(143)囮と約束
~紗彩目線~
「じゃあ、ここで別行動を取ろう。俺はあいつの意識をサーヤから離すから、サーヤはその間に本部に行って皆に知らせてきて」
「え!?」
ジャックさんの言葉に、私は思わず驚きの声をあげてしまった。
それって、つまり囮ということにならないか?
「それって、囮ということですか?」
「まあ…………そうとも言う」
私が聞き返せば、ジャックさんは気まずいのか私から視線を外しながらそう言った。
でも、囮というのなら切り裂きジャックの狙いである私がなるべきでは?
奴の狙いは、女性。
何よりジャックさんは男だからジャックさんが囮になろうと思っても、切り裂きジャックがそれを無視する可能性だってあるし。
そうなれば、作戦の意味がない。
「それなら、私の方が囮として有効では? 切り裂きジャックの狙いは、女である私でしょうし」
「ダメ」
そう考えながら言えば、ジャックさんは眉間にしわを寄せて即答した。
…………即答ですか。
できれば、考える振りぐらいは見せてほしかったです。
「あいつの個有スキルは、女の子に対して有利になるんでしょ? なら、俺が行くべき。…………サーヤ、姿を変える道具作ってたでしょ? それを使ったら、なんとかできると思う」
「…………」
冷静に言うジャックさん。
なんというか、今までのジャックさんじゃない気がする。
すごく冷静に状況を見ている。
でも、確かに彼の言う通りだ。
個有スキルのことをすっかり忘れていた。
確かに、道具だけであれを相手できる気がしない。
彼の言う姿を変える道具というのは、二枚の鏡を使う道具だ。
ちなみに、名前は『変身鏡(仮)』である。
…………私にはネーミングセンスがないと思う。
メインの鏡とサブの鏡があって、メインは変身する人がもつ。
そしてサブの鏡を持った人が自分の姿を鏡に映して、メインの鏡を変身する人が身につけなければ能力を発揮できない。
ただこれの欠点はメインとサブ、二つの鏡がなければ発動できないこと。
つまり、メイン・サブ関係なしに片方の鏡が破壊されてしまえば変身は解けてしまう。
あとは、サブを持った人以外の姿に変身することができない。
…………小説とかであるチート能力を持った者なんて現実には存在しないんだね。
「…………俺が信じれないと思う。前にあんな酷いこと言っちゃったし。でもここでこのまま隠れていても現状は変わらないし、サーヤが囮になったとしても俺が本部に行って団長たちを連れてくるまで時間稼ぎできる?」
「…………約束です」
「約束?」
悲しそうな表情を浮かべるジャックさんに、私はそう言う。
正直に言えば、確かに信用はしていない。
あの時のジャックさんは、とにかく役に立たない事ばかりを気にしていた。
今回だって、囮という役ばかりを考えて捨て身の行動をしてしまいそうだと思ってしまう。
だから、約束をする。
首をかしげるジャックさんに、私は自分の小指を差し出す。
祖母が言っていた。
おまじないというのは、意外に目に見えないところで効力を発揮するらしい。
約束を破れば、本人が気づかないところで悪い結果が出る。
約束を破り、信頼を失う。
それもまた、悪いことになるらしい。
魔法や個有スキルなんて、摩訶不思議な力がある世界だ。
案外、おまじないもそういった不思議な効力がありそうだ。
それに、もともと指切りの起源は遊女が本命の客に対して気持ちの本気を伝えるために行っていたものだ。
昔は男女が愛情の不変を誓い合う旨の証拠を立てる「心中立」という行為があって、指切りもまた遊女が客に対して行う「心中立」として行われたらしい。
指を切るという行為は、聞くだけでも恐ろしい。
でもそういう起源があるからこそ、祖母は軽い気持ちで指切りを行ってはいけないと言っていた。
まあ、今はその起源に対する願掛けみたいなものもあるけど。
何しろ、相手は騎士団の幹部クラスが相手取るS級の犯罪者だ。
私達だけでは、相手取ることなんて不可能に近い。
なら、おまじないだろうが少しでも助かる確率をあげたい。
「おまじないです。絶対に、死なないで帰ってきてください。約束を破ったら、針を千本飲まして一万発ほど顔を殴ります」
「うわ、こわ…………うん、約束」
私の言葉に、驚きながらも真剣な表情を浮かべるジャックさん。
彼は私が説明したとおり、私の小指に自身の小指を絡めた。
次回予告:鏡の説明をする紗彩
切り裂きジャックを煽るジャック
絶対に失敗できない作戦が今始まる




