二話 嫌いなやつに助けられるほど屈辱的なことはないよね。
(さて、どうすれば強くなるかだ。強くなる方法は、いろいろあるだろうが、俺的に一番手っ取り早い方法は、今の強さのままでは絶対に到達不可能な目標を立て、それをありとあらゆる手段を使って達成することだ。もとの世界では師匠に殴り勝つ、がそれだった。では、この世界では。
都合のいいことに森がある。どこまで続くかわからない、深い森だ。これを突っ切ろう。森が終わるまで、ひたすら突っ走る。オークみたいな魔物もいるだろう、体力も精神力も限界まで追い込まれるだろう、森を生き抜くならサバイバルだって玄人になる。よし、これがいい)
目標は定まった。あとは実行するだけ。
想は最後の魚を焼いて食い、火の始末をして、木の棒を杖に立ち上がる。一晩寝たが全身筋肉痛だし骨は当然折れたまま。が、たとえ一日数メートルだって進めないよりはマシだ。
しかし、そこでひとつ思いついたことがある。リュックだ。
想の高校には規定の通学カバンがなく、生徒はおのおの自前でカバンを用意している。手がふさがるのを嫌う想はリュックを使っており、そのリュックの中にはアーミーナイフやソーラーチャージャーなど、中二アイテムもといサバイバル用品もとい防災グッズが入っている。あれがあるだけで生存率はぐっとあがる。
「……取りに行くか」
つぶやき、想は憂鬱ながら校舎に足を向けた。
枝を手頃な長さに折って作った杖にすがって歩くことしばし。校舎が見えてきた。ずたぼろに破れたフェンスをくぐって敷地に入る。グラウンドには血の跡と、何匹かのオーク。
「って、しまっ――」
言い終わる前に、オークの一匹が突進をかけてくる。杖をつきながらでもそれはかわし、オークの背中を突き飛ばす。しかし、それで他のオークの注目も引いた。
荒い鼻息をあげながら、想に目を向けるオークたち。想は顔を青くし、数歩、下がる。
「いや、ちょ、ちょっと待て、お前ら……」
言いながら、さらに下がるが、聞き入れてくれるはずもなく、オークたちは想めがけて一斉に走り出した。
「ちょっ……た、助けて、師匠!!! ああああああ!!!!死ぬうううううううう!!!!!!!!」
泣き叫び、折れた足にもかまわず走りだそうとしたときだ。
爆音。
校舎の近く。ひとりの少女が地を蹴り、飛び上がる。それだけで、大地は凹み、砂煙をあげ、わずかに校舎までも揺らした。
「あー、まーたあいつら来てるし」
ほんとキリないなー、と呟いて、宙で拳を振り上げた。
「ほいさ」
そして、一飛びでグラウンドの端から端まで飛んできた彼女は、オークの頭を殴りつけた。武術や格闘技の経験などないことが一目でわかる、つたないパンチ。しかし、それは簡単にオークの頭を吹き飛ばした。そのあとも適当に拳を振り回すだけでその場にいたオークすべてを殴り殺す。
「あんた、大丈夫? どこのクラス?」
返り血を浴びた彼女は、屈み込みこんで想に目線を合わせる。
「……あ、いや、俺は」
「てか、わー、怪我してんじゃん。ちょっと待ってねー。美紅ー。怪我人ー」
言いながら、その少女は想の身体をかついで校舎に駆け寄る。いつの間にやら野次馬が集まっており、その野次馬を押しのけて、ひとりの男があらわれた。
「どうした、陽菜」
「あ、翔ー。なんか、オークに襲われて怪我してた」
「そうか。とりあえず、美紅に見せて」
「うん。だから呼んでんじゃん。美紅は?」
「ここだよ」
その男、翔が後ろを振り返る。そこには小柄な少女。
「あ、いたんなら返事してよ。ほい、怪我人」
その少女、美紅は、気まずげに視線を泳がせてから、翔のほうを仰ぎ見、彼がうなずいたのを確認してから、前に出る。
「ヒール」
美紅が想の足に手をかざして唱えると、患部が淡い光に包まれ、光が消えると怪我が治っていた。確実に三ヶ月は歩けない怪我だ。
想は内心舌打ちをする。
(これが特殊能力か。クソ、便利なもん持ちやがって)
しかし、今の力関係は理解している。想は不満などおくびにも出さず少女に礼を言った。美紅は慌てて翔の後ろに隠れる。
返事もなく消えていった美紅に代わって答えたのは陽菜と呼ばれた少女。
「いいっていいって。困ったときはお互い様じゃん?」
「はは」
どうにも返しにくい言葉に、想はから笑いを返す。言ってやりたいことの百や二百はあるが、今はやることやってさっさと出て行くほうがいい。
そう考えていると、リーダー格の男、翔が話しかけてきた。
「君、神谷想くんだよね? 同じクラスの」
「……ああ、まあ、そうだな」
想はその男を知っていた。
東雲翔。彼女持ちで友達がたくさんいてたいそうおモテになるリア充の王。想が群れるしか能のないクソガキと見下しまくってた相手だ。
その相手に、助けられた。
たったひとつ、想を支える自信の源だった武術で。想が苦しめられた相手を、簡単に吹き飛ばして。たしかにやったのは陽菜とかいう女だ。しかし、この男はもっと力がある。
ほんと、嫌になる。
どこまで弱いんだ自分は。そんな、屈辱が心を満たす。
しかし、今は目的は別にある。
「しばらく見なかったけど、どこ行ってたの?」
「ちょっと森で迷ってたんだよ。けどやっと帰ってきたわ。助かった」
「そうか。よかった。死なずにすんで」
「ほんと、そうだな」
違いに笑みをかわす。翔は強者らしい、余裕の笑みを。想は、意味のないから笑いを。
「とにかく、一度中に入ろう。学校の中で起きたこととか、いろいろ教えるから」
そう言って、翔は想の背中を押して校舎に向かう。群衆をかきわけ建物の中に入る間際、想はこちらを見ている視線に気づいた。
群衆の後ろ。少しスペースをあけて、ひとりの男子生徒が立っていた。ちっとも楽しくなさそうに、長い髪の奥から、ねめつけるような目線を向けている。
(ああ、わかるよ。俺だってそんな目をしたい気分だ)
想に見られていることに気づいたその生徒はすぐに目を背ける。ポケットに手を突っ込んで、その少年、真央隼人は群衆の中に消えていった。