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1人2役、ではなく1人2者  作者: 秋ルル
本編
52/71

焦り

綾の身に危険が迫っている。桃花はそう告げた。


突然の一言に聡はとっさに言葉を返すことが出来なかった。聡がやっと言葉を発したのはそれからしばらくしてのことだった。


「待って下さいよ。まだそうと決まったわけではないでしょ。いくらなんても急過ぎませんか?」


聡はそう返すのがやっとだった。焦る聡にに対して桃花は全く表情を崩さない。空になってしまったカップをつかんで二杯目のコーヒーを淹れに行った。その様子もどこか落ち着いているようであった。綾の危機に対して聡と桃花とでは明らかに温度差があった。感情的になってしまう聡に対して桃花は冷静に客観的な思考をしている。もちろんそれは親族である聡比べれば当然なものなのかもしれないが、聡はどこかで快刀乱麻のごとく事件を解決する桃花の姿を期待していた。


「あーうん。だから私は可能性の1つを提示しているだけだ。君の心配が取り越し苦労だといいな」


桃花はそう言ってコーヒーを淹れ終わると再び椅子に座った。二杯目のコーヒーをおいしそうに飲む桃花に対して質問を続けた。


「それにですよ。仮に部長が言ったことが正しいとしてもこちらには手のうちようがないじゃないですか!」


「まぁ私も万能ではないからな。何も出来ないこともある」


「それじゃ結局意味がないじゃないですか。綾自身に何とかしてもらわないと」


「聡君、我々にも手は残されている」


「黒猫の主人ですか?でもあの時は会ってくれないって」


桃花の返事に対して実は聡にも考えは浮かんでいた。黒猫の主人。いわゆる今回の事件で言えばジョーカー的な存在である。もし仮にその人が本気で協力してくれたら綾に件もここまでもつれることはなかったかもしれない。しかし黒猫曰く他人との接触を極力避けているようで、今回の件に関しても力を貸してくれる保証はどこにもない。それでも桃花はその主人とやらに協力を仰ぐ気でいた。


「あの時とは状況が変わった。なんせ自分を語る者が現れたんだからな。私としてもその辺の裏がとりたい。どうやらただ待っていればいいということでも無さそうだ。それにあちらさんだって今回の件に少なからず関与しているんだろう」


「黒猫の話を聞く限り、そうみたいですけど……本当に大丈夫なんですかね」


「いい機会だ。ここいらではっきりとさせておこう。彼らは綾の件にどう関わっているのかを。逆に言えば今回の件で会ってくれないようなら本格に別の手段を考えた方がいい」


桃花の顔は真剣だった。その表情に押され聡も息をのんだ。


「そうですね。でも肝心の黒猫が……」


そうだ。いくら話を進めても肝心の黒猫がまだこの場に姿を現していない。黒猫はきまくれなので毎日部室に来るわけでもない、なにより連絡手段が全くないことが辛い。


「本当に重要な時にいないな。まさかもうそっちにも既に手が回っているのかもな」


「不吉なこと言わないで下さいよ。本当にそうだったらどうするんですか!」


もし黒猫にな何かあれば全てが終わりだ。主人に連絡を取ることもそうだが、綾が無事だとしても体の入れ替えができない。まさかあの少年に?聡は例の少年が黒猫を捕まえる様子を思い描いてしまった。そうするといてもたってもいられなくなった。


「どこに行こうというのかね?」


「ちょっとそこいらを捜してきます。杞憂だといいのですが少し心配ですから。部長も一緒に行きますか?」


「あわてるな。別にまだそうと決まったわけではない。それにうん。まだ時間じゃないからな。


そう言って桃花は一冊のノートを手にした。中身はわからなかったが付箋などがびっちりと貼られていてとても書き込まれているようだった。


「それは?」


「まぁ、やつのタイムスケジュール表ってところか。やつと出会ってからやつがここに訪れた日時、時間、天気、気温、湿度。なんなら、その日の食べていた餌の種類まで把握しているぞ!これよると、もうそろそろ現れるだろう。捜しに行くのはその後からでもいい」


「いつの間にそんなの作ってたんですか!?ちょっと引きましたよ」


「なんだ君は、まさか私が無償で毎回やつの餌を用意しているとでも思っていたのか?だとしたら考えが甘いぞ!私は調べたいことはとことんやり抜くからな」


部長と言えば部長らしいがどうも最後の言葉がひっかる。そういえばこの人はかつて盗撮犯だった森さんを追い詰めている。桃花という人間の情報収集の力をなめてはいけない。あれそういえば僕がこの部活に入れられた理由は確か……その瞬間聡はハッと気がついた。


「部長、まさかとは思いますけどそれ……僕の分も作ってたりしませんよね」


「……!?しっ知らん……な」


「おい、こっちの目を向いて喋ろうか」


聡の問いに対し桃花は明らかに動揺していた。それは火を見るより明らかなことだった。案の定桃花は聡の分までノートを作っていた。聡が桃花が黒猫のノートを取り出した鞄の方に手を差し向けると桃花が全力でそれを妨げてきた。


「まてまて、そんなこと今は関係ないだろ!?」


「ちっ。今回はその事は後回しにしますが、後で絶対に確認しますからね」


甘いな。証拠なんて後でいくらでも作り変えられるのさ。流石にあれを直接見せるわけにはいかん。そうなってしまっては私の信用に関わってくる。あれにはその……えーい。とにかく人には言えない重要なことまで書いてしまってある。仕方あるまいならば徹夜で内容をマイルドにした偽ノートを作るしかないか。


「部長今、証拠なんていくらでも捏造できるって考えませんでしたか?」


「きっ君はいつから人の心を読めるようになったのかね?」


「そりゃ部長との付き合い大分長いですからそんなことぐらいわかりますよ」


聡は冷静にそう返答した。先ほどまでとは一転してして焦る桃花に対して聡の目線は冷ややかなものに変わっていった。


「聡君、その……仮にそのノートに私たちの関係を脅かす大変なことが書かれていたとしても、君にそれを受け入れるだけの度胸はあるかね?」


「何、急に話をそらしてるんですか?部長かっこいいこと言ってるつもりでしょうが、やってることがストーカーのそれと変わらないですからね」


「いや、違うぞ!?そんな者と一緒にしないでくれ。私のは純粋な気持ちからくる衝動が抑えられないだけだ」


「テレビで見るストーカー犯人ってだいたい部長と同じ事を言ってますよ」


「私は真面目に聞いているのだぞ」


すでにこの話の収拾がつかなくなってしまったと聡は感じた。聡には桃花が何に対してムキになっているのかわからなかった。仕方なく聡は桃花に対して思っていたことを告げることにした。


「安心してください。僕は部長のこと信じてますから」


「聡君、君ってやつは……」


「はい。だって部長、元から変態じゃないですか。今更そんな些細なことで僕の認識は揺らぎませんよ」


「君はもっと乙女心を理解すべきだと思うが」


「それ、他人のプライバシーの詰まったノートを手にした人の言う言葉じゃないですよね」


「ぐぬぬ」


こんなやり取りをしている合間にいつもの間の抜けた声が聞こえた。どうやら聡の心配は杞憂で終わったようだ。


「お腹すいたにゃ。何か食べさせるにゃ」

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