(165)殺人鬼の過去
*注意*
この世界での20歳とは、現実の世界(紗彩がいた元の世界)での2歳に相当する
サーヤをあまり不必要に子供扱いをしない理由は、彼女の過去(ただの勘違い)の傷を抉らないため。
~シヴァ目線~
「私はねぇ、何処にでもいるような男でした」
目の前の檻の中にいる殺人鬼は、昔を懐かしむような声音で言った。
牢の中にいる切り裂きジャックに、ジャックの母親らしき女のことを話せば『会わせろ』と言い暴れだした。
なんとか落ち着かせれば、いきなり落ち着いたのかトツトツと話し始めた。
「働き、家に帰れば妻と子が待つ。そんなありふれた日常を送る男でした」
「別に大金なんて欲しくはありませんでしたし、高い地位などもいりませんでした。ただ、妻と子がいるだけで幸せでした」
俯きながらも、優しげな懐かし気な声音で話す切り裂きジャック。
それと同時に、目の前の狂人にもまともだった時代があったことに驚いてしまった。
「…………それを、あの女は壊した!!」
そう思った瞬間、憎悪で歪んだ大きな声でそう言った。
憎悪で震える声。
それと共に出る殺気。
心の底から憎い。
そんな声音だった。
「運命だと言われました。私は既婚者でした。もちろん、交際も断りましたよ。別に種族が違うからという理由ではなく、すでに妻と子がいる身でしたから。獣人でしたから、私が既婚者であると知れば身を引いてくれると思いました。でも、行動はエスカレートしました」
淡々と、冷たい声で言う切り裂きジャック。
仮面は未だに外されていないけれど、外されていなくてもこいつの怒り狂った顔が目に浮かぶ。
というかあの女、既婚者だってわかっていたのに身を引かなかったのか。
その事実だけでも、どれだけ女が非常識なのか理解できる。
基本獣人は恋愛重視だから、片思いの相手が既婚者の場合はだいたい本能的に身を引くと思うんだがな。
番のいる男なんて、女の方が恐ろしくなるし。
「何処から聞きつけたのか、女性と話すだけで相手の女性に危害を加え始めました。やめてくれ、と言いましたよ。何度か話すうちに、あの女に監禁されました。…………そこで起こった行為は、言葉にもしたくありません。妻と子がいる男を、なぜ汚し嬲るのか。理解できませんでしたよ」
男女関係なく、無理矢理は犯罪なんだが。
これは、何処の国でも共通事項のはずなんだが。
まあ俺の実父のように、複数の女を侍らすクズ野郎もいるが。
「なんとか逃げだし、妻に別れを告げましたよ。強制とはいえ、他の女と行為を持ちましたからね。結婚という愛の契約をしているというのに、なんという不義理だと。でも、彼女は子を連れ一緒に逃げると言いましたよ」
…………正直に言えば、目の前の男は男の中の男だと思う。
愛しているからこそ、不義理なことをしたくない。
獣人の中でも、そこまで男らしい男がいるだろうか?
いや、いないな。
まず番がいる男は、番から離れたくないという理由であまり女と深い友人関係にならないからな。
獣人の男は、番関係になった女に弱くなるんだ。
何より、大切な番に疑われたくないと思うものがほとんどだ。
「私は、もうあの女に関わりたくなかった。幸せを奪ってほしくなかった。…………職場では周囲から距離を置かれたのですよ。あの女のせいで。仕方がないですよね。それで貯金もあり、私達は夜逃げしました。…………慣れない生活でした。困難もありました。それでも、愛した妻と子がいて乗り越えれました。…………あの地獄のような日が来るまでは」
地獄。
…………女の自白が正しければ、この男の妻と子を殺した日か。
「日雇いの仕事を終え、隠れ住んでいた家に帰って見たものは真っ赤になった妻と子でした。もう妻は息絶えてましたよ。子の方はわかりませんが、息絶えていたと思いますよ。だって、何度も刺したような傷跡がありましたから」
顔をあげた切り裂きジャックは、涙を流していた。
目の部分の穴から、水滴が流れていた。
「あの子は、まだたったの20歳だったのですよ? たったのそれだけの年月で、あの子は一生を終えたのですよ? …………それからは、記憶がありませんよ。女が憎くて、とにかく女への復讐だけが私の生き甲斐でしたよ」
記憶がない。
そこから、この男は狂ったのか。
復讐に捕らわれて。
…………たった20歳で、この男の子供はこの世を去ったのか。
若いなんて言葉じゃない。
完全に幼い、赤ん坊の年頃じゃないか。
…………サーヤよりも5歳年下か。
そう思うと、他人事ではなくなった。
血のつながりがないとはいえ、俺とあの子は義理の親子関係のようなもの。
…………もしあの女が俺に目をつけていれば、サーヤもそうなったのか?
そう思いながらも、切り裂きジャックの持っていた数少ない荷物の存在を思い出す。
「…………あの記録は、女の罪の証拠だろ? なんで、竜人騎士団の方に届け出なかったんだ?」
怒りで震えたのか、くしゃくしゃになっていた手紙の束。
気味の悪い女の言葉を記録したボイスレコーダー。
…………そして犯行の時を記録したであろう、魔法のかかった機械。
正直に言えば、これだけあれば種族が違くても女を捕らえることができたはず。
そう思い、そのことを言えば予想外の答えが返ってきた。
「届け出? 出すわけないでしょう。あの国では、私自身の手で復讐することはできないのですから!!」
次回予告:切り裂きジャックの過去を知ったシヴァ
そんな切り裂きジャックに、アルはとある言葉を言う




