七話 リア充爆散しろ!
想は翔と並んで歩いていた。森を出ると、校舎があり、すぐに生徒たちが二人に気づいてぞろぞろと集まってくる。
「おーおー、睨まれんなー、おい。こんな熱視線浴びると照れちゃうじゃねぇかよ」
翔はなにも返さず、能力を発動した。右手に両刃の剣があらわれる。
「なにそれかっけ。特殊能力か」
「そうだ。自在に剣を生み出し、達人なみの技を使える」
「へー。じゃあ達人の俺には無用の長物だわ」
軽口を叩いていると、爆音。間をおかず、少女が飛び出してきた。地面を凹ますほどの脚力でふたりに飛びかかってきたのは、以前に想を助けた、陽菜という少女。
「言っておくが、生徒たちは洗脳されているだけだ。自分の意思で向かってくるわけじゃ……」
翔が言い終わる前に、想は動いた。少女が拳を振り上げるタイミングに合わせ、わずかに前に進み、掌を少女の胸の前に突き出す。自分で飛んだ勢いで想の腕に突き刺さったヒナは苦しげにうめき、後ろに跳ね飛ばされ、そのまま意識を失った。
想はじっと、少女の胸を打った自分の手のひらを見つめる。
「……おっぱい。やわこ」
「バカか!! ていうか君、女好きじゃなかったのか!? なに思いっきり攻撃して……っ!」
「女だろうが自分の意思じゃなかろうが、向かってくるやつは敵だ。敵は殴る」
話している間に、ほかの生徒たちもふたりに向かって突撃してくる。翔も覚悟を決めた。
「ああ、クソっ! 殺すなよ」
「大丈夫だ。安心しろ。こいつら弱いからな、手加減する余裕ならある」
「いやなやつだな、君!」
「お前はいいやつだよな、大っ嫌いだぜ」
「僕も君のことは嫌いだ」
「嬉しいなー、両思いじゃねーの。ははっ」
笑い飛ばし、先頭の生徒を殴り飛ばす。手近にいた生徒の頭をひっつかみ、別の生徒にぶつけた。鳩尾を蹴り、腕をねじって投げ飛ばす。それを見た翔も剣をふるった。斬るわけにはいかないので、剣の腹で殴っていく。想は戦いながらも、翔の動きを観察していた。
(正中線守れてないし重心もぐらつく。動きは素人。なのに剣筋は間違いなく達人級。なにあのアンバランスな動き。気持ち悪。まあ、たして強くねぇな)
そう結論づけると、想は自分の戦いに集中した。
たいした時間もかからず、ふたりはグラウンドを抜けた。校舎に入り、真央を探す。
「そういやあいつ、思いっきり特殊能力発現してるけど、あいつってリア充だったっけ?」
「別に、愛されるイコールリア充ってわけじゃないだろ」
「うっせぇボケ。大金持ちが左うちわしながら幸せは金じゃないって言ってきたくらいむかつく。彼女持ちは黙ってろ。つか死ね」
「……どこまでひがんでるんだよ、君」
教室が見えるたびに想が扉を蹴り飛ばし、中を確認する。真央は見つからない。
教室を一つづつ見ていき、最後に四階の、一番奥の教室に行き着く。想は躊躇なく扉を蹴り飛ばした。
「って、おい。罠とかあったらどうするんだよ」
「しゃらくせぇ。んなもんかかったあとで考える」
翔の言葉をはねつけ、想は中に入る。カーテンを閉められた室内は暗く、うっすらと人影だけが見えている。想は近くの壁のカーテンをひっつかみ、ぶちぶち音を鳴らしながら引きちぎった。光が入ってきた。
真央優は教室の奥にいた。膝を抱えて座り、その周りを数人の女子が囲んでいる。その中には翔の彼女の美紅もいた。
「うっわ、くっそむかつく光景だな」
「……いや、彼も、被害者なんだろ。むしろ、かわいそうに見える」
「事情を知ればだいたいの人間は被害者だしいいやつだよ。クソゴミうすっぺらへらへらゴミカスふぬけ野郎は引っ込んでろ」
想が踏み出すと、真央はわずかに顔をあげる。そしてすぐに膝に顔をうずめた。洗脳した相手は言葉で命じる必要がないのか、女たちが想に向かって走ってくる。想は簡単に蹴散らした。
想がゆっくり歩いていくと、真央も立ち上がる。にやにや笑い、拳を握って想に飛びかかってきた。子どもの喧嘩レベルの、幼稚な攻撃。
しかし、想は加減しなかった。アッパー気味の掌底を顎に食らわせ、反対の手でこめかみを殴りつける。最後に右の正拳突きで相手を吹き飛ばした。真央は教室の壁まで転がり、血を吐いて、助けを求めるように宙をかく。
「たす、けて……姉、……ちゃん……っ!」
かすかな声をあげると、体を引きつらせ、生き絶える。
「……君が一番悪役っぽいな。殺さないんじゃなかったのか?」
「ああ? こいつは自分の意思で向かってきてんだろ? ほかのやつらと違ってよ」
しかし、真央の能力は洗脳。言葉も使わず、行動も必要としないため、無力化するには殺すしかないのも事実。それでも人間の死体を見ていられず、翔は目をそらした。
「さて、じゃあこれでこいつらの洗脳はとけたってわけだな」
「そうだな」
教室の女子たちは想に殴られたせいで気絶している。しばらくは起き上がってこないだろう。
「こいつらは目をさませばお前のシンパで、そこの女はお前の彼女と」
「そうだ」
「じゃあお前はリア充だ。敵だ。殺す。歯くいしばれ」
想が拳を突き出すと、翔は剣を手に後ろに下がった。
「……てっきり、君は改心して一匹狼をやめ、僕たちの味方になってくれると思ったんだけどな」
「うっせぇよ、寝言言うな。ボケ」
想はゆっくりと歩き出した。
「なあ、お前はいいよなぁ。いろいろ持っててさあ」
剣を構える翔と対照的に、想は気楽に話しかけてくる。身体に一切の緊張がない。どこにも隙がない。
「俺はさぁ、なんにもなかったよ。だから強くなるしかなかった。お前と違って、だれも助けてくれねえし誰にも頼れなかったからな。だからこの生き方は今更変えられねぇんだよ。つーか、一匹狼な俺、、最高にかっこいいだろ? だから、なあ」
想はゆっくりと拳を握り、地面を蹴る。
「群れて弱さごまかしてるお前みたいなやつに、負けるわけにいかないんだよお!!」
右手を振りかぶり、翔に殴りかかる。翔は剣の導くままに、想にできたわずかな隙に剣先を滑り込ませ、右腕を切り落とした。
勝った、そう思った瞬間、左拳で顎を殴られた。続いて腹に肘打ち。肺が破裂しそうな感覚に息を思い切り吐き出し、剣も手放して吹き飛んでいく。床に落ちた剣は音を鳴らして転がった後、すっと消え失せた。翔は痛みにうめきながらも想を睨みつける。
「なあ、なんで君じゃないんだろうなっ…………」
そこで咳き込む。想は首をかしげるだけで返した。翔は顔を歪めながらも続ける。
「女神が気にいる戦士を見つけたら、僕たちはもとの世界に帰れる。……なんで、君じゃないんだ。そんなに、強いのに」
そんなことか、と想は鼻で笑った。
「なに言ってんだ、お前。俺が女に好かれるわけないだろ」
手短かに返すと、想は教室を立ち去る。それを見届け、翔は意識を失った。
校舎から離れた森の中、神谷想は泣き喚いていた。
「いっっっっっってええええええ!!!! あんのすかし野郎思いっきり腕切り落としやがってちくしょう、いてええ!! いてええよおおお!!! ああああああああ!!!!!」
服を巻きつけて止血はしたが、それでも痛いもんは痛い。想は地面をのたうち回る。
「くっそ、全部あいつのせいだ。あのクソ剣士、俺の腕、いってぇな、ちくしょう!!」
ああ、くそ、やっぱり、
想は思い切り息を吸い込む。
「リア充なんか、大っ嫌いだああああああああああ!!!!!!!!」
想の叫びは、じめじめしたこの世界には珍しく、雲一つない晴れた空に吸い込まれていった。




