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一話 ガイアが俺に死ねとささやいている件について。

長編書いてる途中に思いついたスピンオフです。本編できてないのにスピンオフが先にできてしまった……。

私立北城山(きたしろやま)高校が異界に転移してから一週間が経った。

一週間前のその日、異界に転移した直後、敷地内にいた者たちには、生徒も教師も関係なく、美しい女の声が聞こえた。それは耳で聞いているのではなく、脳に直接流れ込んでくるような声だった。それは言った。

この世界は、愛の女神フレイヤの庭であり、この世界では愛されているものほど強い恩恵を受けることができる。ここに子供達、幾人かの大人も含まれるが、大半は子供達を、連れてきたのは、優れた戦士を育てるため。ひとり、気に入った者を見つけたら、その時点で生き残っていた全員を元の世界に返す。だから、私にふさわしい戦士になってちょうだい。

その言葉が終わるや、校内に人外のバケモノがなだれ込んできた。

初日を生き残った人数、生徒教師あわせ、466人。一週間後は、372人。ほとんどが校内で集まって起居をともにしているが、ほんの数人は敷地の外、どこまでも広がる深い森の中に入っていった。

神谷想(かみや そう)もそのひとりだった。


その世界のほとんどは、森だ。その森の中に、ぽつんと校舎が建っている。当然、グラウンドなどの施設もあるが、敷地の内外を仕切るフェンスは大部分が破られていた。グラウンドには、生徒たちがオークと呼ぶ、豚の顔をした化け物が徘徊し、人の死骸を喰らっている。

その校舎から数キロ離れた場所で、ひとりの男子生徒、神谷想は、今まさにそのオークと戦っていた。

オークが木の棍棒をふりあげる。想はそれに合わせて一歩踏み込み、がら空きの胴に肘打ちを叩き込んだ。オークはわずかに顔をしかめただけでうざったそうに想を払いのける。それだけで想は吹き飛び、近くの木に叩きつけられた。顔をあげると、オークが迫ってくる。とっさに跳びのき、地面で転がって距離をとってから、オークと対峙した。

ばきばきばき、っと派手な音。想の代わりにオークの棍棒をくらった木は砕け、へし折れた。

冷や汗が垂れてくる。あれに当たれば一撃で死ぬ。

想はじりじりと後ろに下がりながら、退路を探す。

「があああああああああ!!!!!」

「っうあぁ!?」

オークの咆哮。驚いた想は間抜けな声をあげて尻餅をついた。その頭上を飛んできた棍棒がかすめる。

「ひぃっ!」

泣きそうになるが、それどころではない。オークが突進してきた。慌てて避けるが、足がオークの肩に当たった。

「いっでぇぇえええええ!!!!」

突進の直撃はかわした。しかし、かすめただけの足はスネの半ばから折れ、使い物にならなくなる。近くの木にもたれながら立ち上がり、涙で歪んだ顔でオークのほうを向いた。

オークは荒っぽく息巻いて再びの突進。

「ちょ、待って……っ!!」

体がこわばり、動けなくなる。オークがあたるすんでのところで師の教えを思い出した。腹に力を入れ、肩の力を抜く。緊張が溶けた体を無理やり動かして、オークの突進をかわした。

今度はうまくかわし、オークは想がもたれていた木に激突する。木は音を立てて折れ、オークの上に倒れこんだ。大樹の下敷きになったオークは身動きがとれず、想はとっさに近くにあった50センチ大の石を持ってオークに近づき、そのまま石を振り下ろした。

何度も何度も、オークの頭蓋を砕く。血が溢れ、脳が飛び散り、オークの身体が痙攣して、それでも石を振り下ろすのを続けた。体力がなくなったところで、ようやく石で殴るのをやめた。

想は力が抜けて、その場にへたり込んだ。持っていた石が地面に転がる。

しばらく放心状態が続き、ようやく我を取り戻してきたころで、足の痛みが戻ってきた。

右足のすねが途中から右へ曲がっている。

想はゆっくりと足を手に持ち、歯を食いしばって、一息に力を込めた。ごきっという音とともに足をまっすぐに戻す。

「いっ……いったい!!! くそ!!! いってぇええええよおおお!! あああ、くそ!! クソが!! くそ!!!」

手頃な枝を足に当て、シャツを裂いて巻きつける。一応、道場で治療法も習っていたのが思わぬところで役に立った。

怪我もしたしお世辞にもスマートな勝ち方とは言えない。しかし、それでも、初勝利には違いなかった。

想は足を引きずりながらキャンプに戻る。キャンプといっても、木の枝を円錐状に束ね、先を蔦で結んだだけのお粗末な家があるだけ。背後は大樹に守られ、入り口には焚き火の跡。少し歩けば川が流れている。今はその川に行くのも一苦労だが。

焚き木をとり、理科室から持ってきたチャッカマンで火をつける。獣避けだ。オークも火を恐るのかは知らないが。

手作りの小屋の中に吊るしてあった魚をとり、串にさして焼く。バケツにためていた水を飲み、草を噛んで空腹感を紛らわしながら待つことしばし、香ばしい香りが立ってきた。

「いただきます」

手を合わせ、魚にかぶりつく。今日はがんばったご褒美だと、吊るしてあったもう一匹の魚も串に焼いて火に当てた。一匹目を食べているうちに焼けるだろう。

――この世界は、不条理だった。

愛の神フレイヤが作ったというこの世界は、愛されていればいるほど、つまりリア充であればあるほど、生き残ることが有利になる。身体能力の向上、特殊能力の開花、神の力を宿す武具の使用権。彼女持ちの男子がただ一撃オークを殴れば顔面が吹き飛んでいったのを見たときは、想は自分の弱さをどれだけ嘆いたことか。

武術を習うこと二年、町のケンカで負けることはないと師匠からお墨付きをもらったのがここへ来る三日前のこと。しかし、それだけのクンフーがあっても、ようやくオーク一匹から逃げられる程度の強さだった。

想はモテない。なんせ学校がここに転移した日も、人生三度目の告白でフラれたばかりだった。そしてモテないということは愛されていないということであり、女神フレイヤの加護を受けられず、つまり死ぬしかない。

まあ、それでも、

死ぬ気は微塵もないのだが。

身体能力なら稽古量を増やして追いつく。特殊能力なら技を極めればいい。チート武器を使えないなら己のクンフーでチートスペックに対抗すればいい。

だれに愛されずとも、自分の力で生き抜けばいい。これまでもそうしたきた。だから、異世界に来たところでやることは変わらない。

もっと強く。だれよりも強く。最強に。

ただ、今日ばっかりは疲れたので、稽古はなし。つーか足痛いし。折れてるし。泣きそうだし。

明日から本気出す

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