水族館3
その日水族館にはその場に似つかわしくない人物がいた。それが綾だ。
綾の格好は初夏を思わせる夏日なのにもかかわらず、長袖の服を着用しており、マスク、帽子、サングラスといった顔を隠せる道具をすべて身に着けていた。誰かの尾行でもするつもりなのか水族館という場所においてはかえって怪しい格好になってしまった。
聡が綾の体をそこに連れてきたのにはもちろん理由があった。一言で言ってしまえば監視だ。何事ももなければいいのだが、今までそうであったためしがない。男女が休日に水族館で会うなど周りから見ればデートに他ならない。特に先日の一件以来、聡はその手のことには敏感だ。ことに聡の学校は噂の広まる速さが尋常ではない。もし、誰かに美穂と2人出会うところを見られたら次は何をされるかわからない。そして今最悪のタイミングで最悪な人を見つけてしまったのだ。
「偶然ってことはないですよね?」
綾の目には雫と桃花先輩の姿は映っていた。
そしてそのことはもちろん美穂と一緒にいる聡の本体にも伝わる。そして聡は考えた。
桃花先輩がこの場にいるということはそれはもう偶然ではない。どこでばれたのか?それ今問題ではない。人のメールアドレスを特定して大量の脅迫メールを送るような人だ、森さんのガードなど簡単に破ってくるだろう。幸い綾の存在は知られていないだろう。それなら向こうはこちらが気付いていることに気付いていない。では、どのような手を打てばいいのだろう?
聡はとっさに美穂の手を引くと館内備え付きのカフェテリアに連れて行った。
「どうしたんですか?急に入り口はそっちじゃないですよ?」
「すいません、作戦会議です」
不思議がる美穂をよそに聡は身の中に連れて行った。水族館に来たというのに肝心の魚はまだ一匹も見ていない。しかしこれは桃花先輩側がどう行動するかの確認作業だ。水族館とはその構造上一度通路に入ってしまえばその後は一般的には一本道だ。その点、動物園と違い尾行というのはしづらい。相手と常に一定の距離を保ちつつ、見通しの悪い通路を追いかけなくてはいけないからだ。
ここで先に行ってくれればいいんだけどな。聡はそんなことを考えていた。
「どうしたんですか?まだ、お昼には早いと思います」
急に中に連れてきたけど森さんには森さんで確認したいことがある。聡はその口を開いた。
「森さん…その僕たちまだ、お互いのことよく知らないじゃないですか。一旦ここで少し話しませんか?そうしないととてもこの先やっていける気がしません」
「そうですか、そうですよね。私ったらなんか一人で舞い上がっちゃってバカみたい」
「単刀直入に聞きます。どうして僕を誘ってきたですか?」
聡のその表情は真剣だった。美穂は一瞬ためらたがとっさに、
「それはイベントの景品が……」
「答えになってません。それなら僕でなくてもいいことです。誰か適当な部活メンバーを連れて行けばよかったのでは?確か新聞部でしたよね?」
それが決定打だった。美穂の顔が徐々に曇っていくのがわかった。
その時ウェイトレスの人が注文を受け付けに来た。聡は取り合えずコーヒーを2人分注文した。
やがて美穂はその重たい口を開いた。
「……から、そんな人いないから」
それが答えだった。そう単純に美穂には友達がいないのだ。おそらく彼女はこのイベントを知ったとき迷ったのだろう。そして声のかけれる男子が自分しかいなかったのだ。
「すいません」
「別に相沢さんが謝ることではありません、その友達がいないのは私の責任ですから…私、部室でも浮いてるんです。こんな性格ですから友達もできません。あの記事を書いたのもただ目立ちたかったからなんです。本来私は無償で情報を渡すべきでした。でも、今回のイベントを知って強引に相沢さんを連れ出してしまいました。ごめんなさい。」
きっと彼女には彼女なりの葛藤があったのだろう。そして勇気を出して書いたのがあの手紙だ。聡も別に美穂に付き合わされるのが嫌だったわけではない。ただその理由が知りたかったのだ。そして、それが知れた今少し親しくなれた気がした。主に友達がいない者同士として。
「その…迷惑だったでしょうか?彼女さんとか……」
「いえ、僕にもそんな人いませんから」
聡はそう言い切った。
2人からちょうど死角となっている席に彼女はいた。そう桃花は2人の会話をすべて聞いていた。桃花たちも2人が入店後に時間を見計らって入店していたのだ。
「いちごパフェください。後、チョコレートパフェもください」
「雫、もう少し静かにな、向こうに気付かれる」
「ごねんなさい」
そう言って雫は注文した2つのパフェを今か今かと待ちわびていた。
「そんなすぐには来ないだろうに」
といっても雫の顔も見ていると落ち着いている自分がいた。いつもそこには偽りのない笑顔があるのだ。
「桃花先輩もやっぱり入ってきたか―これは完全につけられてますね」
監視役、綾の目は誤魔化すことはできないのである。




