五話 リア充を狩るだけの簡単なお仕事。
森を東西に切る崖。その崖の頂上に、手をかけた。身体を引っ張り上げる。
「よっしゃあ! 登ったぁ!!」
想はそばにあった木にもたれて座り、手を休める。ドラゴン退治ののち、ひたすら南にくだっていくと、やはり崖があった。そこを東に行くと、オークの死体が散乱している場所があったので、来るときに通った道だとわかった。あとはロッククライミングだ。前は崖を降りただけで一日歩けなくなったが、今は十分も休めば動けるようになっている。
休息をとると、想は立ち上がって歩き始める。あとはまっすぐ南に行けば校舎に着くはずだ。着いてからのことは考えてないが、とにかくいったん戻る。
獣道だか魔物道だかを歩いていると、気配を感じた。またぞろオークだろうか。拳を握り、周囲に目を配る。
茂みから何かが飛び出してきた。うっかり殴りそうになったが、すんでのところでやめる。
人間だった。人間の男。見たことのある制服に、モテオーラ漂う爽やかな青年。
東雲翔。想と同じクラスで、南美紅という小動物っぽい女子と付き合っている。リア充だ。敵だ。想は再び拳を握りしめた。
「って、ちょっと待って! 僕だよ僕。同じクラスの」
「ああ、リア充だろ……いまなら一撃で殺してやれるよ。痛いのは一瞬だから我慢してくれ」
「目をぎらつかせながら言うのやめてくれ。それに、リア充……僕はその言い方好きじゃないんだが、今はいい。リア充って、彼女持ちのことだろ? 今は僕はリア充じゃない」
「……なあお前、制服デートって、したことあるか?」
「学校帰りにデートしたらそりゃ制服のままだよ」
「よし殺す」
「ちょっと待て! 待てって、頼むから!」
あまりの慌てように、想はいったん拳をおさめる。冷静になって見てみると、たしかに翔のリア充オーラは激減していた。
まず、顔がやつれている。いつものモテモテ余裕ぶっこき野郎っぽさがない。それに服もぼろぼろで、怪我もしているようだ。
「よくわからんがひどい目にあったみたいだな。いい気味だ」
「……君、僕にうらみでもある?」
「好きだったんだよ! 俺も南さんのこと!!」
「ああ、そういうことか……」
翔は得心いったとうなづく。
それは想にとって二度目の失恋だった。初恋のときは小学校六年間ずっと好きだったが、アピールしなさすぎて中学になるとしれっと彼氏ができていた。二度目は高校にあがってすぐ、南美紅の癒しオーラの虜になり、今度はアピールしすぎてストーカー扱いされ職員室に呼び出されて「神谷、なんで呼び出されたかわかるよな?」からはじまるよくわからん説教をえんえんされ、最後に女子につきまとうのはやめろと注意されて終わった。そしてそのことで落ち込んでいるとき、仲の良かった女子になぐさめられ「あれ? この子なんでこんなに俺に優しいんだろう? 俺のこと好きなのかな? そうだ、そうに違いない! 俺も好きだああ!」からの告白玉砕ルートで終わり、涙に沈んでいると地震が起こって、空が割れ、学校が異世界に転移した。そういえばその告白した女子はどうなったんだろうなぁ、生きてんのかなぁ……、と想が遠い目で失恋相手に想いをはせる。
「あの、続けていいかな?」
「あ? なにを?」
「僕のことだよ」
「男に興味ねえよ。俺に話を聞いて欲しいなら美少女になって出直してこい」
「今度、女友達だれか紹介してやるよ」
「なんだよ心の友よ。で、なんの話?」
「……ある意味まっすぐだな、君は」
はあ、とため息ひとつ、裕翔は語り出す。
「真央優っていう、D組の男子、知ってるかな?」
「知らん。俺は女子の名前しか覚えん主義だ」
「だから彼女できないんだよ、君」
「は? なんで?」
「まあいい。その話はあとだ」
「いやよくねえよ、大事な話だよ。この世界に彼女作る方法より大事なことあんのかよ」
「がっつきすぎだ。少しは自重しろ」
「なるほど。一理ある」
「話、続けてもいいかな?」
「どうぞ」
「その真央っていう生徒がクーデターを起こした。彼は特殊能力で、人を洗脳できる。それを使って生徒を何人か自分の手駒にして、僕を悪者にしたてて、自分がトップに立って、学校を支配してる。おかげで僕はこのザマさ」
「はあ……。難しい話はわかんねえけど、そいつの洗脳って、つまり女子にエロい要求とかできんの?」
「……彼は、学校中の可愛い子を集めて、作ってるよ。……ハーレム」
「よし殺そう。行くぞ優男。女子をはべらすなど神が許しても俺が許さん。殺す」
「……ほんと、まっすぐだよな、君は」
翔は再び、小さくため息をついた。