テスト
次の日
聡は普段と同じように授業を受けていた。桃花の策略によって半ば強引に部に入部させられてしまったが
昨日の実験で得られたこともある。
それは綾の魂が別の誰かの体に移った可能性だ。昨日確かに桃花先輩の魂は雫の体に乗り移った。それでいて雫の魂も消えていたわけではない。
「綾、お前は今どうしているんだ?」
そんな独り言が聡の口から漏れた。
4限目のことだった。
「先日の英語のテスト返すぞ、順番に取りに来い。後、赤点のやつは来週追試を行うから勉強しておけ」
なんてことはない。ただ普通のテスト返しである。聡は元々頭はいいので何の問題もないことだが…
「うっそ綾?そんなに頭よかったけ?」
「本当どうしちゃったの?」
綾の回りにはいつもの女子グループが集まっていた。その中心にいる綾の手には94点のテストが握られていた。
テスト
聡がこの体になってから失敗したことの1つにテストがあげられる。それはただ赤点をとってしまったということではない。聡と綾2人の点数がまったく同じになってしまったことだ。点数が同じだけならまだよかった。あろうことか正答、不答、文章問題の答えにいたるまで全く同じ解答をしてしまったということだ。当然カンニングを疑われたが、一緒に勉強していただとか兄妹だから似るんですねーとごまかした。
体が2人分あるのだから聡のテストのうちに綾が外で答えをみれば完璧なカンニングである。しかし2人は同じクラスでテストを受けるのも同じ時間だ。断じてカンニングではない。
綾は元々頭は良くない。適当にやって誤魔化すこともできたが、自分のせいで綾の成績が下げられることも嫌だった。その妥協案で出したのが今回の答えである。
余談だが、当然聡は100点である。
「おかしいよね綾、小中一緒だったけどそんなにできるこじゃなかったよね?」
「そうそうそれに記憶失っているはずなのになんで勉強はできるの?」
「お願い綾、勉強教えて私赤点なの」
みんなが不思議に思うのも当然である。何せ中身が違うのだからあたりまえだ。しかしそんなこと誰1人疑うことは無いだろう。そんな時の綾の決まり文句がこれだ。
「お兄ちゃんに教えてもらってるから」
普段は目立つことはない聡だかこういう時はしたり顔である。
「それじゃあさー今度勉強会してくれないかなーアイツも一緒でいいから、私このままだとまずいの」
と提案したのは望だった。
「私もお願いしたいな」
「私も」
大山望は綾の友達である。正確には綾と聡2人の幼なじみだ。望は綾と仲がよく、聡は綾を記憶喪失だと偽ったが、綾と再び友達になろうと提案してきたのは望の方だった。しかし聡とは中学に入ったあたりから口を聞いていない。とても気まずい間柄だ。綾の体裁も守るためなら一も二もなくOKしなければならないのだか、聡の心情的には断りたかった。そこには秘密がばれることを恐れたこともあったが思春期特有の気恥ずかしさもあった。
そこで。
「ちょっと待って、後でお兄ちゃんに聞いてみる」
これでいい。後で聡の都合がつかなかったと言い訳すれば、綾の面子は保たれる。
しかし、望は意外な行動に出た。
「いいよ、自分で聞いてみるから」
えっ…
「聡、ちょっと時間ある」
4限目の授業の終わり、周りは昼食のため弁当を取り出したり、購買や学食へ行ったりするそんなときだった。望が聡に話しかけるのは実に2年ぶりになる。
「なんだよ、急にいきなりだな」
聡もまさか、話かけられるとは思っていなかった。だが、望の話す内容は綾とのやり取りでわかっている。テストのできが悪かったのだ。そのため望は勉強会を開こうとしている。頼みというのは概ねその指導役のことだろう。
「望が、僕に話しかけてくるなんてめずらしいね」
聡はあくまで気づいていないふりをした。
「ここじゃなんだからちょっと席を外してくれない」
たかが指導役を頼むにしては少し大げさではないだろうか?しかし、わさわざ向こうから話しかけてくれたのだ。聡は望のいうことに従うことにした。
望に連れられ着いた場所は校舎の渡り廊下。まるで相手を呼び出して告白するようなシチュエーションだ。ただそんな事ではないことを聡はよく知っていた。
望は辺りに誰もいないことを確認するとゆっくりと口を開いた。
「綾のことなんだけと」
「えっ」
それは聡が予想にもしてなかった言葉だった。
「聡…あのこ変わっちゃったのね」
「それは記憶が…」
「そうじゃない!!」
望は突然怒鳴り出した。それは今まで聡が見たことの顔だった。
「そうじゃないのよ」
そう言うと望はゆっくり語り出した。
「最初、綾が記憶喪失だって聞いたときすごくショックだった。私との思い出も全て忘れてしまったんだなって、でも綾が忘れたのは私との思い出だけじゃない!!
以前のあのこは誰にでも優しかったし、誰とでも仲良くやっていた。そして何より他人の心にドンドン入って来るこだった。そりゃデリカシーがないって言えばそれまでだけど私もそんな綾が大好きだった。今の綾は表面を取り繕っているだけで以前のように心から話してくれない。なんかこう他人の心に入ってこない。ねぇ聡?記憶をなくすって性格も何もかもなくなっちゃうってことなのかな?」
聡は衝撃を受けた。
上手くやっているつもりだった。少なくとも高校から付き合い出したやつにはばれてないつもりだった。しかし望には、幼なじみの大山望は一切通じていなかった。
望の言うとおり依然の綾を演じてみようか?そうすれば騙し通せるのではないだろうか?しかし、聡はそうはしなかった。
「綾が依然の綾でないことは僕も気づいている。きっと綾は必死なのだろう。自分自身を忘れている綾が一番辛いはずなんだ。それに記憶ってのはいつか戻るかもしれない。僕はその日が来るまでできることはなんでもするよ」
完璧に綾のふりをしたところで必ずどこかに綻びができてしまう。なら今のままでいるしかない。
「望もそのときまで綾の友達でいてくれ」
「馬鹿じゃないの~一生友達だっての」
望の顔はぐしゃぐしゃになりながらも笑顔だった。
「話は変わるけど英語のテストがやばかったから、今度教えてくれない?」
あんな重たい話の後にはこんなことがちっぽけに思えてきた。本当だったら断ろうとしていた。でも、もうそんな気は起きなかった。
「わかったよ。いつがいい?」