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四話 この道行けば最強に続いてる。気がする。後編

何日歩いたかわからない。一月は歩いた。二ヶ月たったかもしれない。

想は海岸にいた。目の前はどこまでも続く海。背後には鬱蒼とした森が広がっている。

ひし形の形にした石を木の棒にくくりつけた槍を持ち、制服はぼろぼろで、上半身は裸に近い。髪は乱れ、ヒゲも伸びっぱなしだ。身体は満身創痍、あちこちが痛む。それでも、たどり着いた。ここまで。

「疲れたぁぁあ…………」

想はその場にくずおれる。そのまま寝息を立て始めた。

森は抜けた。今はとにかく、身体を休めよう。あとのことは、それからだ。


陽の光で目が覚めた。

丸一日眠っていたのだろう。太陽が真上に来ている。

「……腹減った」

カバンに詰めていた肉と果物で腹を膨らませ、あたりを散策し、近くにあった泉で喉をうるおす。

さて森を抜けるという目標も達成したことだし一度校舎に帰りましょうかね、と歩き始めたときだ。

帰り道がわからなかった。

がむしゃらに突き進んできたから当たり前だった。

「……しまったな」

ヘンゼルとグレーテルみたいに豆でも落としながらくればよかった。しかし、今さら嘆いても仕方ない。おそらく南だ。太陽で方角を確かめ、想は南に向かった。

一日歩き、二日歩き、想は確信した。

この道、来た道と違う。かといって他にあてがあるわけでもない。とにかく南に行こう。ロッククライムした場所が目印になるはずだ。あの崖は東西に長く続いていたので、それに沿って歩けば、きっと帰り道も見つかる。

そう信じ、さらに三日歩いたとき、大きな洞窟に行き当たった。ちょうど日も暮れてきたので、今夜はそこで野宿することにする。

いつも通り焚き火と寝床をこしらえ、自作の罠でとった獣を焼いて食い、眠りにつく。

横になっていると、ふと思いついた。

この洞窟の奥には何かあるのだろうかと。

一度気になると想像がとまらない。想は松明を作り、洞窟の中に入っていった。

かなり長い洞窟だった。200メートル近く歩いて、ひらけた場所に出た。

直径100メートルほどのドーム状。岩壁には水晶のような結晶がついており、それが赤く、仄暗い光を発している。そして、その場所の中央には、巨大な生き物が眠っていた。

体長は20メートルほど。壁の水晶と同じ、赤く仄暗い色の肌。全体的には爬虫類に似ているが、こうもりのような翼がある。

竜だ。西洋のおとぎ話に出てくるような、巨大な竜。

想の額に冷や汗が流れる。これはちょっとまずい。

音を立てないよう、そっと後ろに下がる。

数歩、下がったところで、ぱちっと松明の炎が爆ぜた。同時、ドラゴンの目が開く。

「あー、やっべ……」

とっさに思い浮かぶのは、師匠の顔。想が頼れるのは師匠だけだ。信用しているし、なにより強い。けれど、

(さすがにこれには、勝てないんじゃないかなぁ)

そんなことを考えていると、身体が吹き飛ばされた。遅れて、尻尾で殴り飛ばされたのだと気づく。松明は手から離れ、壁に叩きつけられる。その上から踏みつけられた。身体が岩にめり込む。そして、ドラゴンは首を大きく仰け反らせ、口を開いた。

とっさに体が動いた。直後、ドラゴンの口から放たれた炎が想のいた場所を焼いた。

「ちょ、あっっぶねええええ」

ちょっとだけ髪が燃えていた。慌てて消す。

「ぎええええええええええ!!!!!」

と、耳をつんざく咆哮。見た目に似合わず高めの声が不気味だ。

ドラゴンは想に向かって翼を振るう。巻き起こった突風で想の身体は吹き飛ばされ、再び岩に突撃。しかし、今度はうまく壁を蹴り、床に着地し、態勢を立て直す。それを見たドラゴンは翼を何度もはためかせた。暴風雨のような風が洞窟の中の空間を満たし、壁に反射した風がぶつかり合って、複雑な気流を生む。よけることなど叶わず、想は風に揉まれ、宙を舞う。どうすることもできずに、腕で頭だけを守っていると、また尻尾で殴りつけらた。床に叩きつけられ、竜の巨体がその上に落ちてくる。

岩盤がめくれあがり、無数の岩のかけらが飛び散り、想の身体は岩の中に埋め込まれた。

とどめとばかり、竜は口をあけ、炎をはく、今度は直撃し、想は悲鳴をあげるまもなく炎に包まれた。

意識が薄れる。痛いという感覚すらない。死にそうだ。もうこのまま眠りたい。

目を閉じたとき、ふと疑問が浮かんだ。

(なんで死んでないんだ?)

普通に考えて、死ぬだろう。あんな巨体に殴られ、岩にめり込むほど踏まれ、岩が赤くなる温度で焼かれた。普通の人間なら、というか、少し前までの自分なら確実に死んでいた。

そこまで考えて、ようやく気づいた。

(強くなってんじゃん、俺。めちゃくちゃ。ありえないくらいに。)

愛の女神が創ったというこの世界で、愛されるほど力を与えられる理不尽極まりない世界で、頼れるものは己の拳しかない世界で、こんな化け物に殴られ踏まれ燃やされても、死なない程度には強くなっている。

(なら、ならこれを倒せたら、そのときは――)

心地よい眠りを諦め、岩のベッドから起き上がった。

足場は悪い。それがなんだ。快適なリングの上で戦う格闘家とは違う。

神谷想は武術家だ。実践に身を置く、殺されるくらいなら殺す、正義も倫理もない、一皮むけば殺人者と変わらない、ただの武術家。

崩れた地面の上で、半身に構える。手はゆるく伸ばし、左手は喉の高さに、右手はみぞおちのそばに、全身に気をめぐらせ、ドラゴンを見据えた。

再び、ドラゴンの咆哮。最初はびびったが、もう慣れた。想は眉ひとつ動かさない。

ドラゴンが大きく口を開き、火を放つ。想はそれを、一歩前に踏み出すだけで避けた。そのまま駆け、ドラゴンの足元に。その巨大な足を両手で抱きかかえ、螺旋状に力を加える。するとドラゴンの身体が傾き、首から地面に突っ込んだ。想は巨体の上を走り、右手で手刀を作って、ドラゴンの首元に刺す。しかし、硬い。わずかに指先が皮膚に沈んだだけで跳ね返された。尻尾で殴られ、その上からさらに尻尾で叩きつけてくる。想は逃げず、そっと両手で触れ、再び螺旋状の力を加えた。ドラゴンの体は回転し、またも地面に転がる。

想は師から二つの流派を習っている。

一つは心意六合拳。ひたすら一撃必殺の威力を練る流派で、想が毎朝行なっている四把捶はこの流派の練習法だ。

もう一つは太極拳。健康法で広まっているあれだ。イメージの悪さと、柔よく剛を制すというしゃらくさい戦闘法が性格的に合わなかったのであまり使っていなかったが、この状況で選り好みしている余裕はない。

それ以前に、だれにも選ばれない人間がなにかを選べるはずもない。

それでもやはり、好きなのは一撃必殺の心意六合拳だが。

尻尾に逆方向の螺旋をかけ、竜の体を反転させて、三度地面に叩きつける。怒り心頭の竜は力づくで想の腕を振りほどき、高く舞い上がった。

「ぎああああああああああ!!!!!」

あの甲高い咆哮をあげながら、想めがけて降りてくる。口を大きく開け、目をぎらつかせ、まっすぐに。

想は拳を握った。まっすぐにドラゴンを見据える。間合いをはかり、タイミングを読み、ありったけの殺意を呼び覚ます。

「く た ば れぇぇええええええ!!!!!!!!!」

叫び、ドラゴンの額を、殴った。

爆ぜた。

頭蓋は割れ、脳は飛び散り、伝わった衝撃が脊髄を破壊して巨体がびくんと痙攣する。

竜の死体は落ちてきた勢いそのまま地面に突っ込んだ。その衝撃に巻き込まれ、想も壁際まで吹き飛ばされる。頭を打ち、またも視界がかすんでいく。

薄れゆく意識の中、想は拳をあげた。

「………勝った……っ!」

はは、と乾いた笑みを漏らし、そのまま目を閉じた。これでようやく、気持ちよく眠れる。

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