対価
「そこに正座してお兄ちゃん。懺悔するなら今のうちだよ」
今、聡は綾の目の前に正座している。綾はというとこれから事情聴取でもするかのように足を組み椅子に座っている。聡の横にはこれまで聡が綾として過ごしてきた時に書き溜めていたノートがドサッと置かれている。その数は1冊2冊の話ではない。既に十数冊あり、その1つ1つにこれまで過ごしてきたことが書かれていた。
もちろんこれは聡からしたら仕方のないことだ。体を2つ使っていた以上入ってくる情報も人の2倍ある。その1つ1つを覚えていられるわけもなく、また、体に負担をかけないように食事、睡眠、排泄の回数まで記録してある。そういった意味ではこれは日記というより予定表だ。
だからといってこんなものを見せられて「今日までのことはここに書いてあるから明日から頑張ってくれ」と言われ、「はい。今までありがとう」と言えるほど綾もできた人間ではない。この量と質を見せつけられてしかも今まで聡の行ってきたことを聞かされれば決していいは思いはしない。
そういうわけで今聡は綾からの尋問を受けている。
「僕は恥ずべきことはしてない!あれは必要な措置だったんだ。よく考えてほしい。うちにはお前の生命を維持できるだけのお金の余裕もなかったんだ。あのままなら綾の体は切り開かれて誰かわからない人のドナーにでもなっていたかもしれなかったんだ」
「それが妹の体を好き勝手に使った免罪符になるとでも?どうせお兄ちゃんはその若さに乗じて私の体をいいように使ったんでしょう。この変態!」
「そんなことはしてない。僕は普通に最低限生活できるレベルでしか使ってないし、そりゃまぁトイレとかお風呂とかその他生理現象は仕方ないだろ。極力は見ないようにしてたし胸だってブラがきつくなって買い替えたりもしたし、多い日とか重い日とかあったけど、それもこれも生理現象なんだから。それに実の兄が妹の裸に興奮するわけないだろ?」
「えっ?」
「えっ?」
「まさかそんなこと考えて日々生活していたの?不潔。変態。死んじゃえーこのシスコンお兄ちゃんー」
「痛い綾。とりあえずグーはやめようか。とにかく落ち着いて」
それでも綾の拳はやまない。それどころか机の上にあったものも手当たりしだいに聡に向かって投げてきた。聡はただその場に蹲ってじっと綾の猛攻が収まるまで耐えていた。
「本当に馬鹿じゃないの!そんなことは薄々感づいていたよ。そんなわかりきっていたことを生々しく語るなんて本当に変態じゃない!勘違いしないでよ。私はそんなことを言ったんじゃないから。私が言っていたのは私の体をいいように使って望の心を弄んだことよ!」
「なんでそんなことを」
と言ってももう遅かった。実はその日のこともしっかりとノートに書いていた事を聡は失念していた。とはいえこれから綾が普通の生活をしていくうえでそのことは遅かれ早かれ綾にばれることになっていただろう。
「お兄ちゃん私のことを馬鹿にしてない?あれから望やお兄ちゃんが知らない間に作ってた遥や恵子たちと話を合わせ、さも今までそこにいましたよって感じで過ごすの大変だったんだから。それに森さんという先輩にまで声をかけられたし、一体私の体使って何やってたのよ」
聡はの悪事は既に綾にバレていた。しかし疑問に残ることもある。綾がいちいちあのノートを読んでいたとも思えないし、望や森さんがあの日のことをわざわざ綾に話すとも思えない。となると綾にバラした人は1人しか心当たりがない。一体あの人は何を考えているんだ。
「黙秘権を行使したいです」
「却下よ」
沈黙が当たりを包む。いくらこちらに非があれど妹に今の気持ちを打ち明けるわけにもいかない。そもそも今、綾はそのことを知っているのだ。それをわざわざこちらの口から言わせようとしているのだからたちが悪い。そしてそのまま時間だけが経過していく。そして先に沈黙を破ったのは綾の方だった。
「………5万円」
「あの綾さん?それは慰謝料というやつでしょうか?それとも口止め料でしょうか」
「そうよ。両方よ」
「ちょっと待て!5万円って軽く言うけどそんな大金いったい何に使うんだよ!それにそんな大金今すぐ出せるわけないだろ!」
「あーそ。じゃあ今までのこと全部望にばらししちゃおっかなー」
「あの綾さん。いえ綾様。どうにか分割払いできませんか?」
惨めだ。あまりにも惨めである。人間どんな素晴らしいことを行ってもたった1度の過ちを侵してしまえばそれでパーである。まさか実の妹にお金をたかられるとは思いもしなかった。
「冗談よ冗談。これでもた少しくらいは感謝してるんだからね。それにこのお金は私のために使うわけじゃないし。今度、彩と過ごしたあの場所に行きたいのよ」
「え?」
「だから旅行代。私が今までいた場所、ここから100km以上離れているのよ。だからその軍資金が必要なの」
「それにしても5万っていくらなんでも高くないか?それに今も同じ場所にいるとは限らないだろう。いやむしろもういないと思うぞ。部長のいったことが本当なら彼女は既に成人しているし、いくらなんでもあの場所にい続けているとは思わないけどな」
「そんなことお兄ちゃんに言われなくても分かっているよ。だから彩さんに直接会わなくてもいいの。一緒に過ごしたあの土地を感じるだけでいいの」
「そうか、でもやっぱりお前の旅費じゃないか!」
「ないか勘違いしてない?私のためじゃないって言ったよね。だからお兄ちゃんも一緒に来るのよ」
「は?なんで僕まで、そんなの1人で行けば……」
「一緒にくーるーの。それともまたふらっとどこかに行っちゃってもいいんだー」
平然とそんなことを言ってのける妹を前にして、今の聡が断れるわけがなかった。いや考え方を変えれば妹との2人旅だ。そう思えば幾分か気持ちも楽になる。それにお互いに積もる話もあるだろう。今ここで言えないことでも旅の開放感につられて話せるようになるかもしれない。
「それなら逆にお金足りなくないか?」
「18切符使って在来線使えば足りるわよ。それに別にお兄ちゃんだけに全ての旅費を出させるわけじゃないし、ちゃんと自分の分は出しますから」
「わかったよ。綾がそれで気が済むなら僕も頑張ってお金をためることにするよ」
そう言って聡は綾との旅行の計画を立てるのであった。




