(115)健康診断週間
~紗彩目線~
「う~ん」
トイレに入りながら、私は思わずうなってしまった。
この世界に来て、一か月がたってしまった。
まったく情報も集まっていないし、集まっているのは騎士団でもらえるお給料だけ。
しかも、これはこれで地味に使い道が少ない。
何しろ、この世界の物は本当に大きくて元の世界では複数買っていた物も一つで済んでしまうのだ。
だから、お金はたまる一方だ。
今までは男性に頼みにくい物をこっそりと自分で買おうと思っていたけど、いかんせん頼みにくい物の筆頭である物が必要になる月のものが来ない。
まあもともとストレスの影響でかなり不定期だったから、いつも通り遅れているのだろう。
いや、楽と言えば楽なんだけど遅れたらかなり重くなるからな。
「どうした?」
「あ、おはようございます」
「ああ、おはよう」
唸りながらも着替え用の服を忘れていたことに気づいた私がトイレのドアを開ければ、起きてきた狼の姿のシヴァさんに聞かれる。
朝の挨拶をすれば、彼も返してくれる。
そのままトイレから出て着替えを手に取れば、ゴキゴキという音が辺りに響いて思わず走って個室に逃げ込んでトイレのドアを閉める。
うん、ドアのノブを私用につけてくれて助かった。
この音が聞こえてくるのは、シヴァさんが人型の姿に戻る時の合図だ。
モフモフな大きな狼の姿で寝るシヴァさんは、人型になる時は筋肉とか骨が縮小するせいかこんな音がなる。
それだけならまあちょっと気になるだけなのだけど、人型に戻ったばかりのシヴァさんは裸になるのだ。
まあ服を着たまま狼の姿になると服が破けてしまうからしょうがないのだろうけど、非常に色気があって目の毒だ。
服を着替えるシヴァさんの動作の音を聞きながら、私もトイレでパジャマから洋服に着替える。
休みの日以外は、基本動きやすいようにズボンをはいている。
ジーパンがこの世界に在って本当に良かったとも思う。
たぶん、かつてこの世界に来たという二人の日本人のどちらかが普及させたのだろう。
白色の大きなワイシャツのようなパジャマからジーパンと白色のパーカーに着替えてトイレから出れば、軍服をピッチリと来たシヴァさんが目に入った。
「さて、飯を食いに行くか」
「はい」
私を抱き上げながら言うシヴァさん。
何故かこの世界に来てからよく抱き上げられるけど、その度にもっと鍛練頑張ろうと思ってしまう。
部屋から出てシヴァさんと一緒に移動していると、T型の廊下の曲がり角のところでジョゼフさんと会った。
「シヴァ君、そろそろ健康診断週間を実施しようと思うんだが」
「ああ、最近はいろいろと忙しかったからな。隙間時間を作ってやるか」
「健康診断週間?」
朝の挨拶を済ませた後、一緒に移動しているとそんな話題になる。
首をかしげる私に、ジョゼフさんが笑いながら説明してくれた。
『健康診断週間』というのは、その名のとおり健康診断をする週間のことだ。
健康診断と言えば元の世界では一日のイメージがあったけれど、ここでは騎士全員に受けさせるためか一日では終わらず一週間や最長で三週間はかかるらしい。
受けるのが健康診断だけでなく予防注射などもあるからか、一人一人に時間がかかるらしい。
まあ、この騎士団自体かなり大きくて人も多いからそれだけかかるのだろう。
「まあ、こんな感じかな」
ジョゼフさんは、どこか疲れたような表情を浮かべながら言う。
まあ、よくよく考えてみればここにはジョゼフさん以外医師はいない。
確かに下手に外から医師を招いておかしなことをされる可能性もあるだろうけど、ジョゼフさんだけではかなり負担になるだろう。
「何か、手伝えることはありますか?」
医療関係の知識なんてネット内で得た雑学程度しかないけれど、何か手伝えればいい。
あまりの忙しさに、いつかジョゼフさんが過労死してしまいそうだから。
そう思っていると、微笑ましげに笑っているジョゼフさんに撫でられてしまった。
いや、だからなんでこの世界の人は毎回人の頭を撫でるのよ。
「それなら、ぜひ手伝ってくれないかい? 何しろ、中には暴れる者や逃げようとする者もいてね。君がいれば、それを防止することができるよ」
「はい」
いや、暴れるって健康診断だよね?
しかも逃げるって、元の世界とは何か違うのかな?
次回予告:ジョゼフ目線での会話の裏側
大の男でも、筋肉もりもりの騎士でも注射は怖い




