六話 真央優の回想
それほど難しいことではなかった。
まずは能力を試すことからはじめた。なんとなくだが、使い方はわかる。まずは適当な、目立たない人間を下僕にした。そこから、自分の能力の限界を少しずつ把握していく。どの程度の人数を従えられるのか、どの程度の影響力を持つのか、対象となる人物によって効果は違うのか。
真央優は、自分の能力を徹底的に分析し、理解した。
そして、気づいた。この能力を使えば、トップに立てると。
まずはシンパを作ることだ。洗脳した人間に、自分がピンチのとき真央に助けられたと言わせる。そうして噂を立て、少しずつ自分の人気を高めた。もちろん、洗脳の能力も駆使しながら。今回はひとりの人間を完全服従させるのではなく、広く浅く、多数の人間が自分に好感を抱くようにする。そうしておいて、大衆の感情を誘導する。手っ取り早い方法は、敵意をひとつの対象に向けること。
ここに来た時から、ひとりの生徒が頭角をあらわした。東雲翔はいち早くこの世界に適応し、自分の与えられた力を駆使して生徒たちを守り、戦える人間を組織して防護体制を確立した。攻撃するにはもってこいの人材だ。
東雲はずるい、彼は強大な力を持っている。東雲は傲慢だ、生徒たちを自分の手下にしている。東雲はなんかむかつく、目立ってるから。その爽やかな顔がむかつく。人から好かれるのがむかつく。背が高いのがむかつく。髪型がおしゃれなのがむかつく。
崇敬は、少しのきっかけで嫉妬に変わり、嫉妬は憎悪に、憎悪は敵意に。
東雲は追放され、真央がトップに立った。その瞬間、能力を最大出力で行使した。学校は真央の王国と化した。真央が王で、それ以外は奴隷だ。
だれかに愛されたことなんてなかった。父は頑固、母は不実、姉は傲慢で、家庭を心地いいと思ったことなどなかった。しかし、その姉の傲慢さが、優の役に立った。
あなたを守ってあげる、あなたの味方でいてあげる、あなたを愛してあげる。
してあげる、何様のつもりだ、なんでそんなに上から目線なんだ。なんて、傲慢なんだ。
けれど、自分は弱かった。だれかの庇護なしでは生きられないほどに。
いつだってそうだ。自分以外は強くて、自分は弱者。自分は負け、人は勝つ。どれだけ努力して、小さな勝利をもぎとっても、そのあとで洪水みたいに、強者たちの意思で押しつぶされる。最後に負けるのは自分だ。
神谷想という男は、少し自分と似ている。突然あらわれ、オークに囲まれたところを女に助けられ、東雲の後ろについて校舎に入ってきたときの彼は、自分と同じ、惨めで無力で、人に守られ人に味方され、人になにかをしてもらう存在でしかなかった。
けど、違う。彼は違う。彼は自分と同じ底辺だけど、いつかきっと這い上がってくる。
理屈なんてない。直感でそう感じた。きっと、彼は今は弱者の立場にいるというだけで、根は強いのだろう。自分は、根っからの弱者だ。負け組だ。
この世界に来て、愛される者が力を与えられる世界に来て、なにも変わらないと思った。けれど、姉の傲慢さが、愛だったのだとしたら、それを認めるのは、吐きそうで、違和感だらけだけれど、それでも、そのたったひとつの愛が、真央に力を与えた。
クーデターは成功し、真央はトップに立った。まず生徒たち全員を自分の味方につけてから洗脳を施すことで、本来の能力以上の影響力を発揮し、生徒たちは全員が真央の奴隷になった。
真央は人の上に立った。心は晴れなかった。
真央は見た目のいい女を選んで自分の周りに集めた。虚しさが紛れたのは最初だけだった。
胸の中に、ぽっかり空いた、虚ろな穴。それを埋めるために、人を選ぶことができる立場に立った。けれど、なにも変わらない。虚ろで、空虚で、からっぽ。
人を遠ざけた教室の隅で、優は座り込み、顔を膝に埋めていた。
外が騒がしくなった。重い足を引きずり、窓のそばに立つ。カーテンを開けると、日差しが目を焼いた。数秒して光に慣れると、ようやく景色が見えてきた。
グラウンドには人が集まり、森から出てきたふたりの男に敵意を飛ばしていた。
ひとりは東雲翔。リア中だ。
もうひとりは、神谷想。ぼっちだ。けど、自分とは違う孤独ではなく孤高。つい先日までは、同じ孤独同士だったのに。きっとこの二ヶ月でいろいろあったのだろう。吹っ切れた顔をしている。
優はその場にへたり込んだ。この世界ならうまくやれると思った。この世界なら強者の真似事くらいはできると思った。この世界なら、幸せになれると思った。
けど、そんなのは幻想だ。世界が変わったって自分は自分。弱くて惨めで、なにもない、ほんと、からっぽ。
ああ、だから――。
――だから、こんな世界は壊してくれ。