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1人2役、ではなく1人2者  作者: 秋ルル
本編
39/71

水族館4

聡は入ったカフェでしばらく美穂と談笑した。話してみればなんてことはない美穂も普通の女の子なのだ。そこで聡は何気なくこんなことを言ってしまった。


「森さん、キーホルダーが欲しいだけならわざわざ恋人のふりをしなくてもいいですよ」


「えっどういう意味ですか?」


「キーホルダーだけが目的なら僕が手に入れてきますよ。だから森さんはこのまま1人で過ごしていただいて結構です」


実はキーホルダーを手に入れるだけならわざわざ聡は美穂とカップルのふりをする必要はないのである。何故ならここには綾がいるのだ。幸いここに2人が兄妹であることを知っている職員はいない。むしろ自分自身である以上綾との方が違和感なくカップルを演じることができる。聡にもその自信があった。


しかし、美穂の反応は聡の予想するものではなかった。美穂の持っていたコーヒーカップは小刻みに振動していた。美穂は完全に虚を突かれた様子だった。


「嫌や」

そう小さく呟いた。


「どうかしましたか?」

聡は意地悪くそう聞き返した。美穂の返事が聞こえなかったわけではない。しかし、聡にはどうしても確認しておきたいことがあった。


「その、私ったら……ごめんなさい」

美穂は明らかに動揺していた。それは聡の言葉にというより、美穂自信が放った言葉にだった。


私が楽しみにしていたのは本当にキーホルダーを手に入れることだったのか?ならなぜ自分はこんなにも悲しい気持ちを抱いているのか?わからない。もうなにもわからない。


そうして美穂はその場から逃げ出してしまった。その姿は恥も外聞もない。泣いていたかもしれない。とにかく美穂はこの場から立ち去りたかった。呆然する店員をよそに美穂は店の外へ出ていった。


「さてと」

美穂が出ていったというのに聡には慌てた様子はなかった。聡はウェイトレスを呼ぶと会計を済ませた。そして少し話すとある場所に向かった。それはもちろん。


「いつから僕たちをつけていたんですか部長」


「逆に聞こう君はいつから私たちに気がついていた?」


尾行がばれていたというのに相変わらず桃花はふてぶてしい態度をとっていた。桃花は優雅にと紅茶を飲んでいた。その姿はやはり様になっていた。その横で雫はちょうど2杯目のパフェに手を出そうとしたところだ。雫はこちらに気づくとにこっと笑いかけそのまま、マイペースにパフェを食べ始めるのだった。


聡はことの真相を桃花に話した。桃花は少し考えたがやがて府に落ちた様子だった。


「なるほどな、つまり私たちはの行動は始めから筒抜けだったわけか」


桃花はそういう言って笑っていた。全てばれていたというのに相変わらずこの先輩はと聡は思った。そしてもちろんそもそもなぜここに来たのかを問いただした。その事については桃花は全てを話した。


「人の書いた手紙を盗み見るとはいったい何がしたいんですか?」


それは最早、怒りというより呆れ果てたものだと思った。普通人の手紙の中を盗み見るということを思い付いてもやるだろうか?法的にはどうかと思うがその姿はまさに探偵のそれだった。実際、聡も綾をつれていなかったら今回の尾行に気づけてはいなかっただろう。相変わらず末恐ろしい先輩である。


「いやなに、悪いとは思っている。本来であれば君の恋愛事情に口を出すつもりはない。ただ……」


「ただ、なんです?」


「君も私の前からいなくなってしまう気がしたのだよ」


そう言った桃花の目はどこか遠くを見ていた気がした。()()という言葉には少し引っ掛かった。そもそも自分はこの神宮寺桃花という女性をまだ詳しく知らない。しかし、それは気軽に聞いていいものではない気がした。また、聡にもそれ以上踏み込む覚悟はなかった。


沈黙が続いたかと思うと唐突に雫がこんな質問をしてきた。


「桃花は聡のことが好きなの?」


雫の何気ない質問に顔を赤くした人が少なくともこの場に2人いた。男女が互いに意識し合うと言うのはいったいいつから始まるのだろうか?意外とこういった何気ない一言から始まるのかもしれない。聡は桃花の顔を見ることができなかった。いや、自分の顔を見られたくはなかった。


「ち、違うぞ雫!そのただせっかく見つけた実験体を誰かに取られたくないだけだ」


桃花はそう言い放った。が、さすがの桃花もとっさの質問にしどろもどろになっていた。


「実験体ですか……」


聡は少し残念がる自分とどこかで安心している自分がいることに気づいた。少なくとも明確な好意を向けられているよりましな気がした。


「そうだ。君は私の実験体だ、まぁ大切な後輩でもあるわけだが……とにかく、どこも誰とも知らん女に取られたくなかっただけだ」


これはむしろ告白ではないのかと聡は思った。桃花も言い終わってから、気づいたのであろう。少しばつが悪そうにした。


「そうなの?私は聡のこと好きだよ♪」


雫はパフェを食べながらそう言った。そして聡や桃花がその真意を問いただす間もなく。


「桃花も綾もみんなみんな大好きだよ♥」

と続けた。


その言葉に聡と桃花は揃って笑いだした。やはり雫は天使だった。その顔にしっかりとクリームがついているところを見るとどうしても年下に見えてしまう。桃花先輩は黙ってその口の回りを吹いて上げていた。


恋愛、先輩と後輩、同級生。別にそれらを今この場でどれかと決める必要はない。少なくとも今の関係を壊したくはない。時間が全てを解決してくれるわけではないが、その事に悩むのはもっと先でいい。桃花先輩もおそらく同じ事を思っているだろう。聡はそう考えた。


「居なくなりませんよ、あの場所は僕にとっても居心地がいい場所ですから」


自分のことはこれから考えよう。少なくとも先に綾の体を見つけなければならないという気持ちの方が今は強かった。


「そうか、それなら安心した」


桃花先輩はどこか安心した様子だった。その姿に改めて彼女が美少女であることを再確認した。油断すれば自分の決意などあっさり崩壊するだろうと聡は思った。


「これから、どうするんですか?」


まさかこのまま尾行するとは思わないが、聡は一応確認しておいた。


「今日は元々雫とのデートの約束だ。ちゃんとイルカショーを見てから帰るさ、そんなことより君は森という女を追わなくていいのか?」


「その点は大丈夫です」


桃花は少し考えた。元々聡より推理力は高いのだ。やがてある結論を導きだした。


「あまり、関心した方法ではないな、君はもっと女心を学ぶべきだ」


「こんな体質ですからその手のことはきちんとしておきたいです。それに人の手紙を盗み見る人に言われたくありません」


「聡君、野暮なこと聞くようだか君は……君はその体で女性と付き合えるのか?」


桃花のそれはストレートな質問だった。そもそも聡の場合恋愛したい、したくないの話ではなく出来るか、出来ないかの話である。それは自分と綾の2つの体のがある物理的な問題でもあり、2つの体を持つがゆえに生まれてしまう感覚の違い等の精神的なものでもある。そしてなりより、相手の女性がそれを受けてくれるのかというのが大きい。


そう考えるとそもそも恋愛なんてしない方がいい。聡はこれまで綾の体の時、何人かの男性から告白されたことがある。もちろんそれらは全て断った。しかし、感覚が綾である以上相手が男性たがら断ったわけではない。単純にこの体が自分のものでないから断っただけだ。そして断ると意外にもショックを受けるのものである。あまり深くは考えないようにしていたが中には好きな人がいたのかもしれない。


聡として恋愛してこなかったのはただ単にモテなかったという寂しい理由である。逆にそのお陰でこれまでその手のことを考えずにすんでいた。そして自分のことになると綾の時とは違い疎いのである。


「どうでしょうか?、僕にもわかりません。でもその場合は僕の秘密も明かすことになるでしょう」


「そんな、奇特な女がこの世にいるかな?」


「まぁどうでしょうね、気味悪がれてしまってそれまでかもしれませんね。でも部長のような変人もいるです。世の中は広いですよ」


「どう言う意味だ!」


そう桃花は怒ったがもちろん本気ではない。自分の秘密を隠すことなく話せるという意味では桃花先輩と雫の存在は聡にとっても大きいものである。


2人の会話の間も雫は黙々とパフェを食べていた。そして最後のコーンフレークの部分まで食べ終わった雫はご満悦な様子だった。そしてやはり、にこにこしながらこう言うのである。


「大丈夫だよ、きっと綾もすぐに見つかるよ」


「ありがとう雫」


「先輩をつけるのー」


そうだ。結局そこに戻るのだ。それまではこの居心地のいい空間でくつろいでいてもいいじゃないか。聡はそう思った。



「どうして、私は逃げてしまったのだろう」


美穂は1人考えていた。美穂はとっさに店を出てしまったもののどうしていいかわからず、再び店の前に戻ってきていた。不幸にも外から中の様子は伺えない。といって再び中に入るには勇気がない。結局入口付近でうろうろしているしかなかった。


「コーヒーのお金、払ってなかったな」

美穂はそんなことを考えていた。


私はどうして逃げたのか?私は今日のデートそのものを楽しみにしていたのか?少なくとも手紙を出した段階では否だった。しかし、出した後で今日の日のことしか考えられなくなっていた。そもそも手紙なんて出さなければよかった。素直に情報を渡せばよかった。美穂は後悔し始めた。


そんな時だった。美穂は見知らぬ女性に話しかけられた。


「すいません。少しよろしいですか?」


「あの、どちら様ですか?」


「はじめまして…ではないですよね、相沢聡の妹の相沢綾です」


その顔には見覚えがあった。自分の記事の被害者の1人だ。


「その、その節はすいませんでした!」


そういえばまだ、直接話したことはない。美穂はただ謝ることしかできなかった。


「いえ、別に私は怒ってないですよ。兄から聞きました。私の助けた女の子を捜してくれていると」


「それは、その通りですけど……どうして、相沢さんがここにいるのでしょうか?」


美穂はその事が不思議で仕方なかった。まさか、自分に復讐しに来たのだろうか?もしそうなら悪いのはこちらなのだ、逆らうことはできない。


そう思っていた美穂に綾は意外な一言を言った。


「兄をストーカーしてきました」


ストーカー?なぜ妹さんがそんなことを?美穂の考えはまとまらなかった。するとはいきなり名前を呼ばれた。


「森先輩」


「はい」


「単刀直入に聞きますが、先輩は兄のことが好きなんですか?」


すき、スキ、好き。美穂は綾のその言葉だけでパニックになってしまった。


「どっどっど、どうしてそう思ったんですか!?」


「私が知る限り、兄を休日にデートに誘い出したのはあなたが初めてです」


「デ、デートじゃありません。私はただ、その頼みごとがしたかっただけです」


男女が休日に2人で水族館に往くことをデートと呼ばすしてなんと呼ぶか?といっても上手な言い訳があるわけでもないので、美穂はそう誤魔化すしかなかった。


「そうなんですか、じゃあどうして先輩は泣いているんですか?兄にその頼みごとを断られましたか?」


「いえ、これはちがくて……どうして私……泣いてなんか……」


美穂はその時初めて自分がどこか傷ついていたことを自覚した。やはりショックだったのだろうか?相沢さんのことが好きなのか?


「先輩。私は別に先輩と兄の仲を裂こうとしているわけではないんです。ただ妹として知っておきたいんです」


「そのこの気持ちは私にもわからないんですー」


そこか美穂は長い1人話を始めた。


「私は依然、あなた方に迷惑をかけました。だからこの人捜しもその謝罪の意味を込めて始めました。だけど、その女の子に関する情報はなかなか集まりませんでした。来る日も来る日も情報を集めて、元々私が悪いのはわかっていますが、自分が何をしているのかわからなくなりました。そこで私はこの仕事を相川さんのためにやっているのだと自分に言い聞かせました。そうしているとつらい日々も耐えられました。この気持ちが恋なのか愛なのかは私にはわかりません」


つり橋効果というものがある。それは高所にいることによる恐怖心からくる心臓の高鳴りを恋愛のものと勘違いすることだ。美穂のそれも思い込みに近いものがある。つらかった日々を聡のためだと自分に言い聞かせることによってそれを乗り越えてきたのだ。そのせいか美穂は少なからず特殊な感情を抱いている。それが恋なのかただの勘違いなのかは美穂自信にもわからないのだ。


その話を全て聞いて綾は言った。


「それでいいんじゃいですか。そんな気持ちなんて白だか黒だかはっきりさせる方がおかしいですよ」


「でも、私は……」


「先輩、男女が1日デートしたからってそれがイコール付き合わなくてはいけないわけではないですよ。やっぱり違うと感じればそれで終わりです。だから今日くらい自分に自由になってはどうですか?」


「でも私はもう……」


もう、それも終わったことなのだと美穂は思った。今回の疑似デートは本来そのためのものだった。今まで散々自分をそうでないと偽ってきたが、とうとう綻びか生まれてしまった。始めからそう伝えていればこのようなことにはならなかったかもしれない。ただ、そうは出来なかった。「あなたのこと好きかもしれないから1日私と付き合ってよ」なんて直接言える人はどのくらいいるだろうか?あの手紙を出すことが美穂が出せる精一杯だった。そして聡にも嘘をついた。全ては自業自得なのだ。


「大丈夫ですよ。私の兄はそんなことを気にする人でもないですから」


綾はそう言ってスマホを取り出した。そして少し会話をすると、手でOKマークを出した。


自分は深く考え過ぎていたのだろうか?美穂が必死に悩んでいることを綾はものの数分で解決した。


「お兄さんのこと詳しいんですね」


「それはもう長い付き合いですから」


「やっぱり兄妹だからですか、あなたたちは似ていますね」


「そうですかね」



数分後聡は再び美穂の前に現れた。その姿はどこか申し訳なさそうだった。


「先程はすいませんでした。無神経なことを言ってしまって」


「いえ、あれはこちらも悪いのです。相沢さんこの際はっきり言います。今日一日だけ私とデートして下さい」


「それはキーホルダーのためですか?」


「いいえ、私のためです」


美穂ははっきりそう言い切った。その表情に以前のような迷いはなかった。

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