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1人2役、ではなく1人2者  作者: 秋ルル
本編
70/71

Aya soul side 綾side

彩さんがサッカーボールに当たって転倒した日。その日に私の記憶は戻った。自分が相沢綾であること、兄がいること、高校に通っていたこと、彩をかばって車に轢かれたこと、そして既に自分が死んでいること。そう私は彩をかばって死んだんだ。


私は既に死んでいた。そのことは薄々感づいていた。もともと幽霊みたいな存在だったのだからさほどショックはなかったが、それでも、もう兄や仲の良かった友達に会えないと思うと込み上げてくるものがある。


だが、1つだけ言っておきたいことがある。彩さんを助けたことは決して間違ったことではなかった。あれは私のエゴだ。目の前で急に道路に飛び出して倒れ込んだ彩さんを見捨てることなんてできなかった。その結果私が命を落としてもそのことで彩さんが思い悩む必要なんてない。だって私がしたいことをしただけなのだから。


だから綾にとって目の前の光景は悲劇でしかない。本当はひっそりと消えたかった。天国というものがあるなら早くそこに行きたい。いっそのこと地獄でもいい。とにかく今の状況から抜け出したい。それほどまでに綾の精神は疲弊していた。


(あやどこにいるの?返事して!)


(私はここにいますよ)


綾はずっと彩のそばにいた。ただあの事故以降、今まで電話のようにお互いを確認できていた状態から。テレビのように一方通行になってしまったのだ。つまり彩の声は全て綾に届いているのだが綾の声は一切彩に届かなくなってしまっていた。


これが私の望んだことなのか?


綾は彩と過ごしていく日のうちにいつか自分がいなくなってしまうことは薄々感じていた。そのための準備もしてきたし別れる日が来るとは覚悟をしていた。


それがこんなふうに消えることもできず、また存在しているかも怪しい中途半端な結びつきになってしまうとは思いもしなかった。


そこからは地獄のような日々が続いた。来る日も来る日も彩は呼びかけることをやめなかった。それがどうしようもなく辛く綾にのしかかる。彩は今日の出来事だとか友達と喧嘩しただとか本当にたわいのないことですら毎日聞かせてくるのだ。


(彩さん!)


とダメだとわかっていても返事をしてしまうこともある。しかしそれは彩には届かない。そしてほっと胸をなでおろす自分がいる。これ以上彩に関わってはいけないという気持ちと彩をこれ以上苦しめたくないという気持ちが綾の中で葛藤する。


(お願いだから。お願いだから。私を忘れて)


誰にも聞こえない声が空しく響き渡る。きれいに消えればこんな気持ちにならなかった。そしてもう耐えられないかもしれない。


そしてあの悲劇の日がやってきてしまった。


(お願い!やめて!あれは私じゃない!)


彩の目の前にエスと名乗る少年と自分の偽物が彩を追い詰めている光景が映っている。しかしこちらからはガラス越しに見せられているように何も手が出せない。


そして綾はとうとう自分の偽物の姿を見てしまう。それは凄く歪で禍々しいものだった。綾の姿はもちろん鏡には写らない。だから自分がどんな姿をしているのかは綾にも分からなかった。


そこで見せられた。変色した肌、滲み出てくる血、折れ曲がった体、そして何より彩に対しての憎悪の塊のような深い恨みの念があった。


あれが私?違うそんなはずない!!


綾は自分にそう何度も何度も言い聞かせた。そんな自分の偽物ともいえるものが彩を襲っていた。助けなきゃと思っても無力な自分には何もできなかった。


私が彩さんを彩のことを恨んでるはずないのに。あんなもの………


そう座り込んでいる綾の前にこちらをジロっと見てエスが歩いてきた。


「あなたは誰なんです。どうしてこんな酷いことができるんですか!」


「酷いって言われてもなーこれは君が思っていたことでしょ?」


「嘘だ!そんなはずない!」


「嘘?本当にそう思うかい。お姉ちゃんは心の奥ではこんな生活もう辞めたいと思っていたんじゃないのかな?」


「それは………」


それ以上何も言えなくなった。もしかして私は彩のことを恨んでいるのではないかと。1度だけたった1度だけ考えてしまった。


エスはそれを見透かしたように笑っていた。まるでそうこちらが答えることをわかっていたかのように」


「それならよかったね。今度はちゃんと消えられるよよかったね。ただし2人そろってね」


目の前が真っ黒になった時、彩が夢から覚めたのだと気がづいた。夢?とてもそうは思えなかった。綾が限界なように彩もすでに限界だった。そんなときに会いたい会いたいと持っていた綾にお前のせいで死んだと言われたのだ。


そこからは早かった。彩の異常事態に当然綾も気がついた。台所から包丁を盗むと泣きながら遺書を書いていた。明らかにおかしい。まるで何かに魅せられたように彩の奇行は止まらなかった。


やめてと叫んでも、もう彩は止まらない。綾の声などそもそも彩には届いていないのだ。彩は既に死ぬ覚悟を決めてしまった。


やめてちがうの彩さんを恨んでなんかいない、あれは私じゃないと叫んでも誰の耳にも届かない。


お願いお願い届いて


彩は既に遺書を書き終えると包丁を持って外に走り出した。いったいどうすればいいのだろうか?お願い止まって、止まってよ。


綾がどんなに臨もうともう彩は止まらない。彩は泣きながら夜の道を走っていた。


彩の考えは手に取るようにわかる。私のもとに来ようとしている。あの偽りの私を見て自分のせいだと思い込んでいるのだ。


そしてとうとう茂みの中まで来てしまった。もうどんなに叫ぼうが届かない。それならもういっそのこと彩を迎えてあげようかな?こっちにきた彩を目一杯叱ってやるんだ。そしてごめんなさいをして一緒に天国へ行こう。


そんな綾の目の前に一匹の猫が横切る。純白の真っ白な体毛をしていた。何故こんなところに猫か?そんなことより猫は嫌いではなかったはずなのになぜかその時だけは嫌な感じがした。その猫はこちらを見て確かに笑ったのだ。


はっと気がついた時には既に彩の腕は振り下ろされている最中だった。その鈍く光る包丁は彩の心臓めがけて一直線だった。


私は何を馬鹿なことを考えていたのか!?彩を諦める?そんなことをしたら私の生きてきた証まで失うことになる。私が守った彩を命を賭してまで救った彩を死なせるわけにはいかないんだ。


止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれー


綾の祈りが通じたのだろうか、彩の体は後一歩というところで動かなくなった。その時、彩と綾の体の主導権が入れ替わった。包丁はほんの数ミリ胸に刺さったというところで止まった。


綾はホッと一息入れたがこれで終わりではない。体の主導権が入れ替わった瞬間胸に刺さった傷による鈍重な痛みが全身を襲った。いやそれだけではない。ここまで走ってきただけで彩の体は既に限界だったのだ。実はあの事故以降彩はあまり寝れていなかったのだ。そのせいで彩の体は既に衰弱しきっていた。このままならどのみち死ぬことに変わりはない。


私のしたこと無駄だったのかな?悔しくて、悔しく、て悔しかった。なんでこうなるのかな?後一歩早ければこうはならなかったのかな?私が一瞬でも諦めたから罰が当たったかな?


なんだか急に眠くなってきた。そういえばまだ外は夜なんだもんね。みんなまだ寝てるよね。今夏なのになぜか寒いなー。寒いよ彩。


そんな時に奇跡とも呼べるようなことがおきた。『あや』と名前を呼ばれたのだ。それがどっちに対してなのかはわからなかったが、自然と出た言葉があった。綾は最後の力を振り絞って叫んだ。


「助けて、お兄ちゃん」

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