転移
聡と綾はエスの作り出した空間の向こう側へと転移した。
そこは聡のいた場所からかなり離れた田舎町のようだった。辺りには大きな建物はなく豊かな自然の風景が広がるそんな場所だった。少し離れた場所には日本語の看板が見えたので正確な場所はわからないが、ここが外国ということはなさそうだった。やっと綾に会える。聡はそのことだけでいっぱいだった。
だがそんなことより先ほどから聡には我慢できないことがある。そしてそれは既に限界まで達していた。
「「ぇれろ………ぅふ………おえ~~~」」
2人仲良く嘔吐した。
実は空間を抜けたあたりから激しい吐き気が込み上げていた。そして嘔吐勢いはなかなか止まらない。声にならない声が喉の奥からから出てくる。口の中に嫌な酸っぱさが広がる。1人でも辛いのにそれが2人分になれば辛さは2倍以上だ。不幸中の幸いだったのは周りに人がいなかったこととすぐ近くが側溝だったことだ。
「ああ、ごめんごめん。まあ初めてならしょうがないか」
エスはケロッとした表情でそう言った。さすがに自分の作り出したものに酔うということはないようだ。それにしても初めてと言っただろうか?空間転移自体は先ほど黒猫に行ってもらったばっかだがそのときも多少の不快感はあったがここまでのものではなかった。もしかしたら距離に比例して酷くなるものなのかもしれない。
しばらくして吐き気もだいぶ収まった。聡は口を濯ぐための飲み物でもと思い財布を手にしたがそれをエスに取られた。
「ああだめだめ。仕方ないなーぼくが何か買ってくるからそこで待っててねー」
そう言ってエスは走っていった。意外と優しいところもあるもんだ思い少しだけエスの認識を改めた。ただ待っているのもあれなので場所を確認しようとスマホの画面を見た。しかし、転移の衝撃で壊れてしまったのか、それともスマホの電波の届かない田舎に飛ばされてしまったのかわからないが、なぜかうまく表示しない。まあ帰りも転移させられるのだから現在地はそこまで重要じゃないかもしれない。
当然通話もできない。早く用事を済ませて帰りたいなあと思っていても辺りも次第に暗くなり始める。スマホの時計は既に5時過ぎを示していた。
「おまたせ」
「これだけって」
「仕方ないよ。そんなにお金入ってなかったし」
エスが買ってきたのは1本のお茶だけだった。少なくとも三千円以上入っていたはずなんだが………そんなことを言っても仕方ない。1本のお茶で2人の喉を潤す。できればなにか腹に入るものも欲しかったが、もしかしたら辺りにお店がなく自販機で買ってきたのかもしれない。せっかくの親切な行為に水を差すのも無粋であろう。
「ありがとう」
「どういたしまして」
エスはにっこりと笑った。こう見ると年相応にしか見えないのだが、中身がこちら以上に年上なので複雑な気持ちになる。聡は気持ちを切り替えて綾のことを考える。
「さてと、それでその女の子は今何処にいるんだい?」
そう聞くとエスは真っすぐ指をさした。その指の先には一軒家が見えた。表札には清水と書かれており先ほどの情報と一致する。あそこに住んでいるのか。と気が付いていた時には聡と綾の体は走り出していた。
「なにするのさ!?」
エスは慌てて聡と綾の襟をつかんだ。見た目は少年なのに余裕で2人分の力を用腕上回ってる。不利な体制のはずなのに聡の体も綾の体も1歩も前に進めない。走り出した勢いは止まらず、足は空を回りそのまま地面にしりもちをついた。
「ちょっといきなり何するつもりだったの?やめてよね。こっちにもいろいろと計画ってものがあるんだからね。勝手な行動でぼくの計画つぶさないでよ」
「計画?綾のために協力してくれるんじゃ………」
聡は起き上がりながら尻をさすりそうつぶやく。
「だとしてもだよ。じゃなかったらぼくがわざわざ出向く必要ないしね。全部クローネに任せてたよ」
さらにエスは驚くべき発言をした。
「ぼくの持っている情報だと明日がその女の子清水彩の命日になるはずだ。まあ理由はいろいろあるけどね。それはお兄ちゃんには関係ないことだからいいか。とにかく邪魔だけはしないでほしいんだ」
「関係ないって言って………って死亡?何を言って………」
そこで聡はあることに気付いた。部室で会話していた時エスはやたらと時間を気にしていた。もしかしたらそのことが関係しているのかもしれない。エスにはまだ秘密があるようだったが聞いたところで教えてくれるとは思えない。それにしても人の命日までわかるとは魔法使いもすごいものだ。だからこそ意味がわからなかった。これからその女の子がなんらかの形で死ぬことになるのだろう。今ならそれを未然に防げるはずなのにそうしない。エスにはなにかそうしなきゃいけない理由でもあるのかもしれないが考えてもわからない。
「それでその女の子はいつどこでどうやって死亡するんだ」
「ああ、そんな詳しいことはわからないよ。だからお兄ちゃんはその間ずっとその子を見張っていてほしいんだ。だけどその子が死ぬその直前まで手は出さないでほしい。これはぼくからのお願いだ」
死ぬ直前までということはその時になったら助けてもいいということだろう。女の子を見殺しにしろと言われるかと思ったがそうではないようだ。正直エスの魂胆は全く分からないままだが、もうここまで来たら最後までエスを信じるしかない。
「わかった。でも危なくなったら絶対に止めるからな」
「うん。がんばってねお兄ちゃん」
エスはそう言った。




