喪失
「おはよう彩ちゃん」
「おはよう友里ちゃん」
清水彩は今日も元気に登校する。そうそれは今も昔も変わりないことだ。少し変わったことといったら、以前とは違い友達が側にいることだろう。
彩はあやとの約束を守り、頑張って友達を作る努力をした。今まで話しかけ来てくれた子に無視していたことを謝り、友達になって下さいと頼んだりもした。初めは戸惑っていたクラスのみんなも次第に打ち解けていき初めのころが嘘のように仲良くなった。
この事についてあやは直接的な手助けは一切行わなかった。綾がどんなに恥ずかしくて無理だと言ってもあやは冷静に。
(それでいいんですか?もっと相手のことを思いやって……)
(無理よ……そんなにいうならあんたがやってみなさいよ)
(いいんですか?そんなことをしても?)
(どういう意味よ?)
(だってそうしたら友里ちゃんは彩さんの友達じゃなくて私の友達になってしまいますよ。今後も友里ちゃんと話すたびに私と入れ替わるんですか?)
(……わかってるわよ。ちょっと言ってみただけじゃない!)
そうやって彩は少しずつ友達を作っていったのだ。あやもそんな彩の姿をずっと見守っていた。
そんなある日のことだった。
この日は彩の苦手な体育のある日であり、彩は朝からうんざりしていた。体育のある日はいつも気がのらない。彩は運動は苦手なのだ。
(もう。なんで体育のなんて必用なのよ。あんなの頭の悪い男子しか喜ばないじゃない)
(そんなことはないですよ。私も体を動かすの好きですし、彩さんは少し動かなさすぎです)
(そんなことをあんたに言われたくないわよ。言われなくたってわかってるよ。じゃあ、代わってよ)
(彩さん!)
(わかってるわよ。もういちいちうるさいのよ)
彩は最近あやとの体の交代をしていない。昔は彩の都合でその都度代わっていたが、あやがそれを望まなくなった。彩はそんなことを気にしないのだが、あやが望まない以上無理強いはしなかった。あやはもっぱら会話しかしなくなった。
それでも彩にとってあやが特別な存在であることに変わりはなかった。体の交代する機会は減ったが、代わりに会話する時間は長くなっていった。綾が真面目に学校へ行き、友達を作ったのだってあやの功績も大きい。
3限目の体育の時間はサッカーだった。どうして小学校というのは男女で同じことをさせるのか?男子はボールを追いかけ走って蹴ってとても楽しそうだが、女子はいつだって最低限しかしたくない。少なくとも私はそうだ。もう早く時間が過ぎればいいのに。
彩はこの日も最低限の動きで他のこの邪魔にならない程度のプレーをしていた。走るのも嫌いだし、ボールなんて蹴ったところで前に飛ばない彩にとっては本当に苦痛な時間だった。そんな時、事件は唐突に起きた。
「彩ちゃん危ない」
友里ちゃんの声に反応したときにはもう遅かった。男子の蹴ったボールは彩の頭に当たり、彩はバランスを崩してそのまま倒れこんでしまった。
ここはどこだろうか?綾が目を覚ました場所に見覚えはなかった。少なくとも今までグランドでサッカーをしていたはずなのに起きた場所は郊外の風景だった。初めてみる風景のはずなのに彩はどこか懐かしさを感じた。
(あや?聞こえるあや?)
不安になってあやに尋ねてみるもあやの反応はない。
その時彩の目の前を1人の少女が横切った。その顔に見覚えはなかったが、自分よりは大きな人だったので中学生?もしくは高校生かなと思った。彩がその少女の走っていった方に目を向けるとその少女はちょうど道に出てた女の子を追っていたところであった。そしてその先の女の子の姿には見覚えがあった。
あれは私?彩は確かにそこに自分の姿を見た。今走りさっていった少女は私に向かっていた。その時、2人横から車が走ってくるのが見えた。ぶつかるそう思った時には体より先に声が出ていた。
「危ない!」
彩がそう叫んだ時、目が覚めた。あれ?ここはベッドの上?彩が目を覚ました場所は保健室のベッドの上だった。おそらくあの後ここまで運ばれて来たのだろう。そうしているとカーテンが開き人の顔が見えた。
「おや、目が覚めましたか、今病院に連絡していたところです。おそらく大丈夫だと思いますが、頭のことなので一応検査してもらわないと。親御さんにも連絡しておきましたから、ゆっくり待っていてください」
保健室の養護教諭の渡辺先生はそう言ってその場を後にした。私はどうやら気を失っていたらしい。サッカーの最中にボールに当たって倒れたみたいだ。先程見た光景もきっと夢にちがいない。彩はそう思った。
しかし、先程から感じるもやもやはなんだろうか?何か大事なことを忘れてしまっている気がする。それに倒れた時に地面にぶつけたのか頭がズキズキと痛い。触ってみると大きなたんこぶになっていた。
(もう、だから体育は嫌いなのよ)
いつもならあやは直ぐに出て来て私に何か話しかけてくるのにこのときは違った。あやからの返事が全くない。
(あや?)
不安になってもう一度呼び掛けてみるが返事はない。嘘でしょ?彩はとても不安になった。あやが消えてしまったのだ。それはサッカーでできたたんこぶより、彩にとって痛く苦しいものだった。
その後何度もあやのことを呼んでみたが、彩の呼び掛けにあやが返事をすることはなかった。