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① 運命の分かれ道


 何かの間違いだと思った。

 幼い頃から私の後ろに隠れているだけだった妹の方が、世界を救う勇者の印を得てしまうなんて。選ばれるなら――双子伝説を信じ、どちらかが必ず勇者になるとするならば――それは私だと信じていた。だけど、違った。双子伝説に間違いはなかったが、選ばれたのは私ではなかった。しかし、違ったとはいえ、こうなっても結局、私は彼女を手伝うはめになるのではないだろうか。


「ハル、お願い! パーティーに入ってほしいの!!」


 ほらね?


 二卵性の双子の妹ユキは、昔から引っ込み思案で気が弱い。

男の子と喋るのも苦手だし、女の子相手でもちょっと気の強そうな子だと顔を真っ赤にして俯いてしまう。そんな彼女をフォローするのはいつだって姉である私の役目で、ものごころがついた頃には既に、私が世話をするのは当たり前のことになっていた。

 それは、15歳になった今でも変わらない。


「無理だよ。私には魔力が顕在化しなかったんだもの」


 麗らかな春の日差しに照らされたこの日、15歳の誕生日を迎えた私たちは揃って魔力解放の儀式を受けた。

 ウィンザードと呼ばれるこの世界では、人間族に限り、15歳になるまで魔法を使うことを禁じられている。全ての人間が生まれてすぐに封印の儀式を身に受け、そして、15歳の誕生日に封印を解放し魔力を解き放つ。


 解き放たれる、はずだったのに。


「だけど、ハルは剣術も体術も学校で一番だし、絶対に戦えるよっ!」

「やだよ。女子の剣士なんて聞いたこともない」

「どうして。女の子がやっちゃダメなんて決まりは……」

「そもそも魔法も使えない生身の私が、魔王軍と戦えるわけないじゃない」


 口調が刺々しくなっている自覚はある。だけど、日々の暮らしならいざ知らず、どうして私が命をかけてまで妹の尻拭いをし続けなければならないのか。彼女はもう、守られるべき対象じゃない。世界を救う勇者だ。


「怒ってる……の?」

「は?」


 ユキが、なんとも奇妙な顔で私を覗き込む。怯えているような、何かを堪えているかのような……


「私が、私なんかが勇者に選ばれて、怒っているんじゃない?」


 一瞬、思考が止まった。

 直後、色んな感情が湧いてきて溢れかえるかと思った。

 かろうじて飲み込んだそれらは、重い塊となって体の真ん中に静かに埋め込まれた。


「どういう意味?」

「だって……」


 双子なのにちっとも似ていない、愁いを帯びた青い目が縋るような視線を向けてくる。

 あぁ、この目だ。いつも私を屈服させる、その眼差し。


「双子から選ばれるなら――絶対に、勇者はハルであるべきだったと思うの」


 人気のない古びた回廊の途中で、ユキの声がやけに大きく響く。

 かつては、この塔を昇る日を心待ちにしていた。

 いや、かつてなんかじゃない。

 ほんの数刻前まで、この場所は希望の象徴だった。


「お父さんもお母さんも先生も、老師様たちだってきっと、ハルに期待していたと思う。なのに、どうして何も出来ない私なんかが……」


 ユキの瞳は深淵を思わせる深く静かな蒼色をしている。回廊の小窓から差し込む春の光りが、きらきらと金糸のような髪を照らす。陶器のように白く滑らかな肌が、その光を受けてつるりと輝いて見えた。


 一度飲み込んで隠したはずの感情が、ぐわりと音を立てて込み上げてくる。

 飲み込め。

 飲み込め。

 呑み込め。


「勇者殿」

 

 それは、ギリギリのタイミングだった。


「これから元老院に向かわねばなりません。お仕度を」

「――はい」


 感情が爆発する寸前で止めてくれた、低く艶やかな声の主を見つめる。一歩こちらに近付くごとに腰まである銀色の髪が揺れて、ユキの金色とはまた異なる輝きを生み出していく。足元まである紺色のローブに、その銀髪は良く映えた。

 私たちが住むカイア国イネ州の魔楼塔管理人、アークシュイド=セロウズ。希少種であるエルフ族の彼は、この世界で数少ない魔力解放の番人であり、数百年の時をこの魔楼塔の中だけで過ごしている。

 存在は知れども姿を見られるのはこの一時のみ。封印術を解き魔力解放の儀式を終えれば、この先二度と会うことはない。――私のような、凡人とは。


「ハル、ねぇ、ハル助けて」


 アークシュイド=セロウズがたどり着く寸前に、ユキがもう一度懇願した。


「私と一緒に、来て欲しいの」

「それは無理ですよ」


 断るより早く、アークシュイド=セロウズの声が回廊に響いた。石造りの回廊は、少しの物音でも大きく反響する。決して大きな声を出したわけでもないのに。

 ということはつまり、先ほどのやり取りも彼の耳に届いてしまっていたのだろうか。


「勇者にはパーティーを選ぶ権利があるはずです! 私は、姉のハルを……」

「権利など何もありません」

「え、でも」

「元老院で老師様がお待ちです。お召し物を変え、禊を行わねばなりません。これからすぐに、勇者としての戴冠式を行うのですから」

「戴冠式」


 思わずその単語を繰り返してしまった。

 戴冠式。

 憧れのあの場所に、妹が立つのか。


「そうです。世界中からの祝福を、あなたの妹君が受けられるのですよ」


 つくり物のように整った端正な顔が、初めて私に向けられた。深緑色をした切れ長の目がこちらを見ただけなのに、思わず後ずさりしたくなる。なんて怖い目をする人なのだろう。


「祝福なんかじゃないわ。これから死地に赴くことになるというのに」


 妹は彼の目が怖くないのだろうか。人間よりも遥かに永い時を生きながらえているエルフ族の、その中でも頂点に立つ魔楼塔の管理人である彼に、少しも物怖じしていない。

 そこでようやく、私の中の何かが動いた。

 なるほど。勇者ともなれば、エルフ族に臆する弱い心など存在しないのだろう。

 臆病だった妹は、魔力解放によりその額に赤い勇者の印を得た。誰も読むことの出来ない(いにしえ)の一文字が刻まれた瞬間から、彼女はもう、私よりも強い心を手に入れているのかもしれない。ますます私の出番などない。


「大丈夫。ユキは弱虫なんかじゃないよ」


 妹の艶やかな髪に触れ、その滑らかな表面を優しくなでた。この感触が、好きだった。ごわごわと硬くうねるばかりの私の赤毛とは真逆の、柔らかな金。ユキが戴冠式の壇上に立ったならば、その美しさに世界は感嘆するだろう。勇者というよりは女神のような風貌に、世界は色めくに違いない。

 私の羨望に気付くこともなく、ユキはふるふると華奢な肩を震わせ、私の胸に縋りつく。


「今さらハルと離れるなんて無理。今までだってハルが守ってくれたでしょう? これかも、守ってくれるわよね? お願い。一人にしないで。私を助けて、ハル」

「それは、今決めなくてもいいことでしょう?」


 思わず、言ってしまった。私の言葉に、潤んだ瞳が歓喜の色を浮かべる。


「それはつまり、あとでちゃんと検討してくれるっていうことよね?」


 いつも、こうだ。結局私が折れるのだ。ユキに縋られるたび、こうして呑んでしまう。どうしても、抗えない。


「話が済んだなら行きましょう。老師様方をお待たせするものではありません」

「分かりました、参ります」


 アークシュイド=セロウズの言葉に、ユキが颯爽と歩き始めた。言質を取ったからには、この場ではもう、私に用はないのだろう。可憐で強かで、そして美しい妹。


「戴冠式、楽しみにしていてね!」


 回廊の先で見えなくなる寸前、ユキが振り返って笑った。

 その顔は先ほどまで怯えていた彼女と同一人物とは思えないほど、清々しく自信に溢れていた。

 アークシュイド=セロウズはこの状況をどう見ただろうか。


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