(150)ジャックVS切り裂きジャック②
~ジャック目線~
「くっそ…………」
真っ赤に染まる両足を引きずりながら、痛む手で道具を使い『結界』と呼ばれる物を展開する。
ズキズキ・ジンジンと痛む傷だらけの両足をなんとか組むことで、狭い範囲で強力な結界を作り出す。
正直、もう逃げ回ることができない。
なんとか避けても次々とやって来る斬撃で、もう体中切り傷まみれだ。
なんとか止血しても、後からいくつも傷ができるせいで治療が追い付かない。
遠くから、カツンカツンと足音が聞こえてくる。
「ああ、この壁は本当に煩わしいですね」
「はっ、サーヤの特別製だからな」
ガキンッと斬撃をはじかれたからか、苛立った声で切り裂きジャックが言う。
正直、話すのもかなりきついけどざまーみろと思う。
「ああ、本当に腹立たしい…………その顔立ち、あの女にそっくりですね」
「は?」
でもそう思ったのは一瞬で、切り裂きジャックの言葉に思考が止まった。
今、なんて言った?
顔立ちがそっくり?
――――『役に立たないお前なんて、誰からも必要とされないんだよ。アタシも必要としない。…………お前なんて、今すぐ死んでしまえ!! お前なんて、産みたくなかったんだよ!! やっとあの邪魔な女の隙ができて襲えたのに、あの人に全く似なかった!!』――――
思い出すのは、悪夢の中の母親の言葉。
あの人って言うのは、たぶん俺の父親のこと。
でも切り裂きジャックの口ぶりからして、こいつは俺の顔にそっくりな女を知っているらしい。
俺にそっくりな顔なんて、俺の母親しか思いつかない。
だって、あの人は顔が父親に似なかったから俺を捨てたんだから。
「…………あんた、俺の母親のこと知っているのか?」
「ええ、貴方にそっくりな犬の獣人の女でしょう? よ~く知っていますよ。…………あの女のせいで、私は幸せをすべて奪われたのです!! あの女がいなければ、私は!!」
俺の言葉に、切り裂きジャックは静かに殺気立った声でそう言ったあと間を開けて大きな声で叫んだ。
怒りを爆発させ大きな声を出したせいか、奴は肩を上下させ深呼吸していた。
俺にそっくりな犬の獣人の女。
それは、きっと俺の母親のことだろう。
母親のせいで、幸せがすべて奪われたってどういう意味なんだ?
頭の中がぐちゃぐちゃだった。
体は傷で痛いし、切り裂きジャックは訳の分からないことを言うし。
「ふふふ…………まさか、産んでいるとは思いませんでしたよ。ただただ一方的すぎる愛。私は耐えたんですよ。宝物に手を出されたくなかったから!! なのにあの女は自分の物になれと言うだけでなく、私を縛るためだけに子供まで産んだのですね!!」
愉快そうに笑いながら、どこか冷え切った声音で切り裂きジャックはそう叫んだ。
でも、俺は茫然として動くことができなかった。
いや物理的に動くのもきついけど、何より奴の言葉が俺の心を傷つけた。
…………俺は、父親は死んだんだと思っていた。
俺が昔住んでいた場所には、片親の子供なんてたくさんいた。
母親が出産で死んだ奴。
父親が、仕事先の事故で死んだ奴。
母親が通り魔に殺された奴。
父親が、自然災害に巻き込まれて死んだ奴。
だから、俺は父親が死んだんだと思った。
まだ子供の俺は役に立たないから、口減らしで捨てられたんだと思った。
――――『あの人に似ていないお前なんて必要ない。…………誰からも必要とされないお前なんて、金をかける価値も生きている価値もない』――――
夢の中で、母親に言われた言葉がよみがえる。
まさか、あの言葉の意味って__
「嘘だろ…………あの言葉ってそういう意味だったのか?」
__俺が、父親である目の前の男に似なかったから必要とされなかったのか?
労働力として、役に立たないからじゃなく?
…………俺はそんな理由で、今まで役に立たなくなることを恐れていたのか?
「ああ、ああ可哀そうに。宝を人質にされた男との、愛ではなくただの束縛の道具として産まれてしまった可哀そうな子供。…………どうせ、あなたは捨てられたのでしょう」
「!?」
「どうせ、私に似ていないからいらないとでも言われたのでしょう。あの女は、そういうところがありましたからね」
悲しげな言葉とともに、憎々しげな言葉も吐かれる。
…………捨てられて悲しかったけど、心のどこかでは思っていたんだ。
俺の両親は、きっと理不尽な状況のせいで引きはがされて母親はあんな冷たい人になったんだって。
きっと、父親がいれば優しい母親のままだったんだって。
そう思えば、母親を恨まなくて済むんだ。
きっと、仕方がない。
役に立たない俺も悪いし、母親を置いて死んだ父親も悪い。
…………でも、現実は全く違った。
「…………私はね、あなたの事が大嫌いですよ。あの女の子供、私の人生における汚点。…………あなたは、誰からも必要とされていないのですよ」
憎々しげに吐かれる言葉が、俺を突き刺す。
結界という壁に囲まれているけど、俺の心は目の前の実の父親からの言葉でズタズタに切り裂かれていた。
俺は必要ない?
そりゃあ、そうだ。
父親は、もともとほかに幸せがあった。
でもその幸せは、ほかならぬ母親のせいで壊れた。
父親が、母親や母親似の俺を恨むのは当然だ。
恨まれて仕方がないんだ。
…………俺は迷惑ばかりをかけて、役に立つこともできないのか?
…………このまま、恨まれたまま実の父親に殺されるのか?
そう思っていると、視界の端でキラリと何かが見えた。
…………見ればそれは、サーヤが俺に渡して壊してしまった鏡の破片だった。
――――「私は、ジャックさんに救われました」――――
次回予告:絶望の中、紗彩の言葉を思い出すジャック
ジャックは、優しさと約束を思い出す
__ジャックは、父親への反撃を開始する




