠し説』を出しているのがあの狂人家族だからだ。
自分の娘を、神人族の生まれ変わりだと言い神子として祭り上げている家族。
赤子の言う通り、この『神隠し』と呼ばれている複数の失踪事件は裏で糸を引いている者がいるだろう。
それが、あの家族かはわからない。
だが証拠無しで言うのもあれだが、その可能性が高いとも思う。
あまり、大きな声で否定の言葉も言えないが。
何しろ、あの家族はアルカード副団長の関係者だからな。
…………まあ、本人にとっては黒歴史のようだが。
次回予告:紗彩、怒りに震える
紗彩「私の母さんは、人様に迷惑をかけてはいけませんと言っていましたが!! 何か!?」
紗彩は決意した。
必ずや、かの一方通行すぎる女のすね毛をガムテープで全滅させようと。
紗彩に精霊の思考などわからない。
だが恩人が迷惑そうにしているのを見てなんとも思わないほど、人の心を失ったわけではなかった。




