(138)遠い心
~紗彩目線~
私は部屋から出た後、少し遠くをトボトボと歩くジャックさんの元に走った。
「俺が役に立たないから? だから、団長も俺を捨てるの?」
「そんなことはないですよ。シヴァさんはただ、切り裂きジャックのことを警戒してああ言っただけですから」
「なんでだよ!! 俺は!!」
「できないでしょう?」
ブツブツと呟くジャックさんにそう反論すれば、大きな声で反論される。
でも、私も怒鳴り返すわけにはいかない。
そうなって場合、余計にこじれてしまうから。
「私達がここにいるのは、ある意味切り裂きジャックが私達を見逃したからです。彼が本気なら、私達は今頃ここに立ってはいません。…………私達の実力では、彼を捕まえるどころか逃げることだけが精いっぱいです」
「………………」
私達がここに立っているのは、切り裂きジャックが私達を追いかけてこなかったから。
結局は、私達は彼の気まぐれで助かったようなものだ。
『次』はないかもしれない。
だからこそ、シヴァさんは私達に外出を自粛するよう言ったのだろう。
その『次』が来ないように。
外出自粛が続くのは、シヴァさんたちが切り裂きジャックを捕まえるか、切り裂きジャックがこの国を出ていくまでだろう。
そう思いながら言えば、ジャックさんはこぶしを握りこみながら俯いている。
彼のこぶしは、強く握っているのかプルプルと震えている。
悔しいのだろう。
いや、私も悔しくないかと聞かれれば悔しい。
切り裂きジャックを社会的に抹殺してやりたいくらいには。
「悔しい気持ちはわかります。私だって、他人を傷つけることを楽しんでいるあのクソ野郎をぶっ飛ばしたいですから」
「…………俺は、なんでこんなにダメなんだろう?」
「ジャックさん?」
私が悔しくてそう言えば、ジャックさんはポツリと小さな声で呟いた。
『捨てる』
執務室にいた時も、その言葉を言っていた。
何故、彼がここまで『捨てる』ということを気にするのかがわからない。
もしかしたら、過去に何かが合ってここまで過剰に反応するのかもしれない。
かといって、精神的にここまで消耗している彼にそのことを聞くわけにもいかない。
私自身、カウンセラーと言うわけではないから。
というか、ここに来るまでは私がカウンセリングに行く側だったし。
「いつだって、そうだ。俺は、何もできない。みんなができるのに、俺は何もできない。…………捨てられたって、文句は言えないんだ」
「…………ジャックさんは、シヴァさんが自分の部下を捨てるような人に見えるんですか?」
「そんなことない!! 団長は、役立たずな俺を拾ってくれた!! …………ただ、俺が役立たずなだけなんだ」
泣きそうな声で言うジャックさんに、私は思わず聞いてしまった。
私からすれば、シヴァさんは正義感が強い人に見えるし義理人情もある人だろう。
ジャックさんもまじめだし、そう簡単に捨てるような人には見えない。
少なくとも、私にとってはシヴァさんは努力していれば並んで一緒に努力してくれる人だ。
何より、ジャックさん自身役立たずというわけではない。
彼は毎日鍛練を欠かさず遅くまでやっているし。
役立たずというのは、前の会社にいた糞上司と無能な先輩と脳みそお花畑な同僚たちのことを言うのだろう。
もしジャックさんが彼らと一緒だと言われたら、私は病院に行くことをオススメする。
頭の病院がいいか、眼科がいいか悩むところだけど。
「ジャックさんは、役立たずなんかじゃありません」
「サーヤに何がわかるんだよ!!」
私が否定すれば、ジャックさんは泣き叫ぶような声でそう言う。
「サーヤは、すごい道具で団長たちの役に立ってる!! サーヤは、俺でも知らないような知識を持ってる!! サーヤは、いつも冷静に物事を見てる!! …………俺にできないことをやってのけるサーヤに、俺の気持ちなんて…………」
「…………私は」
ボロボロと涙を流しながら言うジャックさん。
でも、私としてはそのまま聞くことはできない。
道具が役に立ってる?
役に立たない道具を作る意味はないだろう。
労力と場所と時間の無駄だ。
知識というが、本やネットで得た知識だ。
本はともかく、ネットなんて嘘の情報もあるから絶対に信じられるわけでもない。
冷静に物事を見てるって、ヤバい状況ほど冷静でいなければ自分の命が危ないだろう。
というか、私としてはいつも冷静というわけではないんだけど。
レオンさんたちと一緒に迷い込んだ時だって、冷静というよりはツッコミの役割になっていたし。
何より、今回逃げ切ることができたのはジャックさんの功績の方が大きい。
「私は、ジャックさんに救われました」
「…………え?」
「ジャックさんがあの時ボールで切り裂きジャックの意識を私から外してくれたことで、私は道具を取り出すことができました。ジャックさんがいたことで、意識のない女性を運ぶことができました」
私の言葉に、ポカンとするジャックさん。
私が道具を取り出すことができたのも攻撃できたのも、ジャックさんがボールをぶつけて切り裂きジャックの意識を私から離してくれたからだ。
何より、私だけでは重症の女性を連れて逃げることなんてできなかった。
身長もそうだけど、私の鍛え方は逃げるための脚力や持久力向上をメインとしたものだ。
女性を連れて逃げるだけの腕力を持ち合わせていない。
「私には逃げるための脚力があっても、腕力も背もありません。全部、道具頼みです。道具がなければ、私は逃げることしかできません」
そう、私は完全に道具頼みの…………個有スキル頼みの戦い方しかできない。
道具に頼らなければ、戦うところか逃げることすらできない。
役立たずというのなら、ジャックさんよりも私の方を言うべきだろう。
何より__
「何より、私はジャックさんがいることで安心できました」
「…………安心?」
「はい。目の前にはS級の犯罪者がいて、私が冷静で入れたのはジャックさんのおかげです。…………ジャックさんに時間を稼ぐように言われた時、私は一人じゃないんだって思えたんです」
一人じゃない。
仲間がいる。
それだけで、どんなにヤバい状況でもなんとかしようと思える。
一人だと、悪いことばかり考える。
一人だと、諦めてしまう。
一人だと、どんなに目標があっても不安になってしまう。
私があの会社にいた時だって、まともで仕事をしてくれる仲間たちがいたからくじけなかった。
確かに、まともな人は少なかったけど。
それでも、仲間がいるというのはそれだけ精神的にも強くなれる。
「だからいくらジャックさんでも、ジャックさんのことを役立たずなんて言わせません。…………失礼します」
私はそう言って、その場を後にした。
…………精神的なことだから、こんな言葉じゃジャックさんには通じないかもしれない。
でも、わかってほしかった。
ジャックさんは、役立たずじゃないんだって。
次回予告:ジャック目線でのお話
複雑に絡み合い心を紗彩は救えるのか__?




