(154)敗北と勝利
~シヴァ目線~
「ジャック!! 目を開けなさい!! 眠ってはいけませんよ!!」
後ろから、そんなアルの焦った声が聞こえてくる。
チラリと見れば、アルの影からダラリと垂れ下がる腕が見える。
まさか、出血多量か?
そう思い血の気が引くと、男__切り裂きジャックが愉快そうな声を出す。
「おやおや死んだのですか、あの犬」
「ジャックがそんな柔なわけないだろ」
「どうだか」
あいつは、死なない。
団長である俺が信じないでどうする。
そう思うと同時に、ふと疑問を覚える。
なんで、この男はここまでジャックに対してあたりが強いんだ?
いや、あたりが強いというよりも殺意を感じる。
騎士団だからというより、ジャック個人に対してと言った感じか。
「…………お前は、何故そこまであいつに殺意を向けるんだ?」
「何故? あの犬の母親のせいでこちらは最悪な人生だったんですよ。あの犬を見ていると、殺意しか湧きません」
は?
つまり、ジャック本人ではなくジャックの母親が元凶ということだろう。
なら、あいつは関係ないだろ。
なんで、あいつの母親への恨みを彼奴に向けるんだ。
あいつは、ただ親子関係というだけだろ。
ジャックの母親。
役に立たないという理由で子供を捨てるような女だ。
周囲と実父は糞だったが、実母と義父の愛情を貰った俺から言わせれば実父並みに糞な奴だとは思っていた。
だが、まさかその恨みを子供に晴らそうとする奴がいるとはな。
…………子供は、親もその周囲の人間も選ぶことはできない。
そんなことは、セレスやノーヴァやアルやサーヤを見てきてよくわかっている。
世の中は理不尽だ。
大人の行動の皴寄せが、何も関係ない子供にやって来る。
うちの騎士団もロルフのところも、そうやって皺寄せがきて心の傷を負った奴らがいる。
あいつ等が、いったい何をしたって言うんだよ。
「ふんっ、見習いだか何だか知りませんがあの女の子供が騎士とはねぇ。しかも、私を捕まえるなどと笑わせます」
ゲホッと血を吐きながら言う切り裂きジャック。
ジャックとこの男の状態からして、あいつの個有スキルを使ったのか。
奴の言葉からして、ジャックのことは見習いってことで完全に脅威としては見ていなかったってことか。
確かに、あいつは騎士としては申し分ない実力を持っているが幹部クラスではない。
しかも、立ち位置はいまだに見習い騎士だ。
それを示すバッジを身につけているからな。
S級からすれば、脅威とみなす相手ではないだろう。
だが、今回はその侮りが隙になったんだろう。
「…………ジャックを見習いと侮った時点で、お前はジャックに敗北している」
「…………なんだと」
俺の言葉に、憎悪で歪んだ声が聞こえてくる。
だがもう体力が残っていないのか、奴は壁に寄りかかりズルズルと音を立てて座り込んだ。
まあ、あいつの個有スキルって役立つ場面が少なさそうでかなりエグいスキルだからな。
相手を倒すために傷つけているのに、まさかそれが結果四倍になって自分に返って来るとは思わないからな。
敵だったら、相手したくないタイプだ。
だが、それがあいつの凄いところだ。
あいつの諦めない性格と、すごく相性がいい個有スキルだ。
マイナス部分がちょっとアレだが。
「ジャックは、全力を持ってお前と戦った。お前は、ジャックを見習いと侮った。侮った時点で、お前の心にはジャックに対して隙ができていた。…………ただそれだけだ。心に隙があったことで、お前はあいつのスキルを食らった」
侮るというのは、自分なら問題ないと思ってしまうため相手の動きにそこまで警戒して観察しない。
だからこそ、騎士団では『相手が誰であろうと絶対に侮るな』というものが規律の一つにある。
侮るということは、精神面で隙ができる。
精神は、脳よりも重要な器官だ。
たとえ脳が動いても、精神が動きたいと思わなければ意味がない。
精神が死ぬということは、その存在が死んだも同然だ。
だからこそ、騎士には実力だけでなく精神面の強さが求められる。
「例え実力ではあいつの敗北でも、精神ではあいつの勝利だ」
実力は努力すればつけられるが、精神は違う。
トラウマというものは、そう簡単には克服することはできない。
…………なあ、ジャック。
お前は、変わったよ。
この状況が、お前の変化の結果だ。
だから、絶対に死ぬな。




