桃花の掴んだ真相3
「そんな!?」
聡は強い衝撃を受けた。呆気に取られている聡を尻目に桃花は当然のように尋ねる。
「君は過去の彼女に会いに行ったんだろ?ならここに現在の彼女がいることはなんら矛盾しないはずだが」
当然矛盾はない。彼女があのまま生きていれば今頃は20代半ばといったところだろうか。そして偶然にもこの時代出会うことも可能かといえば可能だ。だが問題はそこではない。聡は桃花に詰め寄った。
「そういうことではなくて、いつ会ってたんですか?それになんで教えてくれなかったんですか?」
「教えるもなにも君も既に会っているはずなんだがこの辺が認識の違いなのかな。君が覚えているかは知らないが木下彩、旧姓清水彩はうちの学校の教師だ。今年赴任してきたばっかだし普段は3年生の英語を担当しているから君とはあまり接点はない」
木下彩。確かに知らない名前だ。正確に表すなら聡はただ覚えていなかった。この学校には少なくとも千人以上の生徒が在席しており、ましてや自分と直接関わりのない教師の名前などいちいち気にしてはいられなかった。
探し物は案外身近にあるものだと言っても聡には何か引っかかっていたことがある。それは以前スーパーに猫缶を買いに行ったときのことだ。黒猫が綾の気配を僅かに感じたと言った。あの時は慌てていて女の子しか探してなかったがおそらくそこに彩はいたのだろう。もちろん大人の彩の方だが。黒猫はその時、綾の残留思念のようなものを感じ取ったのではないだろうか?
「それが今回のこととどんな関係があるんですか?」
聡は続けて質問した。桃花は少し嫌そうな顔をしながらゆっくりと答え始めた。
「シュレリンガーの猫の理論は嫌いなんだがな」
「なんでしたっけ?猫が生きているか死んでいるか確率が同時に存在するやつでしたよね」
「大体そのとおりだが、そもそもこれは実際に実験を行ったわけではなく空論の話だ。当時シュレリンガーはアインシュタインと同じ考え方で神はサイコロを振らないという言葉を信じていた。これは量子力学の世界ではそこにあるかないかの二択………」
「すいません。長くなるならそこは省いて下さい」
聡は桃花の説明を遮った。申し訳ないがそんな真面目な話を聞く気はないし、聞いても理解出来ないだろう。
すると桃花は残念そうな顔でこちらを見てきた。
「ここからがいいところなんだが、君も少しは量子力学でも学んだらどうだ?波動関数ぐらい理解しないと社会で笑われるぞ」
「それは絶対に高校1年生のやる領域ではないと思いたいですが」
「なら私が他の例えで説明してやる」
「そんなに嫌いなんですか?その理論」
ううん。と咳払いすると桃花はわざわざ自説を語りだした。どうやらただ他の人の真似事が嫌いなようだ。
「スタートラインに人が100人いたとして5km先がゴールだとする。さて問題だが10分後に3km付近にいる人は何人だと思う?」
「そんなのわかるわけないじゃないですか。せめて人の足の速さを定義してもらわないと」
「そうだな。何人いるかわからない。そもそもこの百人は真面目にゴールに向かうのか?最後まで本気で走り抜くのか?面倒だと歩く者もいるかもしれない。だからその時そこに何人いるかは確率でしかわからないんだよ」
「はあ」
「とにかく私はこうして現に生存している彩と会っている」
「いやそれなら僕も会ってはいるはずなんですが」
「なら君はそれを清水彩と同一人物だと認識したかね?」
「いえそこまでは流石にしてなかったです。今初めて知りましたし」
「どうやらそこが重要らしい。エスの基準では現在の彩の生存を知っている私は駄目で知らなかった君は大丈夫だったようだ」
どうやら答えが見えてきた。エスが聡だけを連れて行った訳は単に綾と兄妹だからと言うわけではなかったようだ。あまりSFには詳しい方ではないが好きな人にはそういうのが大切なのかもしれない。
「なんだか複雑ですね。もしあそこで清水彩を救えなかったら部長の記憶が変わってしまっていたんですかね」
「もしかしたらそうなのかもな。やはり自分の知らないことを体験できるのはいつでも胸が踊るな。実は君が帰還したとき私の中から木下彩との記憶が残っていから君が無事に綾を取り戻せていたことは概ね察していたがな」
自慢げに語る桃花に対して聡はもう一つの疑問をぶつけた。正直聡にとってはエスの行為の真相などはたいして興味はない。桃花が気を使ってあの時、聡に真実を話さなかったのはこの理由で納得することにした。木下彩という教師の存在は驚きはしたものの聡の興味はどうやって桃花がその情報を掴んだかというところにある。
だからこそこのまま有耶無耶にはできない。
「で?」
「ん?」
「なんで木下彩と清水彩が同一人物だとわかったんですか?仮にその木下彩に清水彩の顔の面影があったとしても部長そもそも清水彩の顔すら知らないでしょ?あれは僕も頑張ってやっと森さんから教えてもらった情報ですよ」
「君は必死に舞台で演技をしている人がいるのにその舞台裏まで気にするのかね?世の中知らない方がいいこともあるのさ」
そう言って桃花は黙っでコーヒーに手を付けた。なんだかんだで長い付き合いだ。流石の聡も桃花のやりそうなことは大方予想がついた。そもそもこの情報を持っていたのは1人で聡自身が桃花にその人物から教えてもらったと伝えているのだ。
ごめんなさい森さん。
「また、脅しましたね?」
「善意ある人の提供だ」
「………」
予想は的中していた。起こった時系列をまとめると桃花のとった行動は聡と別れた後で何らかの方法で美穂から情報を聞き出しその足で木下彩に接触したことになる。相変わらずとんでもない行動力だと関心するが、それは決して褒められた行動ではない。
「まぁそれはきっかけに過ぎない。最初は私も他人の空似だと思っていた。もちろん綾のことを聞いてはみたが彼女は知らない様子だった。あわよくばその女の子の親戚かなと思っていたがまさかあんな物を見つけてしまうとはな」
「なんですか?それは」
「それはほらあれだよ。私のスマホの写真。まあ具体的な中身を君に教えると私は綾からとんでもなく恨みを買ってしまうから詳細は省くがこれは綾が清水彩に送った手紙だ」
あの時か!?綾がどうしても回収しておきたかったもの。それは自身が送った手紙だった。綾がいつそれを書いたかはわからないがそれならあの時の行動も納得できる。自分の書いた手紙を第三者に見られるなんて恥ずかしいに決まってる。それもこの他人の秘密を最大限利用するような人に知られてしまったのだ。
聡は綾がどうして桃花を嫌ったのかなんとなくわかった気がした。
「既に綾は部長のことを嫌ってますが、それは置いておきます。それをどこで見つけたんですか?」
「どこって?そりゃあ木下彩の住むアパートから発見したに決まっているだろう」
「無断で侵入したんですか!?」
聡は思わず大きな声を出してしまった。突然のことで周りの客に訝しげ目で見られてしまい「すいません」と会釈をしながら座り直した。
「君は私を犯罪者か何かと勘違いしてないか?」
「すいません。同世代の方の個人情報を掴みその弱みに漬け込み情報提供と扮して勝手に個人の持っていた情報を横領するのは罪に問われないのでしょうか?その他セクハラや恐喝など余罪は色々ありますが」
「いや、今回はちゃんと生徒らしさを最大限活かした作戦だった。まず木下彩に進路のことで悩んでる。また同世代から注目されてしまいどうしていいかわからない。年が近い先生に相談したい。とまあこんな感じにでっち上げて私は彼女に近づいた」
「やってることが手慣れすぎていて怖いです」
「幸いこの時期だ。学校は私をないがしろにできない。修学旅行が近いからな。そこで私は夜に木下彩の家に押しかけその時、差し入れに持ってきた飲み物に睡眠薬を盛って………疲れの取れる漢方を処方してあげたのさ」
「アウトです!完全に薬もってますよね!」
「おかしいな〜ちょっと分量を間違えてしまっただけだ。君をもそんな小さなことに拘るな」
「全然小さな問題じゃない!それに分量じゃなくて種類からして違います!」
「それでまぁ計画通り………偶然にも先生は眠ってしまわれたので、仕方なく私は部屋を物色………部屋が散らかっていたから片付けてあげていたらこれを見つけたわけだ」
「もういいですよ。自首しましょ」
「待ってくれ。これも全て君のためにやったことなんだ」
「今更白々しいです。明らかに部長の私情ですよね。現に僕が聞くまで教えてくれなかったじゃないですか。他にもまだ隠してることあるんじゃないですか?」
「ああ。まだまだ君に話してないことならあるぞ。でも駄目だなそれを聞くにはもう少し私の好感度を上げる努力をだな………っておい!」
そう言い終わる前に席を立ち上がった。このまま話を続けられてはまた何かとんでもないことを言われてしまうかもしれない。そう思って聡はそそくさと会計を済ませてしまった。
「それではまた」
「足痛いなー」
と桃花は再び足を擦り出したが今度は簡単に聡に見破られてしまった。
「途中から足のこと全く気にしてませんでしたよね?本当は大した怪我じゃなかったんじゃないですか?」
「ちっ迂闊だった。しっかりとその辺も気を配るべきだったか」
そう言うが早いか聡は荷物をまとめると出口に向かって言った。後ろで桃花がふてくされた顔をしていたが聡は振り返らない。聡の頭の中は別のことでいっぱいだった。
桃花も観念したのか帰ろうとする聡の背中へ投げかけた。
「また学校でな」
「そうですね」
そう言うと聡は店を後にした。
まず、やらなくてはいけないことは綾に真実を話す?いやあれは綾の中で既にケリのついたことだろう。おそらく木下彩の記憶はエスが改竄している。だから彼女は既に綾のことを覚えてはいないだろう。なぜ手紙を残したかはわからないがこれ以上詮索するのは野暮というものだ。
そんなことより他にしなければならないことそれは森さんへの謝罪だ。
「全く。部長は面倒なことばかり残すんだから」
そう言いなから聡は歩いていくのであった。




