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ゆっくりと歩を進め、歩み寄った湖に映されていたものに気付いて、僕は驚愕した。


雨による視界の悪さで普段意識さえしなかったが、夜には月を綺麗に映すその湖には、下へと続く階段がゆらゆらと漂っていたんだ。


湖の水は、ある。

指先で触れたそれは、水位が正常なこと、そして湖の実体を物語っていた。

しかし、一番上の階段にも、ざらついた感覚があった。


どちらも、実体だ。


街の人が言う「橋」が橋の形でないとして、実体でない可能性も考慮していたが、なるほど、階段という橋もあるのかもしれない。


意識というものは、しばしば湖にたとえられる。

水面下、とはよく言ったものだが、哲学的には、我々が知る我々は氷山の一角らしい。

例えばこの水面から繋がる階段が続くのが深層だとしたなら、無意識的な所に、この街の橋はあるのだろうか。


思考したところで、足は一向に進まなかった。

目の前にあるのは確かに階段だ。

しかし、階段は湖の中へと続いている。

そして、湖の水はある。

誰がどう考えても、この階段を下りることは、人間としての生命の危機だろう。

人間は、酸素がなければ生きられないのだから。


僕は、ただ湖を眺め続けた。

もうじき日が暮れる。

この階段が明日あるという保証は無い。

だが、階段を降りながら窒息する最期は避けたい。


「――待てよ」


僕は、僕の心臓に手を当てた。

心音は―――無い。


揺らぎそうになる身体を保ちながら、あらゆる可能性を計算した。

行き着いた答えは、一つ。

階段を下りることだ。


お年寄りの方は、病死だったはずだ。

心電図の計器はあったが、よくよく考えてみれば、音はしていなかった――最初から。


「うっ…」


膝まで水につかったところで、怖さに襲われる。

自らの鼓動が確認できないとはいえ、目の前に迫る水面は恐怖でしかなかった。


「死は…人は、死ぬものだ。ならば、この街でわけがわからぬまま死ぬか、あるいは今ここを降りて死――」


いや違う、と頭を振って、強引に歩を進めた。

両足は重いが、まるで吸い込まれてゆくように、階下への歩みは早くなる。


顔まで水が来て、それが口に入った時。

足元にあった階段が落下した。


あるとおぼしき浮力は作用せず、湖の奥に、飛び降りるかのような軽さを伴い沈んで――…



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