いい場合
「部長次お願いします」
もういいだろう。救いが欲しい。聡は心からそう思った。
「いいだろう」
そう言うと桃花はゆっくりと語り出した。
「まぁこれは昨日の実験で私自身が幽体離脱した感想だが、あの状態で長く保ってはいられないだろうよ」
「それが何か?」
それは聡も経験済みだ。実際黒猫の魔法で綾の体に乗り移ったのも一瞬の出来事だった。
「わからないのか、綾の憑依対象は少なくとも事故現場にいた誰かということになる」
「それでもあの時は野次馬もたくさんいて結局誰かわからないんじゃ」
対象が1億人から100人に変わってもたいした違いにはならない。なぜならそれだけの人数を特定することは不可能だからだ。
「馬鹿かきみは?」
桃花はそう言い放つと推理を続けた。
「野次馬ってのは事故の後しばらくしてから集まり出すものだ。少なくとも事故当時、あの場にいたのは綾と事故を起こした運転士、そして綾が庇った少女の3人だけだ」
聡は頭を金槌か何かで叩かれた衝撃を覚えた。
言われてみればその通りである。
「運転手の方とは事故後何度も話をしています。事故を起こしたことを後悔しているようでしたが、それ以外特に変わったことはなかったです」
「決まりだな」
「じゃあ」
「おそらく綾の憑依先はその少女だろうよ」
綾は生きている?その可能性が出ただけで聡は嬉しかった。
しかし、問題はここからだった。
「その少女の連絡先は?」
「分からないんです」
「どういう意味だ」
「綾の事故の時、僕が直接見ていた訳ではありませんのでここからは目撃者の証言になりますが」
「構わない続けたまえ」
「綾は確かに少女を庇って事故に会いました。目撃者が駆けつけ警察と救急に電話し綾は病院へ運ばれましたが、その時既に少女の姿はなかったとのことです」
「自分を庇った人を置きざりにして逃げたか?」
「そんな!いくら子供だからってそれはさすがに…」
もしそうならなんて薄情な子なんだだろう。綾が命懸けで救ったことは綾のしたことだからだらとやかくいうつもりはないが、いくらなんでもそれはあんまりだろう。
もしこれで綾が死んでいたら僕はその少女を一生恨んだだろう。もしかしたら自ら手をかけていたかもしれない。
しかし、桃花の推理は聡とは全く別の解答を導き出していた。
「聡君、もしかしたらそれこそが綾が乗り移った証拠じゃないか?」
「どういうことですか?」
今の推理のどこに綾が乗り移った証拠があったのだろうか?桃花には聡には見えてないものが見えているのだろうか?
「つまり、ことの真相はこうだ」
そう言いうと桃花はまた推理を続けた。
「綾は少女を庇おうとして車に引かれた。その衝撃で少女は気を失い綾の魂は少女に乗り移つった。そうして乗り移った綾が最初に見たものとはなんだと思う?」
なんだと言われても。そのとき聡ははっとした。
そして恐る恐る口にする。
「綾自身の死体」
正確にいえば綾の体はまだ死んではいなかったのだが、あの状況では勘違いしても仕方ないだろう。
「相当ショックだっただろう。少なくともその場から逃げ出すほどにな」
それが少女がその場から姿を消した真相だった。少女が罪を怖れて逃げたのではない。綾がショックのあまり逃走したのだ。
「そうだとすると綾は?」
「ああ、まだ生きている可能性がある。庇った少女の体に寄生しながらだがな」
さすが神宮寺桃花である。推理とはいえ、これこそが真相だと聡は疑わなかった。
「探しましょう」
「誰をだ?」
「その少女ですよ」
「どうやって?」
「それは…」
名前も顔も分からない少女である。そもそも、そこの土地の人かすら分からない。もし親戚の家に遊びに来たとなれば日本全国、下手をすれば海外に住んでいるかもしれない。
「結局、我々は待つしかできないようだな、綾が自力で帰ってくることを」
桃花は静かに部屋から出ていった。