(128)予感
~紗彩目線~
本部から出た私とジャックさんは、下り斜面になっている道を無言で歩いている。
…………非常に気まずい。
いつもならジャックさんが何か話題を出してくるけど、今日のジャックさんは一言も話さない。
どこか気まずい雰囲気の中、淡々と両足を動かして坂を下っていく。
何か話すべきだろうか?
でも、顔色が悪い人に何を言えばいいのだろう?
気分が悪い時に会話するのは結構つらい。
それは非常に理解できる。
何故かって?
自覚していないうちに風邪が悪化していたときに、近所のチビたちの相手をしたことがあるからだ。
…………うん、無理はするものじゃない。
「…………聞かないの?」
「え?」
しばらく無言で歩いていると、ポツリと寂しげなジャックさんの声が聞こえてきた。
彼の方を向けば、眉を寄せ今にも泣きだしそうな表情を浮かべていた。
まるで、迷子の子供みたい。
思わず、そんなことを思ってしまった。
「俺、いつも騒いでるから」
「言わないのなら聞きません。誰だって、聞かれたくないことぐらいありますから」
「…………ありがと」
「いいえ」
ボソリボソリと聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で言うジャックさん。
気にならないと言えば嘘になる。
なんだかんだと言って、彼にもいろいろとお世話になっているから。
何か力になれるのなら、力になりたい。
でも、聞かれたくないことを聞かれて辛くなるのは本人だ。
私だって、家族の話を振られるのは非常に辛い。
何故かって?
家族を思い出すと同時にこの世界には家族がいないんだって思い出して、途端に寂しくて不安になってしまうから。
元の世界に帰れるのか?
家族はどうしているか?
母さんに謝りたい。
そんな思いが溢れて、泣きたくなってしまう。
だから、私は彼に何があったのかを聞かない。
彼が、自分で言おうと思った時に言ってほしいから。
無言のまましばらく歩いていると、やっと町の入り口につく。
町の中では平日の昼近くだからか、数人の獣人が道を歩いている。
改めてジョゼフさんからもらった地図を広げれば、ジャックさんも覗き込んできた。
「えっと、地図だとこの通りの裏ですね」
「うん、そうだよ」
二人で話しながら歩いていれば、少しずつ歩いている人の数が減っていく。
…………本当に、この先に店なんてあるのだろうか?
そう不安に思いながら歩いていれば、一軒の店が見えてくる。
黒色のドアが、緊迫した雰囲気を漂わせている。
「!? …………止まって、サーヤ」
「え、どうしたんですか?」
先ほどの声よりもより低くした声で、ジャックさんが私の肩を掴んで後ろに下がらせた。
え、もう店は目の前なんだけど。
そう思って彼を見ると、彼は先ほどの暗い表情を一変させ緊張した表情を浮かべてジッと店のドアを睨んでいる。
そんな彼の表情に、私の体にも緊張が走る。
この世界の経験で何となくわかった。
あの店に、何か警戒する存在があるんだ。
そう考えると、緊張で思わず肩掛けカバンの紐をキュッと握りこんでしまう。
「血の匂いがする。しかも、かなり濃い」
「え?」
「この匂いの濃さからして、かなりの出血量だよ」
「それって、かなり危険なんじゃ」
ジャックさんの言葉に、私はドアの方を向く。
…………こういう時、人間ってなんで五感が鋭くないんだろうって思ってしまう。
彼らと同じぐらいの五感を持っていれば、彼らの足を引っ張ることもないだろうに。
そう思うが、首を左右に振って考えを改める。
…………いや、今は状況をしっかりと理解する方に集中しよう。
出血ということは、事件か事故だろう。
個人的に、事件は非常に遠慮したいけど。
切り裂きジャックなんていう怖い存在の情報を受け取ったばかりだから、いろいろと想像してホラーよりも怖い。
「サーヤ、一応道具の準備をしておいて。何が来るかわからないから」
「はい」
警戒したジャックさんの言葉に、私はいつでも攻撃を受けていいように道具を手の中に収める。
音を立てないように、ドアを開けるジャックさん。
ドアが開いた先で待っていた光景に、私は思わず吐き気が込み上げてきた。
次回予告:広がっている驚きの光景
この時ほど、紗彩は自分の個有スキルに感謝したことはなかった




