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1人2役、ではなく1人2者  作者: 秋ルル
本編
57/71

思惑

「そんな………嘘だ………」


だがそれ以上は言葉にならなかった。信じたくない気持ちはあった。しかし今度は夢ではなく面と向かってそう告げられた。それも自分より明らかに大きな力を持つ存在にだ。聡はただただ自分の無力さを痛感した。


エスの言葉は先ほどスーパーで得た情報とあきらかに矛盾している。しかしそのことを問いただす気力はなかった。現に聡は女の子を見つけられなかった。黒猫の勘違いのほうが可能性は高い。ただ突き付けられた言葉が死刑宣告のように聡の脳内に響いた。


結局何もかも無駄だったのか今まで綾として過ごしてきた日々もここで綾を探して過ごした日々も。


それからどのくらい長い時がたったのだろうかもしかしたら一瞬だったかもしれない。もう外の声が入ってこない。真っ白に燃え尽きたそんな気分だった。


痛い。と気づいた時には桃花がこちらの脇を小突いていた。先ほどから何回も名前を呼ばれていたのにそんなことにすら気づかなかった。


「いい加減言葉遊びにも飽きてきた。エスそんなに聡君の反応は見ていて楽しいか?意外と俗物なんだな」


桃花が会話に割って入ってきた。少し外して落ち着いたのか先ほどの様子が嘘のように余裕を取り戻している。その表情を伺うに焦っている様子はない。


所詮は他人か。綾の死に対して桃花に落ち込んでいる様子はなかった。


「見ていて飽きないほどにはね。それに久しぶりに普通の人間と話したから少し意地悪したくなっちゃったよ」


「ああ、そうだとも。しかし残念ながら彼をからかうことができるのは部長である私だけの特権だ!」


「部長?」


そんなことを高々に宣言されても困ります。ただいつものように突っ込む気力はなかった。こんなやり取りですらどこか懐かしい気がした。しかし先ほどの会話には何か違和感がある。そもそもこの2人だって綾を救うために動いてきてくれたはずだ。その対象者が死んで………いやそうじゃない。2人は今なんて言ったんだ?僕をからかう?いったい2人には何が見えているんだろう。


「いつまでぼうっとしているんだ?綾を救いに行くんだろ?」


「えっ!でもさっき」


そう思って。エスの顔を見るとエスはただ笑っていた。この時聡は確信した。綾はまだ救える!先ほどのエスの言葉に嘘はないのだろう。しかし真実を全て話していたわけでもない。桃花はいち早くそのことに気付いていたのだろう。だから落ち込んでいなかったのだ。


「ふーん。気づいていたんだ。でも僕は嘘は言ってないよ。早とちり?勘違い?そこのお兄ちゃんが勝手にそう思い込んじゃっただけだからね」


「しっかりそう誤解を生みやすいように仕向けてきたくせによく言うな」


「さてとそれじゃあ行こうか?ぼくとしてもあんまりぐずぐずしてられないんだ。これ以上遊んでると上に怒られちゃうから」


「魔法使いも縦社会なんだな」


「そうだよ。知らなかった?それにこれでしくじったの2回目だからねー。3回目なんて起こした日には………うんん想像したくないや」


「いいことを聞いた。そうかそうか3回目はないんだな」


「ちょっと何考えているのさ。あんな手銃で脅したぐらいでいちいち怒らないでよ。それに最初に言ったでしょ。ぼくは君たちの味方だって」


2人の間で勝手に会話が進んでいく。先ほどの険悪な雰囲気がまるで嘘のようだ。しかしこの場でまだ状況が呑み込めてない人物が1人だけいる。その人物は大声で叫んだ。


「あのーぜんぜん頭が整理できていなんですが、すいませんがどちらか何が起こっているのか説明してくれませんか?」


「少しは自分で考えろ!」


その人物の要望はあっさり一蹴された。


「だってさあ。お兄ちゃん頑張って」


なぜか桃花には怒られエスに励まされるはめになってしまった。考えろと言われてもさっぱりわからない。しかしなんだかわからないままだが、まだ綾を救う手段はあるようだ。そのことだけが聡の励みになった。


「それじゃあ行こうか!」


「行くって何処に?それに今、綾の体は………」


「ああ、はいはい。クローネよろしく」


エスがそう呼びかけると返事があった。



「はいにゃー」


黒猫の餌を買い終えた帰宅中に突然に黒猫がしゃべりだした。聡はもちろん状況がわかっているので驚きはしないが、隣にいた雫はとても驚いた様子だった。それもそのはずである目の前に突然異空間が広がったかと思うと綾の体はその空間に引きずり込まれた。


「綾ーーー」


そう心配する雫に綾は告げる。


「すいません。ちょっと用事で一足先に部室に帰ります。あの、大丈夫ですから黒猫とゆっくり帰ってきて下さい」


そう言い残すと綾は一瞬で姿を消した。そして後には1人の少女と1匹の猫だけが残った。呆然と立ち尽くす雫に対し黒猫は少し疲れた様子だ。実は黒猫の空間移動にはそれなりの体力が必要で同じことをもう1度行うまでにかなりのインターバルが必要なのだがそのことを知っているのは当の本人とエスだけである。


そんなことを知らない雫は困り果てたようにつぶやいた。


「猫さん………帰り道どっち?」


「にゃ?」


どうやら心配しないでも雫の帰りは遅くなりそうだ。



「これで役者はそろったかな?」


そう言い終わったかと思うとエスの隣に綾の体が転移された。買い物に行ったそのままの姿だ。もちろん聡には自分自身なのでそれが本物だとわかる。


「ちょっと待ってて下さい。靴取ってきますから」


そう言って聡は一旦部室を出た。これから行く場所が何処かはわからない。しかし上履きのままというもまずいだろう。綾が部室に土足で上がってしまっているが、後で掃除しておけば問題ないだろう。聡は急いでげた箱へと向かった。


部室には3人だけが取り残された。重々しい空気が辺りを包み込む。自分のせいで待たせていると思うと気まずい。エスはもちろん綾の中身が聡であることを知っている。先ほどから「ねぇまだなの?」という視線が痛い。そんな中、始めに口を開いたのは桃花だった。


「ちょっと待て………その私もついていいか?」


唐突に桃花はそんな質問をした。綾はそれに対してもちろんと言おうとしたがそれより先にエスの言葉が遮った。


「それは許可できないし、そもそもお姉ちゃん行く必要ないよね?」


先ほどまでの雰囲気と違いそれは明確な拒否であった。その時のエスの表情は初めて見るものだった。言葉は軽いが、目がそれを許さないと圧倒的に語っていた。桃花もそれを感じ取ってか早々に諦めた。


「魔法使いというのも意外とけち臭いものなんだな」


「だからね。本当に特例なの。最低限の人しか連れていけないんだ。だからね。その手に持ってたもの捨てておいてね」


「本当に何でもおみとおしなんだな」


そう言って桃花が何かをカバンに戻すのを綾の目は逃さなかった。何だろうあれは?一瞬だったので宛名などは確認できなかったが80円切手のついた封筒のようなものだった。それが今の事態に何の関係があるのか聡にはわからなかった。


「おまたせしました」


と聡は勢いよく部室に帰ってきた。あえて大きな声を出したのはこの気まずさを払拭するためだ。


「それじゃ今度こそ本当に行くからね」


パチンと指を鳴らしたかと思うと目の前には奇妙な光景が映った。空間の一部が歪んでいると言い表せばよいだろうか?その空間の先は全く見えない。黒猫の作ったそれとはまた別のものに感じられた。


エスは当たり前のようにその奥へと進んでいく。聡も黙って綾の体とともにエスの後に続いた。

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