桃花のお願い
綾の体を貸して欲しい。桃花は聡にそう言った。
あまりにも修学旅行に行きたくない桃花の言い分は綾の体を私に貸して君が私の体で代わりに修学旅行に行ってくれということだった。何を無茶苦茶なことを言っているのかと思う人がいるかもしれないが黒猫という存在がある以上それは事実上可能になる。だからと言って素直に受ける訳にはいかない。当然聡はその要望を却下した。
「嫌ですよ。何で僕にそんなことをやらせるんですか?そもそも部長に綾の体は絶対に貸しませんからね。人を都合のいいタッパーみたいに扱わないで下さい」
聡はキッパリとそう言いきった。その答えに桃花は聡に救いを求めるように食い下がった。
「きっ君はいいのか?ここが無くなっても。それに少しぐらい私のわがままを聞いてくれてもいいじゃないか!」
「少し?部長のわがままを挙げたら切りがないですよ。一応何だかんだで部長には助けてもらってますが、今回は事が大き過ぎます」
「ワン・フォー・オール。オール・フォー・ワンの精神だ。何事も助け合いだ!」
「それ意味違いますからね。部長のは嫌なことを後輩に押し付けてるだけですからね」
「くっこうなったら雫にでも……」
「それだけはダメです。部長正気ですか?」
以前桃花先輩は雫の体を使ってやらかしている。その結果、普段はおとなしい雫を怒らせる羽目になった。雫はお人好しな性格しているため今回も代わってくれるかもしれないが問題はその後だ。はっきり言ってしまえば雫に桃花先輩の役をこなすのは不可能である。普段目立つことのない雫が桃花先輩の代わりをするのは教習を受けてない子供がいきなり公道で運転するような自殺行為である。聡にはあわてふためく雫の様子が容易に想像できた。
「苦肉の策だ。私も使いたくはない。だが、それ以上に私は飛行機に乗りたくない!」
それは決意に近いものがあった。
「部長!仮の話ですけど、もし僕が部長の代わりに沖縄にいくとして部長はそれでいいんですか?」
「何だ!代わってくれるのか?」
「仮って言ったでしょ」
「ふん。君は何が心配何だね。君なら今までだって綾のふりをして過ごせてきたんだ。他人のふりをするのは得意だろう。それに以前君の手帳を見せてもらった時も、2人の行動内容が細かくメモされていた。君ならこの殺人的なスケジュールでも何とかこなせるだろう」
「いえ、そういう意味ではないんですが……」
「何だ?君なら女性の体でもなんなく生活できるだろ。お金の事が心配か?私はそんなケチ臭い女ではないぞ。わざわざ代役をしてもらってるんだ財布の中身ぐらい好きに使っていいぞ」
「いや、だから部長は僕に体を貸して大丈夫なんですか?その恥ずかしくないんですか?」
聡がそういうと、何かに気づいたように桃花の顔が赤くなっていった。それを見た聡の顔も同じように紅潮した。
「君は今何を考えた!!」
「それはこっちの台詞です!そもそも綾は家族だからまだ抵抗なくいられるだけで、部長の体使うのはこっちだって恥ずかしいんですからね」
「つまり私たちも家族になればいいんだな。必用なものは何だ!婚姻届とそれから……」
あまりにもテンパり過ぎて桃花の思考も冷静ではなかった。そしてまた黙り混んでしまった。
「部長、その言って恥ずかしくなるなら始めから言わないで下さい」
「聡君……君は目の前に1人が乗った船と100人が乗った船があったとしてどっちを助ける?もちろんどちらかしか助けられない事が前提だが」
「なんですか急に、そりゃ合理性を考えれば100人の方でしょうけど、1人の方が綾ならそっちに行くと思います」
「そうか……君はそう人間なんだな」
「今の質問意味ありましたか?」
「いや、私も同じように考えているかな。今回の私の恥部を100人に知れわたるぐらいなら君1人に知られる方がましだ!!」
「質問全然関係なかったでしょ!それに知れわたる恥部の大きさが富士山とエベレストぐらい違いますからね」
「そうなったら責任をとって私が君をもらってやる!!」
「おい、誰かこの人を止めてくれ~」
こうして聡と桃花の押し問答はかれこれ1時間ぐらい続いた。そうしてやっと一段落した。
「私だってわかってるんだ。君たちに迷惑かけていることも本来私がやらないといけないことも。仕方ない機内で嘔吐、最悪気絶して失禁するかもしれないが私が行こう」
「僕が行きます!」
聡はそう宣言した。
今回の修学旅行を成功させる前に前提条件が1つある。もちろん桃花が無事に任務を遂行出来ればいいがそのためにも桃花の名声を下げることは絶対にあってはならない。もともと桃花は本性を隠してイメージだけで吊り上げられている存在なのだ。ただ飛行機が苦手なだけなら許されたが、そこに嘔吐やましてや失禁などの不祥事があれば神宮寺桃花というブランドに傷がつき撮影会どころの話ではない。今の時代ネットやSNSで事実は直ぐに拡散されてしまう。そうなればこの部の解体など火を見るより明らかなことだ。
今回聡の誤算は桃花の飛行機の苦手の程度を測りかねたことにある。どうやら桃花のそれは聡が思ってた以上に深刻なもののようだった。
「いいのか本当に!やはり私の体が目当てか?」
「違いますからね。そもそも始めから僕を行かせる気だったんでしょ!どこからが計算だったんですか?」
「そうだな。私が飛行機が乗れないところからかな?」
「えっ?」
「冗談だ」
そういえば雫は桃花先輩の落ち込みように対して修学旅行が近いからとしか言ってない。そこから先の飛行機うんたらかんたらは全て僕の推測でしかない。聡はハッと気がついた。
「おい、まさか本当は飛行機に乗れるけどその後の撮影会が面倒くさくて全て僕に押し付けようとしてるわけじゃないですね?」
「いや違うぞ!なんなら一緒に飛行機に乗りに行くか?君の膝から下を汚すことになるかもしれないがな」
桃花は必死にそう反論した。こればかりは確認しようにも確認できない。いや、したくない。こうなってしまっては真実は闇の中だ。仕方なく聡は折れることにした。
「もういいですよ。今回のことは貸しにしておきます」
「そうか?なら私もその貸しを直ぐに返すとしよう。私に相談があるんだろう?」
桃花はいつものような笑みを浮かべながらそう言い放った。




