（１６０）健康診断週間・開始
～紗彩目線～
「…………」
「サーヤ君、君が言いたいことはわかるよ」
私は目の前に広がっている状況に、思わずため息を吐いてしまった。
そんな私に、ジョゼフ先生がかがんで私をいたわるように頭を撫でた。
…………これに毎年付き合ってるとか、ジョゼフ先生お疲れ様です。
「ぢゅうじゃ、いやだ～！！」
まるで赤ん坊のように泣き叫ぶ筋肉質の男＿＿ゴリラの獣人の騎士。
鼻水がダラダラと出し顔を真っ赤にして泣き叫ぶ姿は、明らかに地面から大木を引っこ抜いて武器として扱うというぶっ飛んだ戦法を使う姿には見えない。
「悪夢だ、悪夢の再来だ」
机の下でガタガタと震える小柄な青年＿＿小柄の犬の獣人の騎士。
普段は小柄なのを利用して奇襲戦法を使う勇ましい姿なのに、今ではホラー映画を見てお化けにおびえる小さい子供にしか見えない。
「ジョセフ先生、あんたには良心ってもんがねぇのか！！」
ジョセフさんの足にしがみつく大柄な青年＿＿ジョゼフさんと同じく熊の獣人の騎士。
熊なのに一匹狼なこの騎士は、いつもの『馴れ合う気はない』と言いたげな雰囲気がガラリと変化し、ジョゼフさんに泣きついている。
「注射を打たれるぐらいだったら、拷問された方がマシだ」
遠い目をしながらも、鍵のかかったドアを壊そうとしている糸目の青年＿＿虎の獣人の騎士。
言っていることとやっていることが全く合っていないような気がするし、明らかに注射よりも拷問の方が痛みは長続きすると思うのは私だけなのだろうか。
…………これが全員成人しているというのは、きっと嘘だと思いたい。
まるで、インフルの予防接種に受ける幼い子供のように泣き叫ぶ成人男性。
…………どんなカオスだよ。
「…………注射ぐらいで大げさな気がするのですが」
「そうだね…………はあ、情けない」
私がそう呟けば、ジョゼフさんも頭を抱えて呆れたような声音で言う。
そんな私達の目お前で、一人挙手する人がいた。
…………ジャック君だった。
「ジョゼフ先生！！ 俺、いきます！！」
「はいはい、大きな声を出さない。…………はい、終わり」
大きな声でそう宣言するジャック君に、ジョゼフさんは呆れながらも準備していた注射を彼の腕に打つ。
「ジャック…………お前、勇者かよ」
「サーヤのいる前で、恥ずかしい事なんてできないもんね！！」
「うぐっ！！」
目を見開いて驚きながらも言う熊の騎士。
そんな彼に、なんでもないように言うジャック君。
そんなジャック君の言葉に、胸を抑えて蹲ってしまった熊の騎士。
…………遠回しにあんたらのやっていることが恥ずかしいことだと言ったな、この人。
容赦がないけど、私としてはいい加減そろそろ覚悟を決めてほしいとも思う。
「…………君たち、もうそろそろ彼女の前で恥ずかしい真似はやめたらどうだい。正直、大の男がそんなことをしていて恥ずかしくないのかい？」
「ぐはっ！！」
容赦のないジョゼフさんの言葉に、次々と胸を抑える大の男たち。
…………ちょっと、見たくなかったな。
「うう……注射痛い」
「よしよし、よく頑張りましたね」
先ほどまで机の下に潜っていた犬の騎士が泣きそうな声で言っているのを見て、思わず近所の犬を重ねてしまい撫でてしまう。
「キュ～ンキュ～ン」
「…………ええ～」
しまったと思った瞬間、気づけば犬の騎士の顔がトロットロッに解けている事に気が付いた。
撫でるのを慌ててやめても、まるでなんでやめるのと言いたげな表情で私のお腹に頭をぐりぐりと押し付ける犬の騎士。
…………あれ？
完全に犬化してない？
しかも、なんで他の騎士も私のことをギラギラとした目で見てくるのかな？
「…………すまないね、サーヤ君。そのまま、終わった者たちから順に撫でてやってくれ」
「…………わかりました」
苦笑するジョゼフさんの言葉に、私はため息を吐きながら答えた。
次回予告：健康診断週間が終わり、一息つく紗彩
そんな彼女が見たのは、大きなごみ袋を捨てるジャックだった
