(117)寝ぼけパニック①
~紗彩目線~
シヴァさんに抱き上げられたままジョゼフさんと食堂に向かっていると、ある部屋の前を通る。
その部屋からガタンガタンと言う音が聞こえてきて、二人の歩みが止まる。
音からして、何か物が倒れるような音だった。
「ん?」
シヴァさんが、不思議そうな表情を浮かべてドアの方を見る。
そんなシヴァさんに、ジョゼフさんも首をかしげている。
「ああ……ここはノーヴァ君の私室だね」
「はあ…………また寝ぼけているのか」
ジョゼフさんが困ったような表情を浮かべて、シヴァさんはため息を吐いた後にそう言った。
そういえば、この本日に来た最初の夜にそんなことをシヴァさんが言っていたような気がする。
そう思っていると、シヴァさんが私を床に下ろした。
そして真剣な表情を浮かべて私に言った。
「サーヤ、下がっていろ。下手したら、怪我する可能性が高いからな」
「わかりました」
シヴァさんはそう言うと、コンコンと部屋のドアをノックした後ガチャリとドアを開けた。
え、返事を聞かずに開けていいの?
そう思って困惑していると、扉の向こうにノーヴァさんが立っているのが見えた。
彼は、少しヨレッとした白いワイシャツと紺色のズボンを着ていた。
表情はいつも通り無表情だったけれど、雰囲気が少しだけ違った。
いつもの真剣なしっかりとした雰囲気とは違い、どこかふんわりとした雰囲気を纏っていた。
目はパチパチと開閉していて、顔も何度かうつらうつらと上下に揺れている。
…………大丈夫なのだろうか。
そう心配に思っていると、ジョゼフさんが、ノーヴァさんの顔を覗き込みながら言う。
「やあ、ノーヴァ君。おはよう」
「…………」
「この時間なら、もうセレスは起きていると思うんだが」
「まあ、昨日も遅くまで部屋の明かりがついていたからね。徹夜して、まだ寝ているのかもしれない」
ジョゼフさんの言葉に、ノーヴァさんは黙っている。
そんな彼の姿を見て、シヴァさんは何か疑問に思ったのか首をかしげながらジョゼフさんの方を見ながら言う。
ジョゼフさんはと言うと、子供を叱る父親のような表情を浮かべながら言っている。
なんだか、ノーヴァさんとセレスさんがジョゼフさんの息子に見えてしまう。
そう思っていると、ノーヴァさんが二人を無視して私の方に近づいてきた。
「…………」
「ノーヴァさん?」
「ふぎゃ」
目をこすりながら私の前に立つと、彼は私を抱き上げて頬をなめだした。
そう、舐めだした。
ノーヴァさんの頬ではなく、私の頬を。
スリスリぺろぺろと言う音と、ノーヴァさんの舌のザラザラとした感触。
うん、何をやっているんだこの人!?
寝ぼけているにしても、何故私の頬を舐める!?
別に私じゃなくても、シヴァさんやジョゼフさんがいるじゃないか!?
二人ともイケメンだから、一部の腐った女性や男性方には受けると思いますよ!!
そう思っていると、だんだんノーヴァさんがなめるところが下がっていることに気づく。
え、待って?
このまま、首をがぶって噛まれるとか?
そんな状況、乙女ゲームとか漫画だけでいいんですけど!!
そう思っていると、ゴンッと言う重たい音とと共にノーヴァさんの動きが止まった。
「ノーヴァ?」
いつもよりも数倍低い声で拳を握りながら言うシヴァさんが見えた。
それと同時に、涙をにじませているノーヴァさんを見たことで理解した。
あ、シヴァさんに殴られたのね。
「…………痛い」
「痛くなきゃ、お前は正常にはならないだろ」
「え? …………あれ、なんでサーヤここにいるの? 僕を上って楽しい?」
「え?」
涙でウルウルと瞳が揺れながら言ったノーヴァさんにシヴァさんが疲れたように言えば、ノーヴァさんは今初めて私を抱き上げていることに気が付いたのか首をかしげている。
あんまりな彼の反応に、私は思わず何を言えばわからなかった。
さすがに、恋愛経験のないオタクにノーヴァさんの舐める行為は恥ずかしかった。
あと、私には誰かの体を上る趣味はない。
断じて。
腕力は一応あるけど。
そう思っていると、シヴァさんが自分の前髪を掻き上げたのが見えた。
「お前が抱き上げたんだよ」
「ノーヴァ君、まずは服をしっかり着ようか。こんなところをセレス君に見らえたら、いろいろと不味いだろう?」
「あ」
シヴァさんが疲れたように言うと、ジョゼフさんもフォローするように言う。
そんな二人の言葉に、ノーヴァさんは今の自分の服に気づいて私を下ろして部屋の中に戻っていった。
しばらくして、ノーヴァさんはいつも通りの軍服を着て部屋から出てきた。
私はと言えばノーヴァさんが部屋の中に入った瞬間、シヴァさんによって抱き上げられ彼のハンカチでベトベトになった頬を綺麗にされた。
「…………できた」
「とりあえず、食堂に行こうか」
どこかドヤッとした表情で言うノーヴァさんに、ジョゼフさんが私達を見回して歩き始める。
シヴァさんも移動しようと歩き出したけど、なぜかシヴァさんに向かって両手をつきだしたノーヴァさんを見て動きを止めた。
「…………団長、サーヤちょうだい」
「却下だ」
「…………ケチ」
ノーヴァさんの言葉にシヴァさんが言えば、彼はプクリと頬を膨らませた。
一瞬、ノーヴァさんが『ちょっと気になっているおもちゃを貸してもらえなくて拗ねている子供』に見えてしまったのはきっと幻覚だと思いたい。
「ケチじゃねぇよ。お前、さっきサーヤに何をやったのか覚えていないのか?」
「…………舐めただけ。甘かった」
「味なんて、聞いてない!!」
「まあまあ」
シヴァさんが疲れたように言うと、ノーヴァさんが首をかしげながら不思議なものを見るような視線で言う。
そんな彼の反応にシヴァさんが声を荒げれば、ジョゼフさんが二人の間に入って二人をなだめ始めた。
…………お腹が減った。
そういうのは、今の空気では言ってはいけないような気がしたから黙ることにした。
次回予告:まだまだ続くよ、寝ぼけパニック




