(152)ジャックVS切り裂きジャック④
~ジャック目線~
「ぐっ…………ごほっ」
切り裂きジャックの変化は、すぐに訪れた。
仮面の空いた口元から滴る血。
切り裂きジャックの全身から流れ出る大量の出血。
武器を持つ手は、激しい苦痛を感じているのかフルフルと震えている。
「な……にが……」
「はは…………言ってなかったっけ? 俺のスキルはな…………攻撃系なんだよ」
何が起こったのか、理解できていないのだろう。
切り裂きジャックは、自身の血で汚れた真っ白な仮面を触りながらかすれた声でそう呟く。
ありえない。
何が?
震えながらも、そんな疑問を含んだ声音だった。
そんな切り裂きジャックに、俺は痛みに耐えながらもそう答えた。
俺の個有スキルは、【貴方に不幸を】。
俺が受けた精神的苦痛・身体的苦痛を、四倍の物理的なダメージにして相手に返すという攻撃系の個有スキルだ。
正直、マイナス点が大きすぎるからあまり使えないけど。
大きなマイナス点って言うのは、自分でつけた傷だと効果がないし、相手に対して嫌な感情を少しでも持っていないと効果は半減するっていう部分。
あと、相手にダメージが行っても俺の怪我は治ることはない。
だからある意味、相打ちには持って来いのスキルでもある。
…………俺は、痛いのは嫌だ。
だから、このスキルは大嫌いだった。
本当なら、サーヤみたいな補助系が良かったって思った。
でも、今はこのスキルで良かったって思った。
「あんたに何があったのかは俺は知らない。でも、だからって一方的に殺されるつもりはない」
そう言いながらも、思い出すのはサーヤとの会話。
――――『…………約束です』――――
――――『約束?』――――
――――『おまじないです。絶対に、死なないで帰ってきてください。約束を破ったら、針を千本飲まして一万発ほど顔を殴ります』――――
――――『うわ、こわ…………うん、約束』――――
正直、聞いた時は笑いそうになった。
でも、その目は真剣そのものだった。
本気で生きて戻ってきてほしい。
そんな目だった。
なんだっけ?
『目は口程に物を言う』って言う言葉が、神人族が伝えた言葉の中にあったはずだ。
今までは意味が分からなかったけど、今なら理解できる。
相手が自分をどう思っているのか。
表情や口ではわからなくても、目を見れば簡単にわかってしまう。
サーヤが本気だからこそ、約束を破るわけにはいかない。
何より__
「何より…………約束したんだよな、サーヤと。死なないで帰るって。約束破ったら、針を千本飲まされて一万発殴るんだって。さすがに、そんなことしたらサーヤが手を痛めちゃうからね。だから、絶対に破らない」
さすがに、サーヤに痛い思いはしてほしくない。
男の俺とは違って、サーヤは女の子だから。
できれば、怪我なんてしてほしくないし傷跡も残ってほしくない。
俺たち男にとって傷は誇れる物だけど、女の子にとっては違うから。
そう思っていると、少しだけ目のまえでふらついている切り裂きジャックに対して同情してしまう。
俺は、今まであの母親の言葉に縛り付けられた。
役立たずは死ね。
役立たずは生きる価値無し。
そんな言葉に縛り付けられた。
俺は生きたかった。
必要とされたかった。
誰かの役に立ちたかった。
いらないって言う言葉を聞くたびに、頭の中でワンワンと鳴り響いて、グルグルと回っていた。
でも、なんでだろう?
今では、そんなことがない。
あの母親に役立たずと言われても、サーヤや団長は俺を見てくれた。
だから、そんなことを気にしなくなったのかもしれない。
…………この人も、俺とは違った意味であの母親の被害者なんだろうな。
大切な物を奪われた。
『あの子』が誰なのかはわからないけど。
でも、切り裂きジャックにとっては命よりも大切な存在だったんだろうな。
だから、女性を狙った。
復讐というよりは、復讐相手の母親がどこにいるかわからなかったから女性という共通点で襲っていたのかも。
「…………ある意味、あんたはあの母親の被害者だな。もしかして、女性を狙ったのってもともとは母親を狙っていたのか?」
「…………そうだと言ったら?」
ちょっと同情するけど、やっぱり許されることじゃない。
だって、被害者はもう何十人もいるんだぞ?
いくら母親が憎かったからって、何も関係ない女の人が何人も死んだんだぞ?
母親を奪われた幼い子供だっていた。
初めて恋人を作って幸せ絶頂だった娘を奪われた人だっていた。
新婚の妻を奪われた人だっていた。
母親の行動は、あんたにとっては理不尽だったかもしれない。
…………でも、あんただって母親と同じように理不尽な行動してるんだぞ?
なんの関係もない女の人を傷つけて、命を奪って、母親と同じように他人の幸せを壊しているんだぞ。
しかも、それに気づいていない。
…………目は見えないけど、この人は優しかった。
だからこそ、もうこの人は憎しみで狂っているんだろう。
俺は、そう思った。
だって、ジョゼフ先生が言っていた。
――――『復讐は何も生まないという言葉はあるけれど、この国では死刑での復讐が許されている。何故か、わかるかい?』――――
――――『我々獣人は、愛を持って家族を作る。だからこそ、それを奪われればどんなに理性的であろうと黒い感情に支配される。優しい者ほど、その者を大切に思っている者ほどそういった感情は強くなる。……そういった存在は、法でも我々の手でも救うことはできない。だからこそ、国は加害者のみに復讐することを許すんだ。黒い感情に飲み込まれ、善人だった存在が狂って周囲の人間を傷つけないために。善人を悪人にしないために』――――
優しかったからこそ、この人は狂った。
憎しみで、復讐心で。
そうした結果、また憎しみに捕らわれる人が増える。
繰り返しなんだ。
負の連鎖なんだ。
「…………そう。なら、あんたをここで捕まえる!! それが子である俺から父親であるあんたへの最後の優しさだ!!」
もう繰り返させない。
この人は、被害者だったかもしれない。
でも切り裂きジャックになった時点で、この人は加害者になった。
もう、この人は善人ではない。
俺が__騎士団が捕まえるべき、断罪されるべき凶悪な犯罪者なんだ。
例え、実の父親だろうと。
例え、愛してくれない父親だろうと。
肉親だろうと関係ない。
犯罪者は捕まえ、法によって断罪させる。
それが、俺がヒーローと認めた騎士団なんだ。
これ以上、被害者を生まないために。
これ以上、この人を狂わせないために。
これ以上、泣く人を生み出さないために。
「!?ハハハ…………面白いことを言うのですね!! そんな血まみれで傷だらけの体で何ができるというのです!!」
俺が覚悟を決めた瞬間、切り裂きジャック__父親はそう言い武器を持つ手を振りかぶった。
でも、恐ろしくはなかった。
だって、俺は俺達の勝利を確信したから。
この策は、成功したんだ。
逆に言えば、この人はなんで気付かないんだろう?
感じるだろ?
複数の気配と匂いを。
感じなれた温かくも鋭い気配。
優しい手を持ったあの人。
「させるか」
ガキンッという刃と刃が交わる音と共に、俺の視界は見慣れた黒色に包まれた。
…………俺達の勝利なんだ。
…………あんたの敗北なんだ。
だって、団長たちが来てくれたから。
次回予告:負傷したジャックを助けに来たシヴァ達




