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1人2役、ではなく1人2者  作者: 秋ルル
本編
50/71

すきが大事

聡と桃花が口論しているなか、綾は雫とオセロをしていた。


綾と雫がこうしてオセロなどのゲームをすることはしばしばある。それは聡が桃花の猥談に雫を巻き込ませたくないためである。雫も雫で綾に誘われると断ることをしないのでその点は楽だ。


雫にはもちろん聡の置かれている現状を話してはいるが、雫は物事をそんなに深く考えれないため本当にわかっているのかわかっていないのかが判断できない。聡も雫は綾の件にできるだけ巻き込まないようにしている。


話は変わるが雫はゲームが得意というわけではない。オセロを始めこの部室にはトランプやUNO、また将棋やチェスなど様々な道具が置いてあるが雫は勝ったためしがない。今にしたって雫の白い石は黒に飲み込まれようとしている。


「雫先輩オセロって好きですか?また、勝っちゃいますよ」


「すきが大事だから」


確かに雫には悪いが下手の横好きという言葉がある。ようは楽しければいいのだ。雫には勝つとか負けるとかあまり意味がないのかもしれない。雫は何よりこの空間、時間を大事にしている。


「そうですか?それならいいんですが……」


「えいっ」


「んっ?あれ?あれれ!!」


雫の1手で盤面が変わった。先ほどまでのリードはどこへやら一転して白の優勢となった。油断していなかったといえば嘘になるが雫にやられるとは予想していなかった。数ではまだ勝っていても綾の黒い石はただひっくり返されるのを待つだけのものとなってしまった。


「よし」


「どうして?さっきまで勝ってたのに!」


「だからすきが大事なんだって桃花が言ってた」


「……」


初めは雫の言葉の意味がわからなかった。好きが大事って意味だね?もしかして自分は勘違いしてるのか?しばらくして聡は雫の言葉の意味に気づいた。


「隙かーおのれ部長ーまたなんか吹き込んだなー」


綾はそう言って頭を抱えた。『すき』と聞いててっきり雫は遊ぶことの『好き』のことを言っていると思っていたが、実は全く違った。雫は敢えて『隙』を作ることでこちらの手を誘導していたようだ。雫も何だかんだで負け続けるのは嫌だったみたいだ。


桃花先輩め、また雫に余計なことを言ってないか?しかし先輩が教える『すき』とは何だろうか?聡はふと疑問に思った。


日本語とは難しく同音異義語が多数ある。雫のそれも桃花先輩に聞いたと言うが正しく理解しているのか怪しいものだ。『好き』なのか『隙』なのかどちらもあの先輩にはあまりしっくりこない。いったいどっちを大事にしているのやら。あの人の好きなものは未知への興味と他人を強迫することだろうし、まさか好きな人ということはないだろう。隙の方で考えるとこれもまた思い浮かばない。何度も言うが外面は申し分ないのだ。それに自ら弱点をさらけ出すような……弱点?


聡はハッとした。そうだあの人に限って弱点なんか……仮にあったとしても他人にわざわざ教えるような人じゃない。常に相手の上に立ってマウントをとるような人だ。やっぱり自分は嵌められたのか?聡は困惑した。


ちょうどその頃、聡は桃花にその事を問いただしたが、結局真実はわからなかった。そもそも聡には桃花が聡に対して隙を作る明確な理由が思い浮かばないのだから無理もない。全ては桃花の手の中であるのだ。


そんなことよりも、これからどうしようかと聡は悩んだ。どのみち聡が桃花のふりをして沖縄に行くことは決まった。問題はその時の桃花の魂をどうするかだ。桃花には綾の体の貸出を要求されているが、聡としてはそれは避けたいことである。綾の体を桃花に渡すということは狼に羊の番を頼むようなもので、無事に返ってくる保証がない。それに兄妹である以上一つ同じ屋根の下で暮らす訳であって色々問題だ。しかし現実的に考えて他に方法はない。聡は2つの体を操るのに1ヶ月間かかった。このまま桃花の体を含めた3つの体を操るのは現実的に考えて不可能である。聡は考えたが特にいい案は浮かばなかった。


そんな時、


「綾の番だよ」


これからのことを考えていて目の前のことに気が付かなくなっていた。雫はこちらの様子を伺っている。既に勝ちを核心してるようで、どこか余裕のあるように思えた。聡はその笑顔を壊すのが少し忍びなく感じた。


「そうですね。ではこれで」


「よしならこれで……」


「ではこうします」


「あれ?」


「雫先輩。確かに隙を作って角を取られたことには驚きましたが、オセロは角を取られても勝てるゲームです。雫先輩はもともと隙が多いですから、無理に作らなくてもいいですよ」


「そんな~また負けた」


「お疲れ様でした」


これで対戦成績は21勝0敗また更新してしまった。いくら見ても盤の上の結果は変わらない。ただ今回は雫の初めて取った白の石が角に置かれている。それが雫の成長である。


「綾なんか考えごとしてる?」


「そう見えましたか?」


「うん」


雫は意外とこちらを見ていた。もしかしたら隙を作っていたのはこちらかもしれない。その目は心配そうに慈愛に溢れた目をしていた。聡の今の葛藤を雫に話しても問題は解決しないだろう。しかし、自分を心配してくれている人がいるという事実は聡にとって大きな心の支えとなっている。


「困ったら頼っていいから……先輩なので」


「ありがとうございます」


「私みんなのことが好きだから。この場所も」


「そうですね。やっぱりすきは大事なことですね」


綾はそう言って笑った。

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