【短編版】「ただの通訳なんて宮廷にはいらない」と未開の地に追放された【言語術師】。追放された瞬間、ドラゴンも機械も使えなくなって「お願いだから戻ってきてください」と女王様が土下座してきたけどもう遅い。
ありがたいことにご好評いただいたため、【連載版】開始いたしました!
もしよろしければ、連載版もよろしくお願いいたします。
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「宮廷に、ただの通訳は必要ありません。フェイ・ソシュール。あなたは爵位を剥奪の上、国外追放とします」
――青天の霹靂とはまさにこのことだった。
フェイは、ドラゴニア王国に仕える宮廷<言語術師>だ。
通訳・翻訳に加えて、魔法呪文の開発・研究などが本来の<言語術師>の仕事であったが、なんやかんや、機械語を使った機械のプログラミングや、古代語を話すドラゴン等の魔法生物の管理なども行なっていた。
10歳で仕官し、それから10年。
――自分で言うのもなんだが、給与以上には働いてきたつもりだった。
実際、フェイの働きぶりは、前王リチャード3世に認められていた。わずか15歳で技官の最高位に上り詰め、その後子爵位まで授かっている。
しかし、つい先日前王が崩御して、風向きが変わってしまった。
もともと、新たに王位に就いた女王メアリーは、父親である先王リチャード3世と激しく対立していた。
だから即位してすぐに、リチャード3世の「お気に入り」だったフェイを追放しようと決意したのである。
「ちょっと他人より言葉がわかるくらいで、子爵など片腹痛いですわ。きっと、その巧みな言葉で、先王を惑わしたのでしょう。ですが、私はそうはいきません。あなたの言葉に騙されるほど愚かではないのですから」
メアリーはそう言い放った。
――それは、先王は愚かだと言いたいのか。
世が世なら不敬罪に値する言動だったが、誰がなんと言うと今の国王はメアリーである。
「……しかし、陛下。恐れながら申し上げます。僕がいなくなれば、宮廷のドラゴンや魔導機械に指示を出せるものはいなくなります。また、精霊界の力も使えなくなることでしょう――」
フェイは、親切心でそう具申した。
だが、メアリーはそれに耳を傾けようとはしなかった。
「バカなことを。単なる通訳にすぎないあなたがいなくなったとて、何も変わりませんわ。ドラゴンや魔導機械に指示を出せなくなる? 精霊界の力? 通訳ならもっとましな嘘をついたらどうです?」
メアリーはフェイの言葉を聞くつもりなど毛頭なかった。
「とにかく、あなたはこのまま<未開の地>へ追放。これは決定事項です」
メアリーは近衛騎士に目配せをした。
すると、騎士がフェイをそのまま王座の間から連れ出したのだった。
†
――王座の間から連れ出されるフェイを見て、近衛騎士団長のクラッブは高笑いした。
クラッブは、前王の時代には全く不遇の扱いを受けたと自分では思っていた。
なにせ、前王は「国防の要はフェイである」と言って憚らなかったのだ。
近衛騎士団を差し置いて、この若造の「言語マニア」が国防の要だと言うのだ。
近衛騎士団は、フェイの手足くらいにしか思われていなかったのである。
とんでもない話だ。
近衛騎士団こそ、王国の繁栄を支えてきたのだ。
ただの通訳が国防の要などありえない。
――そして、跡を継いだメアリーは、クラッブの訴えに共感してくれた。
「これで邪魔者が消えましたね」
メアリーはクラッブにそう語りかけた。
「はい、女王様。ご賢明な判断に、感謝いたします」
「これからは、我々の時代ですね、団長。はははッ!」
「その通りでございます!」
メアリーとクラッブは人目もはばからず高らかに笑った。
――まさか、自分たちがとんでもない過ちをおかしたとは思いもしなかったのだ。
†
フェイは、身支度をする時間も与えられず、そのまま騎士たちに捕らえられ、馬車に乗せられた。
「一応忠告なんだが、このままだと近いうちに結界がなくなってしまうんだが……」
フェイは騎士にそう説明するが、聞く耳を持たなかった。
「黙れ。そんな戯言を信じるわけがないだろう」
近衛騎士は、新王メアリーに忠実でフェイの言うことを聞く様子がなかった
フェイはそれ以上は無駄だと理解して、大人しくすることにした。
――フェイは三日かけて、王都の外へと連れ出される。
国境の城壁の先には、不毛の大地が広がっている。
馬車から降ろされ、そこに放り出されるフェイ。
「――2度と、我が国に足を踏み入れるんじゃないぞ」
そう言い残して、騎士たちは城壁の中へと帰っていく。
――本当に追放になってしまったな。
子爵の地位からいきなり引き摺り下ろされ、未開の地に国外追放。
普通であれば絶望して命を絶ってもおかしくはない。
だが――
「ま、研究に専念できそうだし、いっか」
少しも絶望していなかった。
むしろ、時間ができてラッキーと思ったのだ。
「今までずっと王国のためにと身を粉にして働いてきたからな」
フェイはわずか10歳で宮廷に入り、それから寝る間も惜しんで国のために働いてきた。
誰かのために働くのは悪くはないが、正直フェイには荷が重すぎた。
だが、これからは違う。フェイを縛るものはもう何もなかった。
「これからは自分の研究のために時間を使うぞ!」
夢のスロー研究ライフを送るのだ。
フェイは、幸福を感じながら、不毛の大地を歩き始めたのだった。
†
――ドラゴニア王国の外縁部に存在する未開の地。
王都とそれなりに近いところにあるが、その不毛さから、完璧に見捨てられた土地である。
王都との境目は、長城によって区切られており基本的には片道切符。
罪を犯したものが追放される流刑地として悪名を馳せている。
――確かに、これは不毛だな。
フェイは思わずそう呟いた。
岩の隙間にわずかばかりの植物が生えるが、100年待っても森になることはないだろう。
先に見えるのも、山間の瓦礫道だけだ。
普通の人間なら、あっという間に餓死してしまうであろうことは予想がつく。
人間が生きていくにはあまりに厳しい環境だ。
――まずは寝床を探すか。
まだ昼になったばかりだが、水も食料も何もないことを考えると時間はあまりない。
この大地に直に寝るのは避けたいものだ。
†
フェイは、未開の地へ入っていった。
水も食料も寝床もないが、特に悲壮感はなかった。
ないなら集めるか、作ればいいのだから。
「ん?」
しばらく歩くと、不毛の大地に色を見つけた。
それが、自然界にはあまりない色だったので違和感を覚えた。
――青色の何か。
近づいていくと、それが人であることに気が付いた。
フェイは、人が倒れていると気がつき慌てて駆け寄った。
近づくと、倒れているのは少女だった。
「大丈夫ですか……!?」
返事はなかった。しかし、幸い息はあった。
――美しい見た目の少女だった。
青い髪の毛に、青い瞳。
そして首の左側から腕にかけて、鱗が皮膚を覆っている。
間違いない、竜人だ。
存在は知っていたが、実際に出会ったのは生まれてはじめてだ。
だが、感慨に浸っている場合ではない。
彼女は相当息が細くなっている。
日が照っている中、地面に倒れこんでいたせいで、脱水症状に陥っているようだった。
「……とりあえず水!」
フェイは、簡単な魔術で周囲の空気に広がっている水をかき集めた。
その水を球の形にして、竜人の口に運んであげる。
目をつぶったままだったが、水の感触を感じたからだろうか、わずかに口を開けて水を飲んだ。
そして、ようやく目を開ける。
「――大丈夫?」
フェイはそう<竜語>で喋りかけた。
すると、少女は驚いてわずかにだが目を開いた。
「――あ、あなたは……? なぜ人間が竜の言葉を」
絞り出すようにそんな質問を受けた。
「まぁ、言語にはちょっと詳しいからね。それはいいとして、ちょっと待っててね。簡単な診察をしよう」
竜人は人間よりも強い存在だ。
普通の病気にかかることはないし、飲まず食わずでも生きていける。
それなのに倒れているということは、何か特別な理由があるはずだった。
フェイは――精霊の魔法で彼女を調べる。
「“リィオ・インスペラ”」
そして、すぐに彼女が弱っている原因がわかった。
「精霊の呪い、だね」
フェイが言うと、竜人は驚きの表情を浮かべる。
「なぜそれが……? 普通の人間には知覚できない存在のはずです」
確かに、ほとんどの人間は精霊にまつわるものが見えない。
だが、人間だからそれが見えないのではない。
精霊語がわからないから、言葉を知らないから知覚できないだけなのだ。
「魔法使い」という言葉を知らなければ、魔法使いという存在を認識できない。
存在していても、目に入ってこないのだ。
「僕は精霊語もちょっとかじってるからね」
逆に、言葉を知っていれば、ちゃんと認識できる。
だから精霊語を話せるフェイは、精霊世界の物体や現象も知覚できるのだ。
――竜人の少女を精霊の呪文で調べたところ、呪いはごく初歩的なものだった。
「これなら、僕でも解けるよ――“ディル・カース”」
次の瞬間、竜人の少女は、体がすっと軽くなったの感じた。
それまでの苦しみが嘘のようだった。
少女は、自分の力で上体を起こした。
そしてそのまま、回復を説明するように勢いよく立ち上がる。
「ありがとうございます!」
少女は、笑顔でお礼を言う。
「よかった。力になれて」
「私はイリスと申します。よければ、あなたさまのお名前を……教えてはいただけないですか?」
イリスと名乗った少女は、そうフェイに尋ねる。
「ああ、フェイだ。フェイ・ソシュール」
「フェイ様ですね……。恩人のお名前、しかとこの胸に刻みました」
「はは、別に大した事はしてないよ」
「いえ、精霊術を使える人間などそうはおりません。しかも竜の使う古代語も話せるとは」
フェイは、そうやって誰かに自分のことを褒めてもらったのが久しぶりだったので、嬉しくなった。
「ところで、イリスはなんでこんなところに?」
フェイが聞くと、イリスは事情を話し始める。
「卵から孵った時には、すでに精霊の呪いにかかっていたのです。山から降りてきて、ここで倒れました」
竜人は、理性と最低限の知識を持って生まれてくる。
そして生まれて数時間で、人間で言えば15、6歳くらいの見た目になり、そのあとは、長い間その見た目を維持して、人間よりかなり遅い速度で歳を重ねていく。
もちろん知能も見た目相応である。
だから見た目や言動からはわからないが――イリスは生まれたての「赤ちゃん」なのだ。
「フェイ様は、どうしてここに?」
逆にそう尋ねられる。
悪いことをしたわけじゃないので、隠すのはおかしいと思い、フェイは正直に答える。
「ああ、あんまりいい話じゃないんだけど、国を追い出されてね。これからこの未開の地で暮らしていこう、ってところなんだ」
「国を追い出された?」
フェイは、それまでの経緯を簡単に説明した。
すると、イリスは憤慨して顔を赤くした。
「なんて愚かな人たちなんでしょう!」
フェイは、自分の代わりに怒ってくれるイリスを見て、気が楽になる。
未開の地でのこれからの人生を謳歌しようとは思っていたが、しかし心の奥底では祖国を追われた事実に怒りが全くなかった訳ではなかった。
だから、共感してくれる人間の存在がフェイにとって救いになった。
「でも、まぁこれからここで楽しくやっていくよ」
フェイが今の状況に絶望していないことを伝える。
「では、フェイ様はこの地で生きていくんですね」
「うん、そのつもり」
フェイがうなずくと、イリスはまっすぐ彼のことを見て言った。
「……ではお願いです。私のご主人様になってください」
突然のお願いにフェイは驚く。
「ご、ご主人様?」
「命を助けていただいたご恩があります。そのご恩に報いたいのです」
竜は義理堅い生き物だ。
だから、自分を助けてくれた人間に対して尽くそうとしてくれる事は、竜たちの面倒を見ていたフェイもよく知っていた。
竜と人間の合いの子である竜人とて、それは同じだろう。
「お願いします、ご主人様! 絶対にご迷惑はおかけしません」
……まぁ、損になる話ではないだろう。
別にこき使おうなんて思っちゃいない。
一緒に楽しくやれるならそれがベストだ。
なにせ、未開の地で一人寂しく暮らそうとしていたのだ。
一人くらい相方がいたっていいだろう。
「じゃぁ、一緒にいこうか」
†
――一方その頃、王都では。
「ふひひ。邪魔者のいない世界っていうのは気持ちいいわね」
女王メアリーは、玉座に座り優越感に浸っていた。
――私こそが、この国の女王。
そう思うと、メアリーはあまりの嬉しさにいてもたってもいられなくなった。
先王は愚かな人間だった。同じ空気を吸うことさえ嫌だった。
だが、今やあの忌々しい先王はこの世にいない。
先王に寵愛を受けていた者たちも宮廷から一掃した。
「これで、私の天下……ふふふ」
メアリーはそう呟いて、さらに高笑いした。
――だが、その時だった。
「じょ、女王様!」
突然近衛騎士の一人が玉座の間に入ってくる。
「何事ですか。騒がしいですね」
「そ、それが、大変なことが!」
その慌てぶりに、女王も流石に胸がざわついた。
「なんですか」
「ドラゴンたちが喋れなくなってしまったのです!」
「なんですって!?」
ドラゴンは、この世でもっとも強力な生物だ。
それを使役できるからこそ、ドラゴニアは栄えてきた。
それなのにドラゴンと意思疎通が図れなくなってしまったなど、事実なら国の一大事だ。
「それは本当ですか!?」
「恐れながら女王様、事実でございます」
どうやら、報告が冗談ではないらしいと悟った女王は、自身の愛竜シャーロットの元へと急行した。
ドラゴンのいる飼育場に着くと、
「グァァァ! グァァアル!!」
女王の竜シャーロットは、主を見てそう吠えた。
――この間まで人間の言葉を喋っていた竜が、今は動物のように吠えている。
「おい、シャーロット! 私の言葉がわからないのか!?」
メアリーはそう尋ねるが、
「グァアァ!」
女王の問いに対して、ドラゴンはちゃんと答えたのかどうかもわからなかった。
「一体、どうなっている!!」
女王は、近くにいた飼育員に問い詰めた。
「お、恐れながら陛下、ドラゴンはもともと人間の言葉を喋れないのです。彼らが喋るのは古代語だけですので」
ドラゴンが人間の言葉を喋れないというのは、ドラゴンに詳しいものにとっては常識だった。
だが、女王にとってはそうではなかった。
「元々喋れない? 馬鹿な。こないだまで、喋っていたではないか」
女王はほとんど罵倒するように尋ねた。
「いえ、あれは女王様が古代語を理解していただけなのです」
「馬鹿な。私は古代語など勉強したことないし、竜もちゃんと人間の言葉を喋っていたぞ」
「……恐れながら陛下、それは言語術師フェイ様の“自動通訳”スキルの力なのです」
フェイの名前が出た瞬間、女王は飼育員に掴みかかった。
「フェイだと!? どうして、あいつの名前がでてくるのだ!?」
「へ、陛下。恐れながら、フェイ様の“自動通訳”スキルで、宮廷の者たちは皆、古代語や精霊語、機械語などをまるで自分たちの言葉のように操れていたのです。それがなくなった今、ドラゴンと意思疎通できるものはほとんどおりません」
「ば、バカな! 自動通訳だと!? 私たちはフェイがいない場所でもドラゴンと会話していたぞ!?」
「フェイ様の力は、王宮の者全体に及びます。しかし、国を追放されたいま、流石にもうその加護はありません」
あのただの言語マニアのおかげ?
ありえない!
女王はそう憤慨した。
「仮にそれが事実だとしも、同じことができるものくらい、他にいるだろう!」
「ただの異国語ならいざ知らず、古代語や精霊語を自在に操れるのはフェイ様だけです。まして、それを周囲が理解できるようにする力など……」
女王の顔がどんどん青ざめていく。
ドラゴンとコミュニケーションが取れないなど、あってはならないことだ。
ドラゴニアが発展できたのは、ドラゴンを自在に操れたから。
それくらいは女王も理解していた。
もしそれがなくなれば、国力は大きく衰える。
「とにかく、フェイの代わりを探してこい! 今すぐにだ!」
女王は、部下たちに、怒鳴りつけるように命令を飛ばした。
†
フェイは、仲間(下僕?)になったドラゴン・イリスとともに、未開の大地を歩いていた。
「ここが、ちょうど良さそうだな」
そこは、川から少し離れたところにある平地だった。少し歩いていくと、ちょっとした茂みもある。未開の地の中では、比較的よく肥えた場所に見えた。
もっとも、どうせ一から家を作るつもりだったので、平地であればどこでもよかったのだが。
「じゃぁ、家を作ろうか」
フェイがそう言うと、イリスが首をかしげる。
「こんな何もないところに、ですか?」
「何もなくはないよ。土があるじゃないか」
フェイはそう言うと、しゃがみこみ、片方の手のひらを地面につけた。
「“マド・クリード”!」
フェイがその精霊語を唱えると、次の瞬間、周囲から土がどんどん盛り上がってきた。
「こ、これは!?」
そして、あっという間にドーム状の家が出来上がる。
「まぁ、宮殿のちゃんとした建物に比べれば耐久性とかは劣るけど、魔法で強化すれば問題ないし、とりあえず当面雨風をしのぐにはいいでしょ」
「す、すごすぎます、ご主人様。一瞬で家を建てるなんて。しかも、ただ形を作っただけじゃなくて、表面がめちゃくちゃ綺麗です」
「土を練り上げたからね。エルフが樹木がないところで家を建てるやり方を参考にしたんだけど」
「さすがご主人様……‼︎ エルフレベルで精霊術を使いこなすなんて」
「いや、人よりちょっと言葉に詳しいだけだけよ」
さて、これで寝床は確保できたが、しかしこれだけではまだ生きてはいけない。
「次は、そうだな。食べ物だな」
この不毛の大地で、どうやって食料を確保していくのかは一見すると難題に見えた。
ただ、幸いなことに近くに川がある。
ひとまず、肉を得るのは容易そうだった。
フェイは、再び精霊術で土を練り上げる。だが、今度作るのは家ではなく、ゴーレムだった。
「ゴーレム! それも5体も!?」
イリスが驚くのも無理はない。
使い魔としてゴーレムを作るのは、通常の魔法使いでもできることだ。
しかし、同時に複数体のゴーレムを作るとなると話は別である。
並みの魔法使いならば、意識が散ってしまい、すぐに動かなくなるだろう。
「いや、何体でもいいんだよ。僕が操るわけじゃないからね」
そう言うと、フェイは一体のゴーレムに手のひらを当てる。
次の瞬間、ゴーレムがビシッと姿勢を正した。
そして、そのまま川の方へ向かってひとりでに歩き出したのだ。
と、フェイは次のゴーレムにも同じように手を当てると、その個体も川に向かって歩き出す。
そして五体全部が川へ向かって歩き出したところで、フェイはイリスに向き直った。
「あとは勝手に魚を取ってきてくれるから、休憩でもしようか」
「え、ゴーレムたちに命令を出さなくていいんですか!?」
イリスはゴーレムとフェイを交互に見てそう尋ねた。
当たり前だが、使い魔は意思を持たないので、主人が指示を出さないと動かないのだ。
一見フェイは何もしていないように見えるが、実は指示を出しているはず。だから休憩などできるわけがない――そう思ったのだが、
「いや、機械語でプログラミングして、命令は出してあるんだ。与えた魔力が尽きるまでは頑張ってくれるよ」
フェイは涼しい顔でそう答えた。
「今のたった数秒でプログラミングを!?」
「全部過去に使ったモノの使い回しだからね。ライブラリに保存してあったものを出すだけだから、簡単だよ」
「……す、すごすぎます。古代語に精霊語、機械語まで自在に操れるなんて……! このままいけば、あっという間に王国ができますよ」
「はは、そうだといいけどね」
†
一方、その頃ドラゴニア王国では、突然ドラゴンと意思疎通が図れなくなり、近衛騎士も官僚たちも大慌てだった。
「今すぐになんとかさせなさい!」
女王はすくに改善せよとの檄を飛ばしたが、それはどう考えても無理だった。
ドラゴンは馬とは違う。複雑で繊細な指示を出せなければ、空中戦では勝てないのだ。
また、日頃の体調管理なども、言葉が話せなければ、ままならない。
しかし、現在のドラゴニアでは、龍に乗る騎士も飼育員も、皆、古代語が話せないのだ。
もちろん、これはドラゴニアの人間たちが不真面目だったという訳ではない。これまではフェイの“自動通訳”があったから、それでも問題がなかったのだ。
官僚たちにできることといえば、ドラゴンの話す古代語を理解できる者を数名探し出してきて、ドラゴンに乗る騎士たちがに古代語の授業をさせるのが関の山だった。
「授業だと? その教師たちは、明日までに騎士たちに古代語を覚えさせることができるのですか?」
女王が吠える。
「恐れながら陛下。一朝一夕で言語はマスターできませぬ……」
大臣がそう答える。
「今他国のドラゴン部隊が襲ってきたらどうするつもりですか!」
「も、申し訳ありません……」
「フェイが使っていた“自動通訳”とやらを使える人間は他にはいないのですか? あのような愚か者でもできたことなのですから、他にもできる者はいるでしょう!?」
――そんな人間、フェイ様以外にいるわけがない。
大臣たちはそう思ったが、それを口に出すことはできなかった。
哀れな大臣にできるのは口を閉じることくらいだった。
「……ええい、無能な奴らめ……」
女王は歯ぎしりする。
――だが、そこでさらに問題が起きた。
「ところで大臣たち。なんだか、暑くないですか? こんなに部屋が暑かったことは今までなかったのですが」
それは当然大臣たちも気が付いてた。
当然、女王に聞かれる前に解決しようと試みていた。
だができなかった。
「恐れながら、殿下。どうやら王宮の冷却術式が停止したようです」
「冷却術式? 壊れたのであれば、直させれば良いだろう。何をしている」
「それが、この術式はフェイ殿が機械語でプログラムしたものでして、どうすれば良いのか他の者ではわからないのです」
「なんだと!? 部屋を涼しくする程度のこともできないのか!?」
大臣たちはまた閉口するしかない。
フェイの術式は、特別だった。見事な術式で、魔法石をほとんど消費せずに様々なことが効率よくできた。
しかしその代償として、フェイと同じくらい――すなわち世界で見ても並び立つものがいないほど――機械語に詳しくないと読み解けないのだ。
当然、術式を紐解いて直すなど不可能だった。
「ええい、いつの間に宮廷の人間は愚か者ばかりになってしまったんだ!?」
女王が苛立ち叫ぶ。
だが、その苛立ちを受け止められる者は、この国にはもはやいなかった。
†
ドラゴニアの宮廷が大混乱に落ちいている頃、“ただの通訳”フェイは、出会った竜人のイリスと、美味しく焼き魚を食べていた。
「このお魚、すごく美味しいです!」
イリスは尻尾をブンブンと振り回してそれを伝える。
「うん、意外といけるね。宮廷で食べるご飯より美味しいよ」
フェイは、自分の力で食料を手に入れることができると確認できて、ひと安心していた。
「これで、野垂れ死ぬなんてことにはならなそうだ」
「さすがご主人様です」
食事を終え、昼過ぎ。
まだまだ日が落ちるまで時間があった。
「せっかくだし、あたりを探検しようと思う。どんなものがあるのか見て見たいし」
「ぜひご一緒させてください」
†
フェイとイリスは、二人で並んで山の方へと歩いて行った。
――山々の谷間に、何かあるかもしれない。
そう思って岩場を進んでいく。
「このあたりって、誰か住んでるのかな」
フェイが呟くと、イリスは「どうでしょうね」と首をかしげる。
イリスはこう見えてまだ生まれたてなので、この辺りのこともほとんど知らないのだ。
家を出てから一時間ほど歩いたが、人の影は見つからない。
荒涼とした景色が続くばかりだった。
「うーん、これ以上行ってもあんまり何もないのかな」
と、そう思いかけたとき、
「うわぁぁーーーーー!!!」
突然響き渡る悲鳴。
「ご主人様! あっちです!」
フェイより感覚が優れているイリスが、声のした場所をすぐに特定する。
イリスが駆け出し、フェイはそれについていく。
そして、坂を登っていった先に、声の主を発見する。
だが、声をかける余裕はなかった。
青年が、トロールに襲われていた。
逃げてきたはいいが、崖の前で追い詰められたらしい。
今にもトロールの棍棒で叩き潰されようとしていた。
「“ファイ・ランズ”!」
フェイは精霊術で、トロールに向かって炎の槍を放つ。
次の瞬間、トロールは勢いよく燃え上がり、そのまま倒れた。
青年は腰を抜かして、燃えるトロールを見ていた。
「大丈夫?」
フェイは青年に近づいていき、手を差し伸べる。
「あ、ありがとうございます」
近づいていって気がついたが、青年は頭に耳を生やしていた。
見ると、お尻には尻尾もついている。
いわゆる、人狼である。
「あなた様は命の恩人です。まさかトロールを一撃で仕留めるなんて。王宮の騎士でも簡単なことではないと聞きます。……あなた様がいなければ、今頃死んでいました」
フェイは、その言葉「いえいえ、大したことは」と謙遜する。
「ところで、この辺に住んでいるのですか?」
フェイが尋ねると、青年が「はい」と頷く。
「川の方じゃなくて、こんな山の中に?」
この不毛な大地で、唯一みのりがあるのは川の周辺だ。
正直、川の周辺以外でまともに暮らせるとは思えなかった。
「川にはトロールが寄ってくるから、山奥で暮らしているんです」
「それではこの地にも人が住んでいるんですね?」
フェイが聞くと、青年は頷く。
「と言っても、半人の人間たちばかりですが。国を追われてこの地にたどり着いた者たちばかりです」
フェイにとっては、いわば「お隣さん」である。
「あの無理強いはしないので、もしよかったら挨拶させてくれませんか?」
フェイが言うと、青年は無警戒にうなずく。
「もちろんでございます。村は貧しくたいしてもてなすことはできませんが……」
†
助けた人狼の青年に案内されて、フェイとイリスは山間の村へと足を踏み入れた。
崖と崖に挟まれた集落は、まさに隠れ里という感じであった。
入り口は、人一人が入れるくらいの幅で、そこから先が開けている。
まともに樹木が手に入らなかったのだろうか。家は粘土を固めて作られた粗末なものだった。
20世帯ほどの小さな集落。
そこにいるのは皆人狼たちだ。
「クラン!」
と、フェイが助けた青年――名前はクランという――を見ると、村人の女性が駆け寄ってきた。
「この方たちは?」
フェイとイリスを見て、女性は紹介を求めた。
「フェイ様、それにイリス様だ。外でトロールに襲われたんだが、この方々が救ってくれた」
「それはクランがお世話になりました」
女性はフェイに頭を下げる。
「……フェイ様を村長に会わせたいんだが、今どこにいる?」
「家にいるわ」
「ありがとう」
クランは、フェイとイリスたちを村長の前に連れていく。
フェイは、目の前に現れた村長が、思ったよりも若くて驚いた。
若く見えるのか、それにしてもどう見ても40代にしか見えない。
「こちらが村長のライです。村長、こちらがフェイ様とイリス様です。村の外でトロールに襲われたのですが、この方々に命を救っていただきました」
「それはそれは、村人がお世話になった」
「いえいえ」
「村長、この方々は命の恩人です。可能であれば食事を提供したいのですが」
クランは、フェイたちに報いようと村長に許可を願う。
「もちろんだ……と言いたいところだが、あまり食料の貯蔵はないのだ。フェイ殿、イリス殿、申し訳ないが、
満足なもてなしはできないだろう」
「いえいえ、お気になさらず」
村が貧困状態にあるのは見て取れた。
川にはかろうじて食料があるが、そこに近づけないとなるとかなり厳しい状況だろう。
この土地は農耕には適さないから、安定的に食料を手に入れるのは難しいはずだ。
「この村の方々は代々この地に住み着いているのですか?」
フェイはこの村の成り立ちが気になり、そう質問した。
村長は首を横に振った。
「この村は国を追われた者たちが集まってできたものです」
その言葉でフェイは事情を概ね把握した。
人狼のような「亜人」たちへの世間の風当たりは強い。
特にフェイのいたドラゴニアではその傾向が強かった。
それで彼らが行き着いた「安住の地」がこの未開の土地なのだろう。
村長が若いのも納得できる。この過酷な環境では、皆長くは生きられないのだ。必然、村人たちも若い者だけになる。
「あの、もしかしたら、ちょっとくらい何かお手伝いできることがあるかもしれません。多少精霊術の心得があるので」
フェイはそう申し出る。
「村人の命まで救っていただいて、お手伝いだなんて」
村長はそう言うが、フェイは既に頭の中で「ご近所さん」にしてやれることはないかと模索していた。
そして少し考えて、フェイは一つ思いつく。
「そう言えば、この村には水源はありますか?」
「残念ながらありません。雨水を貯めて使っていますが、この頃雨が降らず、水が尽きかけています」
ぱっとあたりを見渡してあたりが乾ききっているので、もしかしてと思ってフェイは尋ねたが、どうやらあたりだったようだ。
「なら、水を集める機械を作りましょう」
「水を集める機械? そんなことができるのですか?」
村長は顔に疑問符を浮かべる。
「まぁ、見ててください」
フェイは、適当な空き地を見つけて、そこで作業を始める。
「“マド・クリード”!」
精霊術で、空気中の水を集めつつ粘土を捏ね上げていく。
人の半分ほどの高さがある大きな丸い器を作り、表面を炎の魔法で焼いていてレンガのようににしていく。
これでこの中に水を貯められる。
「こ、これは! なんという魔力!!」
村長たちは初めて見る精霊術に感嘆する。
だがフェイの作業は終わっていなかった。そこから練り上げた器に、に精霊語と機械語とを織り交ぜた術式を刻み込んでいく。
――すると、次の瞬間――
「み、水が湧いてくる!?」
器の中にみるみるうちに水が溜まっていく。
それに村人たちの目が釘付けになる。
「フェイ様が魔法を使って水を出しているのですか?」
村長が聞いてくる。
「いえ、自動で空気中の水を集める仕組みになっています。とりあえず、僕の分け与えた魔力がなくなるまではずっと動き続けます」
それはフェイにとってはちょっとした「工作」だった。
宮廷の人々にとっては当たり前のものだったが、村人にとっては違う。
「なんてことだ。精霊術者がいなくても、水を手に入れることができるのか!」
村長たちは興奮気味に言う。
「同じものを村の左右に作ります。これで、水不足は解決するかと」
フェイが言うと、村人たちはフェイに次々と感謝の言葉を投げかける。
「あ、ありがとうございます! これで村の生活が楽になります!!」
どうやら自分の言語術が役に立ったようなので、フェイはホッとする。
「他にも何かあったら、遠慮なく言ってください。力になれることがあれば、お手伝いします」
と、フェイがそう言うと、村長はフェイの手を取って言う。
「フェイ様! どうか、我々の村の主人となってください」
突然の言葉にフェイは驚く。
「あ、主人ですか?」
聞き返すと、村長は激しくうなづく。
「何卒、お願いします。もちろん、年貢は納めます。水が手に入れば、もっと作物を育てられますから、我々も今まで以上に頑張ります。なのでどうか、お力添えをお願いします」
――どうやら冗談ではないらしい。
――フェイは考えこむ。
この地で、言術研究に没頭したいと思っていた。
だが、イリスと二人だけで暮らしていたのでは、研究の成果を生かす場所がない。
それなら、この村人たちと暮らすというのも悪い選択ではないはずだ。
何より、村人たちが助けを必要としているのは明白だった。
放っておけば、彼らは過酷な環境で長くない人生を送ることになるだろう。
……別に、ものすごく大変になるってわけじゃなさそうだし、悪いことは一つもないな。
「主人っていうのはちょっとあれですけど、ぜひお手伝いはさせてください」
フェイがそう答えると、村長は地に膝をついて頭を下げた。
「ありがとうございます! 主人様! 我々はご主人様のお導きに従います!」
そんなわけで、――フェイはなりゆきで、村の主人になったのだった。
†
なりゆきで村の「主人」になったフェイ。
当然、村は歓迎ムードだったが、しかしそれを祝うような余裕はなかった。
ハッキリ言って、村の食糧事情はかなり厳しいものがあった。
なにせ、ここは不毛の大地。
作物はなかなか育たず、わずかな小動物を狩って暮らすのが精一杯だった。
「まずは当面の食事をなんとかしないとですね」
フェイがそう言うと、村長は深くうなづく。
フェイの装置のおかげで安定して水を手に入れることができるようになったが、それだけでは生きてはいけない。
まずは食料を安定的に手に入れられるようにしなければならない。
――だが、フェイには解決策がいくつかあった。
「とりあえず、当面はお魚でいかがですか?」
フェイが言うと、村人たちは半信半疑で問い返してくる。
「魚を食べられるんですか」
「今日の夕飯には間に合うと思いますよ」
そう言って、フェイは地面に手のひらをついた。
「“マド・クリード”!」
土を操る精霊術で、再びゴーレムを作る。
「こ、これは!」
そして、おなじみの機械語を埋め込むと、ゴーレムたちはひとりでに歩き出した。
フェイは同じ作業を繰り返して、20体ほどのゴーレムを作り出す。
「ゴーレムたちに川まで食料を取りに行かせます」
フェイが言うと、村人たちは目を輝かせた。
「これなら安全だ!」
「しかし、すげぇ! こんなにたくさん使い魔を作るなんて!」
「20人で釣れば、魚なんてすぐに釣れるぜ!」
だが、フェイの狙いは魚を取りに行くだけではなかった。
「ちなみに、ゴーレムには帰りに川の周辺から土を持って帰ってきてもらいます。いい肥料になると思います」
「おお! 今まで川まで行くのが危険で、土を持って帰ってくるなんてとてもじゃねぇけどできなかったんだ!」
喜びと安堵の表情を浮かべる村人たち。
これで当面の食料事情は改善するだろう。
「ところで皆さん、ゴーレムには皆さんも自由に命令を下せます」
そう言うと、村長は驚く。
「我々が? しかし使い魔は機械語がわからないと動かせないのでは?」
村長の知識は正しかった。
しかし、フェイの周りではそうとも限らない。
フェイはもう一体ゴーレムを作り出す。
そして村人の一人に命令を試してみてと促した。
村人は、半信半疑のままゴーレムに命令を下す。
「地面を掘ってくれ」
――すると、ゴーレムは村人の言葉に応じて、実際に地面を掘り出した。
「す、すげぇ!!!」
村人は驚く。
普通、使い魔を動かすと言うのは、機械語を学んだものにしかできないことだ。
それが、なんの変哲もない彼にできてしまったのだから、驚くのも当然だった。
「簡単な労働なら、ゴーレムができますから、何かさせたい作業があれば遠慮なく使ってください。魔法石がないので、僕の魔力を分け与えるしかないので、無限に作れる訳ではありませんが」
「おお! 生活が楽になるぞ!!」
「さすが主人様だ!!」
村人の喜ぶ顔を見て、フェイは今までにないやりがいを感じた。
王宮でも人のためにいろいろなものを作ってきたが、しかし感謝されるようなことはほとんどなかった。
それが当たり前のものと受け取られていたからだ。
だから、こうやって喜ぶ人の顔が直に見えるのは本当にやりがいになった。
――王宮を追い出されて正解だったな。
フェイは心の底からそう実感したのだった。
†
†
――一方、その頃、宮廷では。
「女王様!! 大変です!!」
フェイがいなくなってたった数日。
女王は、部下たちから立て続けにあらゆる報告を聞いていたが、その全てが何かが動かなくなった、動かせなくなったと言うものだった。
その多さに、すでにうんざりしていた。
「ええい、今度はなんですか!?」
「宮殿や王都を守護するロイヤルガードたちが動かなくなりました」
それはさすがに空調が動かなくなったと言う話とはわけが違う。
暑くても死にはしないが、護衛がいなくなれば命の危険がある。
「バカな! 宮殿の守りはどうなるのです!?」
「機械語を操れるものにプログラミングを依頼していますが、今までのように効率的には動かず、大量の魔法石を消費してしまいます! すでに王宮に貯蔵している魔法石はそこをつきかけています。何卒どこかから調達の許可を!」
フェイが整備していたものたちは、必ずしも他の者に再現できないものばかりではなかった。
だが、フェイのプログラミングは効率的で、他の者が作るのに比べて魔力をあまり消費しないようになっていた。
フェイがいなくなったことで動かなくなったものを、代替しようとともうと、莫大な魔法石を消費するようになってしまうのだ。
「ええい! ドラゴニアを破産させるつもりですか!」
とうとう女王の堪忍袋の尾が切れた。
「全てあの無能男のせい……ッ!!」
玉座の肘掛を手で叩き、怒りを表す。
「いますぐに無能通訳を王宮に呼び出しなさい! 王宮を混乱を陥れた罪は重いですよ!」
†
――フェイが村の主人となってから数日後。
村の食料事情は順調に改善していた。
フェイの作ったゴーレムに魚を取りに行かせ当面の食料を確保しつつ、川から肥えた土を運び田畑を作っていく。
そのうち、穀物や野菜も収穫できるようになるだろう。
――さぁ、次は何を改善しようか。
フェイは想像を膨らませていく。
だが、
「ご主人様!」
村人の一人が突然、フェイの前に駆け寄ってきた。
「どうしました?」
「大変です! 王都からの使いが!」
――それは村人からすれば突然のことだったのだろう。
だが、「やはり来たか」と言うのがフェイの感想だった。
「……仕方がないですね。今行きます」
フェイは村の入り口へと向かって歩いていく。
村に来た使者は、近衛騎士の一人だった。
「フェイ・ソシュール! 女王様の命令である。直ちに、王都へ出頭せよ」
「い、一体なぜ!?」
村人が騎士に尋ねる。
「この者が宮廷に使えていた時の仕事があまりに粗末だったのだ。その埋め合わせをせよ」
村人たちは村の救世主が突然王都に連れて行かれようとしていることに困惑した。
だが、フェイは落ち着き払っていた。
どのみち、どこかでは王都に行かなければと思っていたのだ。
「みなさん、大丈夫です。すぐに戻って来ますから」
フェイは村人たちにそう言って聞かせる。
「――ご主人様! 私も行きます!」
と、イリスがそう申し出る。
「ああ、そうだな。悪いが、イリス、ちょっと王都まで乗っけていってくれるか?」
フェイがそう言うと、イリスは笑顔で頷く。
「はい! 人に乗られるのは初めてですが……ご主人様が初めてのお相手なら!」
「いや、その言い方は誤解を産むから!?」
――と、イリスは光を纏い、次の瞬間、2倍ほどの大きさの龍へと変身した。
「悪いですが、僕たちは先に行かせてもらいます」
フェイは騎士にそう告げると、イリスにまたがった。
「お、お前たち!」
イリスはその翼を大きく羽ばたかせる。
フェイは騎士を置いてけぼりにして、王都へと旅立つ。
†
――――実に一週間ぶりの王都だが、懐かしいと言う印象は皆無だなとフェイは思った。
今思えば、王都ではがむしゃらに働いたが、いい思い出はあまりなかった。
「イリス、あそこに止めてくれ」
空中から、王座の間がある建物の目の間にに降り立つ。
――前までは空中にフェイが張った結界があったが、今はガラ空きだ。
もし今他国のドラゴン部隊がやってきたら、王都は壊滅するだろう。
突然現れたフェイたちを見て、騎士たちが剣を引き抜いて慌てて駆け寄ってくる。
「き、貴様! 何者だ!」
「何者って、呼びつけといてひどいな」
と、フェイの顔を見て、騎士たちは現れたのが待ち望んでいた相手だと気がつく。
「……フェイ・ソシュール!」
「さて、女王様が呼んでいるんですよね? 手早く済ませたいので会わせてもらえますか?」
フェイは騎士に付き従って、王座の間まで歩いていく。
「フェイ・ソシュール!」
フェイが現れるなり、女王は王座から立ち上がり、駆け寄ってくる。
「今まで高い金を払って来たと言うのに、あなたののした仕事は欠陥だらけでしたよ! おかげで王宮は大混乱だ! どう責任を取ってくれんですか!?」
いきなりまくし立てる女王。
「……それは、失礼しました」
フェイは一応謝ってみる。
反論したところで、いいことはないという判断だった。
「今すぐに、王宮の機械を直しなさい! それに、ドラゴンたちと喋れるようもしなさい!」
女王は唾を飛ばしながら、さらに怒鳴りつける。
だが、フェイは頭を掻きながらぼやくように答える。
「あの、一応、僕がいなくなったときのことを考えて、マニュアルを用意していましたよね? 女王様にはちゃんとお話ししたはずですが」
フェイは、王宮の様々な事象が自分でしか対応できないことは把握していた。
自分がいなくなっても、最低限のことは回るように、引き継ぎのマニュアルを作っておいたのだ。
「マニュアルですって!? そんなものどこにあると言うのです!」
だが、女王はそんなこと全く覚えていなかった。
やれやれ、やっぱりか。
フェイは頭をかく。
「だろうなと思いました。もうめんどくさいので、もう一度渡します」
と、フェイはポケットから石を取り出す。
変哲も無い石だがフェイの言語術によって、膨大な対応マニュアルが記録されていた。
それをフェイは従者のものに渡す。
「これ通りにやれば、僕がいなくても最低限のことは回ると思います」
「ほんとうでしょうね? 確認しなさい」
女王はそう部下に。
技官の男は必死にマニュアルを読んでいく。
「女王様! 確かにこれがあればなんとかなりそうなのですが……」
「どうしたのです?」
「……おそらく、今までの100倍の魔法石が必要になります」
「なんですと!? 100倍!?」
それはフェイからすると仕方がないことだった。
自身で直接動かせば、効率よくできるが、ズブの素人たちがフェイの代わりを勤めてようと勤めようとすれば、どうしてもそれくらいはかかる。
それでもかなり標準化して、努力した結果だった。
だが、女王は怒り狂う。
「そんなの許せるわけないでしょう! フェイ、今まで通りにしなさい! これは王命です!」
と、女王は権力をかざして、フェイに迫る。
――だが。
「すみません、これで義理は果たしました。マニュアルの存在は女王様には教えていたのですが、きっとお忘れになっているだろうなと思って、それだけが気がかりでここに来たんです。あとはあなたがただけでどうぞご自由にやって下さい」
そう言って、フェイは踵を返す。
――そうなると、焦るのは女王だった。
100倍の魔法石だと!?
このままでは国が滅んでしまう!
「ま、待ちなさい!』
と女王はあらん限りの声でフェイを呼び止める。
「何か他に?」
――女王の焦りは最高潮に達していた。
どうやら脅しにはこの男は屈しないらしい。
「し、子爵の座に戻らせてあげます! 特別に今までの罪を全て許します! だから今まで通り宮廷に仕えなさい!
」
堰を切ったように、女王がまくし立てる。
額に汗を流しながら、すがりつくような口調だった。
だが――
「すみません、王宮に戻るつもりはありません。未開の地を開拓していくことこそ、自分のやりたいことだと気が付いたので」
とフェイは毅然と言い放つ。
「し、子爵では足らぬか!? 仕方がない、では公爵にしてやろう! どうだ!」
「子爵でも公爵でも関係ありません。もうとにかく、私はこの国の人間ではありませんので」
と、フェイはそのまま宮殿を後にする。
「お、おい! 待て、そのものを止めよ!」
と、女王が騎士たちに命令を下す。
一斉に騎士が剣を引き抜き、フェイを止めようと駆け寄ってくる。
――だが、次の瞬間、騎士たちは身動き一つ取れなくなる。
フェイの精霊術によって縛り上げられたのだ。
「それでは、さようなら」
フェイはそのまま宮殿を後にするのだった――
女王はそれを呆然となすすべなく見つめるしかなかった。
†
ありがたいことにご好評いただいたため、【連載版】開始いたしました!
もしよろしければ、連載版もよろしくお願いいたします。
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