友達
きっかけはいつだって唐突だ。ある日道を歩いていたら車に轢かれるかもしれない。もしかしたら頭に隕石が落ちてくるかもしれない。要は物事は何事も偶発的に起きるのだ。
(彩さんはその……友達とは遊ばないんですか?)
あやの質問に彩は固まってしまった。せっかくおやつのプリンを食べていたのになにもかも台無しだ。そのくらい彩はその事について触れてほしくなかった。
彩がこの地に引っ越してからしばらくが経つ。だというのに彩には友達と呼べる存在がいなかった。
それはある日の学校での出来事。
「彩ちゃん一緒に帰ろう」
「彩ちゃん前の学校どんなとこだったの?」
「……」
「もういいよ行こ美奈ちゃん」
「うん」
「……」
休み時間、他のクラスメートに話しかけられても彩は終始無言を貫いた。始めは積極的に声をかけようとしたいたクラスメートも次第に話しかけなくなり、とうとう彩は教室で1人になってしまった。
しかし、彩はというと。
これでいいのよ。どうせ私はこのクラスにだって後1年しかいられない。だってお父さんの仕事でもう次の引っ越しが決まっているもの。それに私にはあの子がいるもの。
彩の父親は仕事の関係で転勤が多い。彩もそのせいで何回も転校させられてきた。友達も作っては別れを繰り返してきた。次第に彩の心は荒んでいった。そしてついに、こんな辛いことを繰り返すくらいなら友達なんかいらないと考えるようになってしまった。さらにそこにあやが現れた。どこにもいなくならない自分の分身のような存在。彩にとって本当に欲しかったものだ。
だが一方であやはそのことを気にしていた。彩の家庭の事情は共に暮らしているうちにだいたいのことは把握してきた。そして自分の存在が彩にとって悪影響があるのではと考え始めた。
(彩さん、やっぱり友達作りましょう)
(いいのよ、私にはあんたがいるから必要ないの!それに友達なんていつかはいなくなるものなのよ。それに比べてあやはいなくならないはだってもう1人の私なんですもの)
(その事なんですが……私もいつまでいられるかわかりませんよ)
その言葉を聞いた瞬間、彩は体に電流が走ったような衝撃を受けた。プリンを食べていたスプーンが落ちたことに気づかないほどだ。
あやがいなくなる?そんなの嘘よ!だってどこに行くところがあるっているのよ。あやは私の体がなければなにもできない。食事もお風呂も寝るときだっていつも一緒。そりゃたまにケンカしてどこかにいっちゃえと思ったときもあるけどそれは本音じゃない。私はあやのことが大好きなんだから。
(嘘よね!あやはいなくならないよね)
綾は必死にそう問いかけた。先ほどまでの余裕は今の彩にはない。あやがいなくなってしまえば自分は独りぼっちになってしまう。そんなのは嫌だ。
傍らから見ればおかしな光景に見えたかもしれない。先ほどまで呑気にプリンを食べていた女の子が突然動揺し始めたのた。それもそのはず周りにはあやの存在が見えていないからだ。そうあやは彩にしか存在が確認できない。
(いえ、今日明日にいなくなるわけではないですけど……私帰らないといけない気がするんです)
(そんな、私と一緒が嫌なの?)
(いえ、決してそういう訳ではないです。彩さんとは毎日楽しく生活させてもらってますから……ただ私、何か忘れてはいけないことを忘れている気がするんです)
(思い出さなくていい!そんなの……きっと大したことじゃないよ。だからこれからも私と暮らそうよ)
彩の提案にあやは了承するしかなかった。何か、何かきっかけさえあれば思い出せそうな気がする。しかし、今それはここにはない。それにこのまま一緒に暮らしていてもいずれ自分は要らなくなる。彩が誰かを好きになり、結婚し、子供を産んでいくという彩の人生に、やはり自分の存在は異物でしかない。たとえこのまま何も思い出せなかったとしても自分は消滅していくだろうとあやは考えていた。その時、彩の周りに誰もいないのはあまりにも可哀想だ。
(彩さん、1つ私と約束しませんか?)
(約束?)
(はい、私は彩さんのところからいなくなりません。だから彩さんは私以外の友達を作って下さい)
(そんな無理よ!それにもう私は……)
彩は既に自分のしてきた失態に気づいていた。今まで、散々周りからの誘いの声を無視してきたのだ。横柄な態度をとってしまったかもしれない。今更、どんな顔をして話しかければいいのか彩にはわからなかった。
(大丈夫です。私がついてます。一緒に友達を作りましょう)
(本当に?)
(本当です)
(じゃあ指切り)
(わかりました)
そして彩の操る右手の小指とあやの操る左手の小指による奇妙な約束が2人の間で交わされたのであった。