『動』の魔力を持つ侯爵令嬢が婚約破棄されたのですが……
時刻は正午をすこし過ぎたくらい。
場所はエイルランド王国王宮内にある神殿棟。
その場所では、豪華絢爛な式典が、おごそかに、けれど華々しく行われていた。
王太子と、王太子妃──未来の王と王妃の婚礼の儀である。
新郎は緩い巻き毛の金髪に翠玉のような瞳の、端正な顔立ちの第一王子エドガー・エイルランド。
新婦は絹糸のような輝く金髪を丁寧に結い上げた、水宝玉の瞳を持つうるわしの侯爵令嬢ヴィクトリア・スローレンス。純白のドレスがこの上なく似合っている。
絵本の世界のような理想的な花婿と花嫁に、エイルランドの国民全員が自国の未来の夢を見て、祝福した。
自国内のほとんどの貴族や有力な商人、新進気鋭の発明家や芸術家、他国の貴族や外交官なども呼び寄せて、飾り付けも本物の生花や貴重な宝石や魔石、魔術師・魔道具師の門外不出の技術を惜しげもなく使った、まさしく他に二つとない結婚式。
いま式はほぼ終盤に差し掛かり、神官長が祝詞を読み上げ、現王と王妃がそれに謝辞を述べ、あとは本人たちが宣誓契約書に名を記すだけというまさにその瞬間──そう、神の名のもとに新たなる婚姻が成立しようというその瞬間に、新郎は、彼の隣で宣誓を待っていた新婦を突き飛ばした。
「すまない、ヴィクトリア! わたしは、君とは結婚できない!」
そう言って、新郎──エドガー・エイルランド第一王子は、祭壇を駆け下りていく。まるで坂のてっぺんから奈落の底まで、一目散に転がり落ちるように。
「──アンナマリー!」
「──エドガーさま!」
彼が名指ししたのは、新婦の親族席に座る、ひとりの少女。
少女はそれまで、俯き、涙をこらえているようなしかめ面だった。が、彼女の名を呼び、彼女めがけて一途に駆けてくる王子と目が合うと、喜びに瞳を輝かせた。両親の静止を振り払い、新郎新婦のための路に躍り出る。
二人はひし、と抱き合うと、さながら流行のロマンス小説のように熱いキスをした。家族への愛や友人への親愛とはとうてい呼べない、恋情や劣情がにじむ熱い熱いキス。──重ねて言うが、周囲にはこの国のほとんどの貴族や有力な商人、その他新進気鋭の発明家や芸術家や他国の有力者など、ありとあらゆる著名人がいるというのに。
「わたしは──僕は、ここにいる、アンナマリー・スローレンス侯爵令嬢を愛している!」
その宣言を聞いて、新婦──ヴィクトリア・スローレンス侯爵令嬢は、その場に崩れ落ちた。
「なぜ、なぜですのエドガー・エイルランド第一王子殿下! なぜ、わたくしという婚約者がいながら、わたくしの義理の妹、アンナマリー・スローレンス侯爵令嬢を愛しているなどというのですか!」
ぶっ……と、どこからともなく音がした。まるで我慢していたのに思わず出てしまった笑い声のようなその音は、幸い周囲のざわめきによって掻き消され、一部の者以外拾うことはなかったけれど。
「いつからですの、エドガー王太子殿下!
たしかに、殿下はいつからかわたくしのもとに来ていただかなくなりました!
わたくしが暮らすスローレンス侯爵王都本邸ではなく、義妹と父と継母が住む別邸に通われているという噂も聞いておりました! 殿下とわたくしは政略結婚、婚約がなされたのがわたくしが5歳、殿下が6歳のときの話なれど!
わたくしは未来の王妃として、王室の教育係の者たちよりずっとずっと厳しい教育を受けておりました! それもこれも殿下と国のためと思ってのことでしたのに、よりにもよって今日という日、この結婚式の場で、婚約者の義理の妹と!
アンナマリー・スローレンス侯爵令嬢と! あんまりですエドガー殿下! 国民にどう詫びるおつもりですの、この裏切り者!」
叫びながら、わぁ!と床にうずくまりながらも、会場中によく聞こえる、分かりやすいヴィクトリアの言葉に(おそらくなにか魔術が使われている)、混乱のさなかにあった客人たちは現状を正しく理解した。
エドガーとヴィクトリアは政略結婚、しかしヴィクトリアのほうにはエドガーに対し情があり、健気にも厳しい王妃教育を受けてきたが、ある日を境にエドガーは献身的な婚約者を差し置いて別の女と恋に落ちた。
その相手は、あろうことか、義理とはいえ婚約者の妹であるアンナマリー。
さらにひどいのはその裏切り方。今日という日は花嫁にとっては人生で最も輝く思い出になるはずだった結婚式で、こんな大勢のいる場で暴露するなどと、長年真摯に王子を支えていた婚約者にしていい仕打ちではない。
「すまない……君に悪いところはなにもない……だが、今日この日でなければ、私は、アンナマリーと結婚できなくなるところだったのだ……」
「おねえさま……許して……ただ私たちは、真実の愛を知ってしまっただけなの……」
エドガーとアンナマリー、二人は言葉だけはヴィクトリアへ謝罪しているが、ヴィクトリアのほうを見もせずにひしと抱き合ったままなので、まるで説得力に欠けている。
たとえ王太子といえど、このやり口は有り得ない、酷すぎる。妹のほうも妹のほうだ、義理とはいえ姉の婚約者を奪うなど、貞淑な令嬢のすることではない。被害者のヴィクトリアには何の落ち度もない。
徐々に客人たちがエドガーとアンナマリーに非難がましい視線を向け始めたが、自分たちの世界に浸り切っている王子とその浮気相手はなにも見えていなかった。
その様子に慌てたのは、王子と令嬢の両親──この国の王と王妃、それからスローレンス侯爵とその夫人。
彼らにとっては醜聞も醜聞、これらが国内や外国に広まれば自分たちの威厳や尊厳は地に落ちるだろう。
床にうずくまったままおいおいとよく響く声で悲痛に泣いているヴィクトリアに近寄ったのは、まず国王、それから王妃だった。
「これ……。これ、ヴィクトリア……お前は私と王妃が見いだしたこの国一番の令嬢。この国唯一の、いや、この世界でも唯一かもしれない『動』の魔力を持つ令嬢だ。自信をなくさずとも、お前は完璧な娘だ」
「そうよヴィクトリア……冷静沈着なあなたはどこにいってしまったの? まずは落ち着いて涙を拭いて、うずくまってないで立ち上がって、あともう黙って」
「嫌です……無理です……こんなのあんまりだわ……アホガーもアタマナシーも愚かにもほどがある……」
「ちょっとヴィクトリア名前が違うわ? エドガーとアンナマリーでしょ?」
「──こら! いい加減顔をあげんかヴィクトリア!! 私はお前をそんな娘に育てた覚えはないぞ!!」
「なんですかお父様!! わたくしだって、お父様に育てられた覚えはありません!! 公爵令嬢であったわたくしのお母様を差し置いてよそに女を作ってわたくしと1つしか違わない妹をこさえ、お父様はほとんど本邸に帰ってこなかったではありませんの!! ハッ、まさか、エドガーさまとの不貞もお父様が妹に指示いたしましたの!? 不潔ですわ!! 自分が不倫クズ野郎だからって!!」
「そ、そんなことは断じてない!! 何を言ってるんだおまえは!!」
「えっ、そんなおとうさま!! おとうさまも、エドガーさまとの仲を応援してくださったではありませんか!! 『可愛げのないヴィクトリアよりお前が王妃になればいいのに』と!!」
「ああああアンナマリー!? そんなことは言っていないぞなななな何を馬鹿なことを」
「そうよアンナ! めったなことを言うんじゃありません!」
「お母さまだって! 『可愛らしくないヴィクトリアより可愛いアンナマリーのほうがずっと王妃に相応しいわ』といつも!」
「そそそそそそんなこと言っておりませんわアンナマリー!?」
慌てる侯爵も侯爵夫人も挙動不審だった。恐らくその通りなのだろう。
二人への非難の視線がぐっと強まるなか、また「うわああ」と大声で叫ぶヴィクトリア。
「ひどいわー、あんまりだわー、こんな話、お友達に愚痴らないとやっていけませんわー、スチュアート公爵家のシルヴィアはもう留学先に帰ってしまったかしらー、グレンジアはもう帝国に帰ってしまったかしらー」
その言葉に、サッと顔色を換えたのは王妃だった。
スチュアート公爵家は、王にも匹敵する強い権力を有する、この国随一の名家である。
現公爵バーナードは先代の時勢から王を支える宰相で、有能で人格者。
そしてシルヴィアは、そのバーナードの孫にあたり、ヴィクトリアとは母方の従姉妹である間柄だ。
現在は帝国に留学中だが、持ち前の美貌と社交力ですでに帝国内にも地位を築いていると噂されている。公爵家は帝国との境目であるアルナハルト辺境伯領にいまは主がいない関係でその管理もまかされているから、アルナハルト領私設の軍隊も有している。次妹の忘れ形見の名誉を汚されたと怒った公爵子息が蜂起すれば、内紛も起こり得た。
グレンジアことグレンジア・ルーベンスは、帝国の女辺境伯。
アルナハルト領とは隣の真隣で、帝国の外交官のような役割を担うことがある。炎のような赤い髪と同じ色合いの瞳を持つ公平明大な人物だが、苛烈な人柄でも知られ、浮気も不倫も裏切りも自領内で見つければ即厳罰。ヴィクトリアとはなぜか馬が合うようで、仲の良い友人同士だ。今はエイルランド国内にいるが、今日の結婚式は重大な用事があるとのことで、参列していない。
この二人を敵に回すと、周り回って戦争が起こるかも知れない。少なくとも国民や帝国に悪印象を持たれるのは必須だ。それでなくてもエイルランド王国は歴史は古いが小さな国で、最近は帝国の台頭に頭を悩ませているというのに。
慌てた王妃は、ヴィクトリアを懐柔する作戦に出た。
「……ヴィー。あなたの悲しみはよく分かりました。なにか私たちで出来ることはありませんか? 私たちは一国の代表です。あなたの望みを叶えましょう」
「おお、それがいい! ヴィクトリアよ、王の名においてお前の望みを何でも叶えよう。宝石でも城でも申してみよ」
「本当ですかありがとうございます」
すくっ、と立ち上がるヴィクトリア。
え、なにその変わりよう、と王や王妃が驚く前に、ヴィクトリアは未だ最愛の恋人と抱き合ったままのエドガーをぴしりと指差した。
「エドガー殿下を王太子から降ろしてください」
ぎょっとする王と王妃。エドガー本人は名前を呼ばれてやっと我に返ったようで、ヴィクトリアと王と王妃が自分たちを見ているのできょとんとしている。
「エ、エドガーを王太子から降ろせとな? なぜ」
「単純ですわ。わたくしがこの国の民であり続ける以上、王とその王妃と接点が失われることがないからです。
建国式典でも、王生誕の祝賀祭でも、みな祝福の笑みを浮かべても私は涙を流さなくてはならない。エドガー様が生きて、王であり続ける限り、わたくしは今日という日の裏切りを忘れることができない。いえ、エドガー様のご子息が即位されでもしたら、一生……私は……そんなの……あんまりです……ッ」
「そ、それは一理ある! だが、エドガーはこの国唯一の王子だ。王太子から降ろすことは……」
「ヴィクトリア、つらいでしょう……あなたの気持ちは察するに余りあります……でも、でも、それだけは……他のことなら、どんなことでも」
「分かりました。じゃ、この書類にサインください」
──え、いいの? というか変わり身はやくない?
面食らう王と王妃に差し出されているのは、どこから出してきたのか分からないが数枚の書類とペン。
「……この書類は?」
「サインください」
「いやだから……この書類は?」
「書類です。契約書です。サインください」
「いやいやいや!」
両手の平をヴィクトリアにむけて、拒否の姿勢で王は首を振る。
あああっ、とヴィクトリアはまた崩れ落ちた。
「ああっ、陛下! 王妃!
エドガー様を王太子から降ろしてもくれない、その上この書類にサインをくださらないというのなら、わたくしはどうやってこの憎悪を沈めればいいの!? ああ、憎い!! エドガー様も無知蒙昧な妹も天然毒な継母も狡知ぶってるけど詰めが甘い父も憎い!
ハッ、まさか! お父様とお継母さまだけでなく、王陛下と王妃さまもエドガー殿下とアンナマリーの不貞に手を貸していたというの!? ひどいあんまりですわ! 一国の代表ともあろう方々が不貞に手を貸すなんて、神への冒涜ですわ!」
「ななななにをいいだすのだヴィクトリア!! 断じてそんなことはしていない!」
「そうよ! 言いがかりはよくないわヴィクトリア!」
「おねえさま……ああ、わたしはなんてことを……あの冷静でかっこいいおねえさまがこんなふうになってしまうなんて……わたくしはなんてことを……」
「ヴィー……どうしたんだ、そんなに取り乱して……ひとまず落ちついて……」
「やめてくださいましエドガー殿下! もうあなたにヴィーなんて呼ばれたくありませんわ不倫クズ不潔裏切り無能野郎!」
ヴィクトリアはまたわんわんと大声を上げた。
さっきから床に倒れたり伏せたり大声を上げたりと侯爵令嬢にあるまじき行為ではあったが、彼女も令嬢であるまえに1人の少女である。将来を約束した婚約者に結婚の直前に裏切られ、しかもその相手は義理とはいえ妹、そのあとの親族の不誠実な態度を考えると、取り乱すなというほうが無理だろう。
「ああ! 憎い! 憎いわ! 許せません! どうしてこんなひどいことができるのでしょう! そうでしょうイザベラ!!」
「はい、お嬢さま。まったくその通りでございます。不貞を働いた王子も妹君も、不貞に手を貸した王家もスローレンス侯爵家も、許されざる存在です。神の慈悲に縋ろうとも、決して許される行為ではございません」
「ま、待て! わたしはエドガーの不貞に手を貸してなどいないぞ!」
「ふふふ不敬ですわよ! わたくしも陛下も決して神に背く行為に手を染めておりません!」
「いい加減にしろヴィクトリア! 陛下の真心にケチをつけるなんて、お前なんぞ娘ではない! 勘当だ!」
「まあ、ありがとうお父様、勘当だなんて感動ですわ謹んでお請けします。さ、陛下早く書類にサインを」
スッ、とどこからともなく差し出される書類とペン。と思ったら、イザベラと呼ばれた黒髪の無表情の女が差出人の正体だった。
王はペンと書類と共に、イザベラと呼ばれた女を見つめる。彼女と対峙していると、心の奥底が凪いで、どこか冷静になっていくような心地がする。
王は考える。この場での最善策を。
そうだ、まずは冷静になって、現在の状況を整理することが肝要だ。
ここは王宮で、結婚式のただ中、息子と未来の娘を祝うために多くの著名人が訪れている。
なかには一般市民も混じっているから、ここで箝口令を敷いても逆効果だろう。
人の口に戸はたてられないのたから、自らの不貞を隠蔽しようとしたとして外聞が悪くなる。チッ、エドガーの愚息めが、余計なことしやがって。
だが、エドガーはいくら愚かでも救いようがない阿呆でも自分と王妃のたった1人の子ども。他に継ぐものがいないのだから、エドガーを王太子から卸すなどありえない。
となると、ヴィクトリアの怒りを静める残りの手段は、この書類にサインをすることのみ。
この書類にサインをしさえすれば、ヴィクトリアはエドガーを許すという。
いや、許すとは言ってないかもしれないが、少なくとも留飲は下がるだろう。
ヴィクトリアさえエドガーを許せばまたなんやかんやと理由をねじこんで婚姻を結びなおしてしまえる。
邪魔な間女のアンナマリーだがアタマナシーだかは折を見て消してしまえばいい。
そうだ、エイルランド王、発想を逆転させるのだ、この書類をサインしてみせればヴィクトリアの機嫌を取れるどころか、この場にいる客人に鷹揚な王であることの印象付けも出来るのではないか? つまり一石二鳥だ!
王は覚悟を決めた。
「よかろう…………では、ペンを貸してくれ」
「ちょ、王!」
「書類の中身もよく読まずに!!」
「…………これでどうかな」
制止する側近の言葉も聞かずに、王はさらさらとサインを記し、ヴィクトリア付きメイドのイザベラに渡した。
イザベラはざっと書類に目を通すと、深くうなづいて主人に手渡す。
ヴィクトリアのもとに書類が戻った、その瞬間──態度を一変させた。
「さて、お集まりの諸君!! いま、王による調印がなされた!! どうぞ祝福してほしい、私という、ヴィクトリア・エルナハルト独立自治領領主の誕生を!!」
ぎょっとする王と王妃、そしてスローレンス侯爵夫妻。だが、書いたサインは消せないし、過ぎ去った時もまた戻らない。
ヴィクトリアの声に呼応するように宙に浮かび上がる文字の羅列。
それはまぎれもなく魔法契約書の拡大幻影だった。
魔法契約はその他の契約と違い、契約履行に強い強制力が付随する。
1度契約が成立すれば互いの合意なく変更はできないし、破れば死に至る呪いにかかるという。
そのため、内容を再確認する必要がある場合に文字を浮き上がらせる魔法があり、今回の魔法はヴィクトリアが使用者らしかった。
だが、あの書類も、この幻影文字も、どうみても青ではなく、黒い。
魔法契約書に使う魔力吸収用紙と呼ばれる紙は特殊な鉱石を砕いて入れる必要があるから、必ず青いはずなのだが。
「なお、この書類に使われている紙は只今巷で話題のウルフエア工房の新商品でございます!!
私が10割出資した私の工房、ウルフエア工房の新商品をどうぞご贔屓に!!」
ああ、ウルフエアの新商品か。
ウルフエア工房といえば、『冷蔵庫』なる食品を管理しやすくなる魔道具や『扇風機』なる夏にぴったりの涼しい風を作り出す魔道具など生活に密着した便利なものを数多く出している、新進気鋭の魔法・魔道具工房だ。
最近だと『クルマ』なる新型馬車が大人気。
馬がいらないため馬の良し悪しや機嫌で速さや乗り心地が変わることがないのに、馬より速く走るし、細い道での小回りも利く。ある特殊な魔石が動力源らしく、ウルフエア以外に新型を作れる工房はなく高価なことが受けて、貴族や金持ちの間では最新型のクルマを持つことがステータスの一つになりつつあった。
あの紙を作ったのがウルフエアだというのなら納得だ。しかし、ヴィクトリアは他にも気になることを言っていなかっただろうか。私が10割出資した私の工房……と。
紙の出所に気を取られていた王や王妃、式の客人たちは何気なく幻影文字を読み進め……絶句する。
そこには、いくつかの約定が書いてあった。
ひとつ、エイルランド国王は、ヴィクトリア・スローレンス侯爵令嬢をスローレンス家から永久に嫡廃する。
ひとつ、スローレンス家は上記の決定に賛同し、是認する。
ひとつ、廃嫡したヴィクトリア・スローレンス侯爵令嬢には新たにエルナハルトの姓を与え、エルナハルト辺境伯に任命する。
って。なんだこれーーー!!
「エルナハルト? エルナハルトって、あの、帝国との境目の?」
「エルナハルト領といえば、岩山と荒野しかなく旨味はないくせに、帝国のルーベンス領と近いせいで小競り合いが経たない不毛の地だろ?」
「いや、岩山の向こうに海があったはずだ……塩は魅力的だが、それにしたって……」
「今エルナハルトを管理しているのはどこだ? スチュアート公爵家? よく手放したな」
「いや、スチュアート公爵家は、たしかヴィクトリア嬢の母方の実家だ。 だがそれにしたって……」
ひとつ、エイルランド国王はヴィクトリア・エルナハルトへ干渉せず、ヴィクトリア・エルナハルトの全ての行動を是認する。
ひとつ、エイルランド国王の名の下にエルナハルト領を今後完全なる独立自治区とし、王侯貴族その他の権力組織からの干渉を禁ずる。
ひとつ、スローレンス侯爵家に連なる者は傍系から使用人に至るまで領主の許可なく入領することを禁ずる。
ひとつ、この契約書はエイルランド国王の署名時刻を以て魔法契約は締結される。
ひとつ、締結された本契約は、ヴィクトリア・エルナハルト以外には変更できない……。
細かい文字で書かれている書面の内容をすべて読み込めたわけではないが、つまりこの契約書は、ヴィクトリアを実質的なエルナハルト王国の女王であると認めるものだった。
ヴィクトリアは混乱する王侯貴族と客人を満足げに見回した。
そうして、未だ何があったか分かっていないらしい呆然とした王と王妃に向かい、うやうやしく一礼。
「それでは、ごきげんようエイルランド王、王妃、ならびに我が婚約者であったエドガー・エイルランド第一王子殿下とその未来の妃アンナマリーと、その親族であり私の元両親であったスローレンス侯爵夫妻。あなた方の結婚式や戴冠式には参加しないが、末永くお元気で。ああ、葬式にも出ないから呼ばなくて結構だから──さて」
くるり、とヴィクトリアはウェディングドレスを翻し、今度は客席へ向かって声を張り上げた。
「ずらかるぞ、我が親愛なるヴィクトリアグループの諸君! 引っ越しだ!」
その言葉を合図に、大勢の人間が一斉に立ち上がった。
ウルフエア工房の代表代理とその付き人たちを筆頭に、アーノルド商会、レベッカ商会、スクルド印刷に新エイル新聞──そのどれも、いまのエイルランド王国になくてはならない有力な商会とその商人たち。ヴィクトリアを先頭に彼らが去っていくと、残された客人は5分の4にまで減ってしまった。それはつまり、この国の最有力者の5分の1が、ヴィクトリアの配下に属してしているという証明に他ならない。
「な、なんてことを……なんてことをしてくれたんだ!!」
王は、悲鳴のような叫び声を挙げた。
「なぜあんな書類にサインしたんだ! 誰だサインしたのは!」
「いや、サインしたの陛下……」
「なぜもっと強く止めなかった! 待ってくれヴィクトリア! 契約は無効だ! 話し合おう! バーナード、バーナードはどこだ!!」
「宰相は本日重大な用事で臨時休暇です。それに、陛下、もう無理ですよ。魔法契約は結ばれたあとで、しかもウルフエア工房の最新式用紙が使われたとあれば、あと200年くらい契約は持ちます。いまから押しかけたところで変更してくれるはずもありません」
「そもそも、ヴィクトリア様が乗っていらっしゃるのはウルフエア工房の最新式クルマだと思われます。ウルフエア工房はまだまだ新参で王宮に商品を納める段階ではなかったですし、我々のもとには旧式のクルマすらない。追いつけません」
「なにを悠長なことを言っておる腑抜けども! ええいそもそもお前のせいだぞエドガー! 抱き合ってないでその汚らわしい女狐からさっさと離れろ!!」
「アッいたい!」
「やめてくださいましお義父さま! エドが怪我をしてしまいますっ!」
「貴様に父と呼ばれる筋合いはないわ!!!!!」
だんだんと地団駄を踏み、王としての尊厳もかなぐり捨ててがりがりと頭をかきむしるエイルランド国王。
王妃はというと、ヴィクトリアたちがぞろぞろと大勢で出て行く光景を目の当たりにして失神してしまったらしく、メイドたちが支えて奥の部屋へと連れて行くところだった。
王は暴れるだけ暴れると、がくりと肩を落とす。父の見たこともないような大きな溜め息に、ただただ困惑しているエドガーはこの場で誰よりも状況を飲み込めていなかった。
「父上……少々大袈裟では? たしかに魔法契約は結ばれましたが、ヴィクトリアに領主なんて務まるはずがありません。すぐ根を上げて助けを求めてきますよ」
「……エドガー……お前は本当に、何も分かっていないのか? お前は自分が誰と婚約破棄し、どれほどの国益を損ねたか、本ッ当に、少しも、分かっていないのか……?」
「誰もなにも、ヴィクトリア・スローレンス侯爵令嬢でしょう? たしかにやり方はまずかったかもしれないけれど、婚約者がスローレンス侯爵家の姉から妹に変わっただけで、家同士の政治的な理由なら何も問題はないはず。外聞の悪さは、これから私とアンナマリーで名誉回復していきます。ね、アンナ?」
「エド……」
「なにを、なにを……馬鹿なことを……ハハ、ハハハ」
王はへなへなとその場に崩れ落ちて、乾いた笑みを浮かべた。人間、本当に理解不能なことに直面すると、思わず笑ってしまうものらしい。こんなこと、一生知らなくてもよかったことだろうに。
「いいか、よく聞け愚息、ヴィクトリアは『動』の魔力を持つ侯爵令嬢だ。この言葉の持つ意味は?」
「『動』の魔力なんて、所詮は五大魔力以外のハズレでしょう? アンナは水と土の二つの魔力を持つ秀才です。十分ヴィクトリアの穴を埋めるはずだ」
「それを言うなら、エドは火と風と雷を扱う天才ですわ。わたくし、エドさまの未来の花嫁になることが誇らしい……」
「アンナ……」
「エド……」
「だからお前たちは愚かだというのだ。『動』の魔力は五大魔力には含まれない、それはつまり、五大魔力よりも珍しく、発生者の数が少ないということだ。古来より、『動』の魔力を持つ者が生まれたときは歴史が動いてきた。本当に、なんてことをしてくれたんだ……」
王は立ち上がり、ギリッと憎しみを込めて己が息子を睨む。もしかしたら、自分の代でエイルランドは滅ぶかもしれない。あの『動』の魔力を持つ令嬢の怒りを買ってしまったのだから。そのくらいのことを、こいつはやらかしたのだ。
「『動』の魔力を持つ者にはな──革命家の才があるのだぞ!」
*****
一方そのころ、ヴィクトリア一行はウルフエア工房の最新式小型自動車に乗ってエルナハルト領へ移動していた。
ふぅ、とヴィクトリアは重たいドレスの裾を捌いて足を組み、複雑に編み込まれた金の髪をがしがしとほどきながら言った。
「しかし、スタンダードプランAのド直球がストレート一発KO、しかもその場のノリと勢いだけで押せるとは思わなかった。この国の連中はそろいもそろってバカばかりだな」
その眼差しは理知的で、取り乱して泣き崩れていたときの少女の面影は少しもない。
「まあでも、これでエルナハルト辺境伯領は実質私の国だ。奥の手を使わなくて済んだのは僥倖、僥倖。アレらは今後の交渉ごとに何かと使えるカードだからな」
「さようでございますね。苦労して集めた奥の手ですが、別の機会にはすぐに恵まれるはずですわ……ヴィクトリア様、そんな乱雑にほどかないで。わたしが苦労して編み込んだのでしてよ?」
「ああ、悪いなイザベラ。でも髪がひっぱられる気がして痛くて」
「ヨッ、さすが我が君! 男前、あくどい、計算高い。この国随一の腹黒さ!!」
「よせよせジョシュア、照れるじゃないか。褒めてもお前が式内で吹き出したことは帳消しにしないぞ?」
「えー?」
ヴィクトリアはイザベラに世話を焼かれながら、運転席にいるジョシュアと呼ばれた青年に声を掛ける。
ありゃりゃーと、ジョシュアは陽気な返事をした。
「やっぱりバレてました? ごめんなさぁい。ヴィー様の演技が上手すぎてぇ、どうしても笑いがこらえきれなくてぇ」
「打ち合わせで散々見せただろうに。お前の笑い声で勘ぐられたらどうするつもりだったんだ」
「えー、それくらいでバレるくらいなら王も王妃もこんなことになる前にどうにかしてるでしょー。スチュワート老がいないと何にも出来ないボンクラがぁ」
「まあ、たしかに。王も王妃もおじいさまに頼りすぎではあるな。これを期におじいさまも引退する手筈なのに、いったいこれからどうするのやら」
「王子も父親に習って宰相頼みな部分がありました。親子三代でタカる気だったのですから、バーナード様もおかわいそうですわ」
「まあまあ、エドガーのことは言ってやるな。あいつも可哀想なやつなんだよ、頭が」
「ええ、そうですわね、頭が可哀相です。私たちが用意したなかでも一番私たちに都合がいい、つまりご自身には一番都合の悪い選択肢をこうも綺麗に選んでくれるなんて、いっそ運命的なまでに愚かで阿呆です」
「なー。おじいさまには、これからはのんびりゆっくりしてほしいよなー」
なお、この話題の中のスチュワート老とは、現在宰相を勤めている王の右腕、バーナード・スチュワートのことである。
齢60にして彼が未だ現役なのは、何も彼が権力にしがみついて離れない訳ではない。彼以外に宰相をやれる人材がいないのだ。王はもとよりあまり仕事をせず、難しい書類はすべて宰相任せ、しかもそんな王をいさめるべき立場にある王妃は気紛れに法案を思い付き執行を命じ、これまた気紛れに取り下げたり内容を変えたりと国政を乱す始末である。通常の激務に加え、王命が次から次へと出て来る宰相職には誰もなりたがる者がいないのだった。
しかし、今回のヴィクトリアの結婚式事件を期に、バーナードもまた宰相を辞任してスチュワート領に隠居する予定である。
辞任して隠居する理由ができたからだ。
バーナードは今日の孫娘の結婚式に、とある重要な用事が出来て出席しなかった──……ことになっている。実際にはなんの用事もなく、今頃王都の屋敷を引き払って引っ越す準備をしていると思う──。そのせいで自分が管理するべき領を失したことを全面に押し出し、明日には辞任届を叩きつける筋書きだった。
おそらく王は渋るだろうし泣いて引き止めるだろう。
だが、今回の出来事のそもそもの台風の目はバーナードの孫娘。
孫の計画も事前に知り得なかったと自分を嘆いて取り乱してみせれば、まあなんとかなるだろう、とはバーナードの言である。「そろそろ私に泣きつけばなんとでもなると思っている甘えた根性に嫌気がさしていた。その息子にまでタカられそうになっていたから、ちょうどよかった」とも言っていた。
かわいそうなおじいさま。だが、これで憂いの一つも晴らせるだろう。
「さてイザベラ、屋敷の撤退のほうはどうなっている?」
「首尾良く。まだ式の騒動が伝わっていないうちに素早く終わらせます。もとよりスローレンス侯爵王都本邸には重要なものは残っていませんが、最後の見直しをしますよ……ああもう、ヴィー。あなたは何もしないで、せっかくのキレイな髪がちれぢれになってしまうわ。わたしがするからお貸しなさい」
「おお、すまんすまん。いつもありがと、ベラ」
「まったく……」
口では文句を言いながら、イザベラはどこかうれしそうだった。言葉遣いもちゃんとしてくださいね、領主になるんですから、といいながら、主の髪にささっているヘアピンを一本一本抜いていく。ヴィクトリアはその言葉に、ベラは相変わらず口うるさいなと言いながら笑っていて、運転席で二人の会話を聞いているジョシュアもまた、楽しそうに笑っていた。
ジョシュアとイザベラは、似ていないが、双子である。一緒に生まれて一緒に父に捨てられ、一緒に母の死を看取った。
この国では双子は忌み子とされていて、特に男女の双子は不吉の象徴とされていた。
父は双子として生まれた我が子を抱くことなく、生んだ母を散々罵倒したあと新しい女を作って出て行ったらしい。
その後二人は母と三人で暮らしていたが、もとより病弱な母は周りから忌み子とその母と呼ばれる環境で苦労して働くうちに流行り病にかかってしまい、あっという間に息を引き取った。
残されたジョシュアとイザベラは生まれ故郷を石を投げられ追われ、結果、王都の貧民街で日銭を稼ぐ日々を送り──ヴィクトリアに出会った。
ヴィクトリアは言った。
自分も、父に愛されなかった子だと。正妻とその子より愛人とその子を愛した父に邪険にされ、公爵家の令嬢であった母は父が操る使用人たちに毎食毒を食わされじわじわと殺された。自分を裏切った父も使用人も、その母も子も信用できない。だが、自分には知識がある。この知識とバイタリティで、自分たちの国を作ろう──誰にも何も邪魔できない、自分たちの楽園を。
その言葉を聞いたときの手足が痺れるような感動と未来への道が突然開けるような感覚を、ジョシュアは生涯忘れないだろう。
「夢、叶えちゃったんだもんなー」
「ん? なんだ、ジョシュア、眠いのか? 眠いなら運転代わるか?」
「いやですよーん。ヴィー、運転へたくそだもん!」
「なにをぅ? 私はこれでもマニュアル車で運転免許取ったんだぞ? オートマじゃないんだぞ?」
「何言ってるかわかんなーい!」
ジョシュアの楽しそうな笑い声が、車内にカラカラと木霊した。
<登場人物紹介>
●ヴィクトリア・スローレンス改めヴィクトリア・エルナハルト
この物語の主人公。
『動』の魔力を持っていることが判明したため、彼女を中心として民衆の蜂起が起こることを恐れた王が自分たちの陣営に取り込もうと自分の子である王子の婚約者とした。
書かれていないが、前世で日本人であった記憶がある。5歳の誕生日に母の死の間際で自分が元日本人であった記憶が蘇り転生者であったことを知るが、もはや手遅れだったため母を助けることはできなかった。
前世でも婚約者がいたが、相手の浮気で破棄されそれがこじれた結果元婚約者であった男に包丁で刺されて殺されたため、裏切り者や浮気者の気配には敏感。また、心の底では誰も信用していない。
男勝りで割り切った性格、合理主義。母を殺した父の手先の使用人たちが信じられなかったこともあるが、動きやすく合理的なズボンも穿けない、「侯爵令嬢なんだから女らしく」とか「ダンス!テーブルマナー!言葉遣いを丁寧に!」と言われる生活が窮屈すぎて、自分が何やってもいい自分だけの国を作ろうと決意し、人材を集めはじめた。目的のためなら割と手段を選ばないし、味方以外は使い捨てる冷酷さも持つが、身内には甘め。
●エドガー・エイルランド第一王子
あほ。ノータリン。本当に帝王学を学んだのか怪しいレベルのほわほわくん。
ヴィクトリアのことは未来の自分の妃になる者として大事に思っていたが、それよりもアンナマリーを愛してしまったため結婚式で新婦を突き飛ばして別の女のもとへ駆けていくというドラマのようなことをやらかした。
ちなみに、彼自身は不誠実というわけではないので結婚式の前までに何度もヴィクトリアに婚約破棄を打診しようとしたが、ヴィクトリアとイザベラが上手に話を合わせてそれを言わせないようにした。最高のタイミングで婚約破棄させ、王と王妃に借りを作ってエルナハルト領を手に入れやすくするためである。
なお、他にも浮気相手候補として色々な令嬢を彼に引き合わせたが、婚約破棄されたとき一番民衆の同情を引きやすく切り捨てても少しも良心の痛まない義妹を選んだエドガーに、ヴィクトリア陣営はみな一様に「頭が可哀相な子だなーあほだなー」という感想を持ち、彼のあだ名が「アホガー」になった。
●アンナマリー・スローレンス
あほその2。ほわほわ天然素材。両親に大事にされて愛されて何の苦労もなく育ったため、他人の悪意には鈍感だし、自分が他人を傷つけていることにも鈍感。
姉の婚約者を略奪したことについては、悪意があってやったことではなく、運命の相手と出会ってしまったんだから仕方のないことで、自分に非はないと思っている。むしろ義姉のことはかっこよくて憧れているし、「婚約者を取ってしまったのは申し訳ないから、おねえさまの新しい婚約者探しは手伝ってあげたいな」と思っていた。無意識に他人を見下しがちな、女に嫌われる女なタイプである。
●ジョシュア&イザベラ
ヴィクトリアの部下。
男女の双子として生まれたことでかなりの差別や偏見を受けてきたが、だからこそヴィクトリアの目標である「誰にも何も邪魔できない、自分たちの楽園を作る」ことに賛同し、一生の忠誠を誓った。
外見もだが、ジョシュアはお調子者でイザベラは几帳面、内面も似ていない双子である。
●王&王妃
王…ランドルフ/王妃…アンジェリーナ
実は王も、今回のエドガーとヴィクトリアのように、運命の恋に落ちたために元の婚約者との婚約を破棄してアンジェリーナを娶った経緯がある。浮気者の遺伝子はDNAに刻まれてエドガーにも受け継がれたようだ。
そのためアンジェリーナは正式な王妃教育を受けておらず、ヴィクトリアに直接の教育をほどこすことができなかった。自分が王妃教育を受けていないことにコンプレックスがあり、やる気が空回って国政に口を出しては場を混乱させるため、政治家や文官には嫌われている。
Q.なんで王様は流されるままサインしちゃったの?あほなの?
A.あほです。政治はバーナードじいじ任せにして自分はサインするだけの仕事であとは王妃ときゃっきゃしてたので、サインしてって言われたらさらっとサインします。
●バーナード・スチュアート
エイルランド国宰相。
先代の国王のときから長らく宰相をしている。激務のためほとんど家に帰れないような生活だったが、家族に対する愛情は深い。
スローレンス侯爵に望まれて嫁いでいった次女ダイアナ(ヴィクトリアの母)とはずっと会っていないが幸せに暮らしていると思っていて、いつの間にか亡くなっていて葬式が行われていたことも孫が生まれていたことも知らなかった(スローレンス侯爵が情報をシャットアウトしていた)。愛人ができ正妻が邪魔になった夫に毒殺されたと孫娘経由で知ったときは3日も仕事に手が着かなかった。ヴィクトリアは前世の記憶もあり割り切っているので、ある意味この物語のなかで最も不幸なひとかもしれない。
スローレンス侯爵に対する憎悪はヴィクトリア以上で、ヴィクトリアの記憶のことや目的を知って以降は重要かつ重大な協力者になってくれた。ヴィクトリアに「じいじ」「おじいさま」と呼ばれるとデレる。
●ジョーダン・スローレンス侯爵
スローレンス侯爵家現当主。
正妻を裏切って愛人を作り、愛人とその子のほうを大事にした。ヴィクトリアの母ダイアナとは家同士の政略結婚ではあれど嫌いではなかったが、元愛人で現妻のエナマリアと出会い、愛してしまった。その後子が出来たエナマリアが正妻の存在を顕著に気にしはじめたため、毒殺を決意する。ヴィクトリアのことはまあまあ邪魔だったが、優先度が低かったことと妙にジョーダンの手を掻いくぐる運の良さを見せたため、面倒になって殺さなかった。
愛する者に対する情は深いが、そうでない者には冷酷に振る舞うことも。
その結果、絶対に喧嘩を売ってはいけない者と敵対し、すべてを失った。
この物語のあとおそらく最も凄惨な未来に進むだろうが、本人は未だ知る由もない。
他にも黒髪オッドアイの騎士とか気弱な商人とかウルフな親子魔動具師とか、こなもの屋さん(たこ焼き的な)を開く話とか活版印刷の話とかクルマ政策の誕生秘話とかいろいろ考えましたが、短編で書き切れる内容じゃないので割愛しました。
連載中の「本条都九子は魔導書をつくる」そっちのけで書いてしまいました。ああ、お盆休みが終わってしまう…。
もしよければそちらも暇つぶし程度に読んでもらえるとうれしいです。
★本条都九子は魔導書をつくる
https://ncode.syosetu.com/n9938ev/
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追記:2018/08/16 感想欄でご指摘のあった部分を修正いたしました。いろいろとありがとうございます。
追記2:2018/08/18 再修正しました。
追記3:2025/06/26 本作が日刊ランキング入りしたと通知に気付いて、びっくりしました。何事?! あわててずっと放置してた誤字を直しました。
いくつか「エルナハルト」が「アルナハルト」に…
名前間違えるなんてサイテー!