5話 入学式
地球から来たことを家族にカミングアウト(?)した俺は、もうバレたしどうでもいいやと、一切遠慮せず領地(父上の)の改革を進めていく。
「「幸せファーストぉ?」」
ここは家族会議(夕飯)の場である。そこで俺はある方針を示した。
「まあ、話は聞こう。で、アーノルド『幸せファースト』とはなんだ?」
「はい、『幸せファースト』とはですねこの領地の発展のためには領民の幸せが一番と考え、領民の幸せのために行う政策のことです。単純に税率を上げればその増収分を使って領地を発展させることができるかもしれませんが、税は上がるので単純に『幸せ』とはなりませんよね。そこで必要となるのが『忖度』です!!例えば・・・」
ナガーーーーーイ俺の話をまとめると・・・
・領民の気持ちを考えた政策を進める。そのために領主に意見を言いやすいような環境を整える。
・新たな産業を興し、それで得た金で開発を行うことで、できるだけ領民の負担にならないようにする。
と言うものであった。
「うむ、でその新しい産業とはなんだ?」父上が聞いてくる。
「よく聞いてくれました。それは・・・印刷です!!」
カミングアウトしてからなんか変わったような感じがする。
「そのインサツとはなんだ?」
やっぱりね。まだ『印刷』と言う言葉はないな。
「例えばこの図書室にあった本。なかなか高いものだったでしょう。」俺は手に本を取りながら言う。
「ああ、確かにやすいものではなかったな。奴隷を使って量産をしているが高いものだったな。」
「そこでこれです。」
俺はそう言ってポケットから木片を取り出す。
「これは・・・、逆さまになった文字が彫ってあるな。」
「そうです。そしてこれを並べて・・・」
俺は作っておいた枠に木片(活字)をカチャカチャと並べてインクをつけて紙に体重をかけて押し当てる。それを何回も繰り返す。
「おお、同じものがいくつも・・・。確かにこれなら大量に本が作れるな。」
「そうです。しかしこれは初期費用がかかりますし、この木片・・・、活字も消耗品ですしもっと大量に必要です。ゆくゆくは金属で作りたいのですが、とりあえずは木製になります。なのでこの件に関しては父上に判断してもらいたいです。」
「ふむ・・・、お前はどうやって作った?」
「初級造形魔法で作りました。あまり得意ではないのですがこれぐらいなら作れます。」
「そうか、初級造形魔法なら領民の中にも数名使えるものがいるだろう。よし!!これを新たな産業にするぞ。」
父上の即決に驚く周りの者たち(母上と俺も含む)。
「父上・・・。本当にいんですか?」
俺自身心配してしまう。
「自分で言ったことだろう。」
「確かにそうですけど・・・。」
そう言うことで(本当にいいのか?)印刷業はここの新しい産業になった。これから一週間後には試験的ながら本の複製も始まり(著作権など存在しない)、1ヶ月後には印刷所も作られ本格的にここの産業となる。
それで得た金は診療所の設置(今までは1つしかなかったものが2つになった。)、公民館の設置(俺が提案)さらに印刷を生かして数は少ないながらも新聞のようなシステムが作られることになった(数が少ないので回覧板のような物だが)
多分父上は何か過去を思い出しているんだろう。自分の父親やさらにその前の先祖がやっていたことを。地球から持ち込まれた改革という。
長い冬も終わり季節は春である。この世界では桜は見たことがないが、この空気は間違いなく春の空気だ。
俺は今、春の空気を吸いながら馬車に揺られている。ついに明日はビスカイト帝国国立魔法学校の入学式だ。俺は楽しみな気持ちと緊張の狭間の複雑な気持ちで王都に向かう。
えーっと忘れ物はないかな・・・?
「筆記用具、制服、マント、杖、ノート・・・」
こう馬車の中でブツブツ呟かれては、はっきり言って気持ち悪い(すでに5回は同じことを呟いてる)付いてきた使用人たちは気味悪そうだ。
魔法学校への通学は2つ方法がある。1つは王都にあるホーガン家の屋敷から通う。これが一番いいかもしれない。使用人たちもいるから身の回りの世話も完璧だ。そしてもう一つが寮に住むこと。もちろん使用人たちもいないので身の回りの世話は自分でしなければならないが、これが一番青春だと思う。
寮とは言ってもそこの中は生徒が優先されるし(要するに家の中までズカズカ教師は入ってこないと言うことだ)食事も毎食学食で食べれる。だから俺は寮にしようかと思っている。
そんなことを考えているうちに俺は眠くなってきた。
「アーノルド様、王都に到着しました。」
俺は使用人に声をかけられ目を覚ます。変な姿勢で寝ていたからか首が痛むがこれから始まる新生活のことを思い出し一気に覚醒する。
王都は今、魔法学校の入学ムードだ。この国の教育機関の最高峰の一つであるこの魔法学校の生徒は、将来が確約された人と言ってもいい。そんな人たちがこの王都に集結するのだ。通りの魔灯の支柱には魔法学校の校旗が吊るされている。周りの店も『入学記念セール』などと言い、新入生限定でのセールを行っていたりする。(在校生は指をくわえて見ている)
俺はひとまず王都にある屋敷に到着すると魔法学校の周りをブラブラと散策し始めた。これからここで生活し始めるのだからここらの地理は知っておかないとね。
途中屋台で串焼き(新入生セール使用)を買ってそれを食べながら歩く。歩いていると多分俺と同じく新入生だろう、という人を何人か見つける。目があうと気まずいなー
しばらく歩いていると「キャー助けてー!!」と何処からか声がする。
ただしこの声は男だ。俺は少し幻滅しながらも声がした方に走っていく。まあ、この救出イベントは異世界転移もののテンプレだな。と思いながらその現場を見ると、とっくに騎士団がやってきていて犯人は捕まっていた。なーんだ。
俺はアホらしくなって屋敷に帰った。
次の日
6時ぐらいに目がさめる。今日は入学式だ。新入生代表の挨拶などはくじ引きで抽選だったが、俺はハズレだったので関係ない。前世でもここでも共通の悩みがある。それが『なんかの式典は眠くなる』という悩みだ。前世の中学校の卒業式では校長のお祝いの言葉の間に寝てしまって椅子からずり落ちかけると言う失態をしでかしてしまった。(隣の友人が支えてくれた。)だから俺は今日、メイドに頼んで濃ゆーーーーーーーい紅茶を作ってもらった。
で、その紅茶が目の前にある。
「大丈夫だよな・・・。これ。」
その黒い液体からは上品な異臭が漂う。カフェインの量とか大丈夫だろうか?
カップを恐る恐る手に取り口をつける。薄く開いた唇から口腔内に流れ込んできた黒い液体は俺の舌に襲いかかる。
「グェエエエエエ、苦ッ。」
しかしこの洗礼を受けないと入学式で寝てしまう。
「うぉおお、根性ぅうううう!!」
俺は頭がおかしくなったのか、根性でそれを流し込む。
その頃隣の部屋では
「アリシー、あなたさっきのアーノルド様の頼みってなんだい?」ベテランのメイドが雑巾掛けをしながら若いアリシーと言うメイドに聞く。
「ああ、濃ゆーーーーーい紅茶をいれて欲しいとのことでした。」
「何でだろうね。あっそうだ。この間、あなたに勧められた眠気ざましのポーション。味も良かったしとってもよく効いたわ・・・」
『うぉおお、根性ぅうううう!!』
突如隣の部屋から聞こえてきた奇声に驚く二人。二人とも雑巾を取り落とす。
「何でしょうね・・・?」「さあ・・・?」
カフェインの存在はまだ知られていなかったのだった。
「うぅ、苦かったぁ。」魔法学校まで歩きながら俺は言う(貴族と平民の平等と混雑のため、魔法学校周辺では馬車は原則禁止になっている)
魔法学校の制服は紺色のズボンに白のカッターシャツ。その上から学ランのオシャレverみたいなのを着る。女子は紺色のブレザーみたいな制服だ。そして俺が一番嬉しかったのが制服の上から着る『ローブ』だ。前世では着ても『バスローブ』だし、まずそれで出歩く人もいない。ほら、ローブってなんかカッコいいよね。
しばらく歩くと学校の正門前に到着する。大きくて綺麗に装飾された正門を見上げると俺は振り返って、荷物を持ってついて来てくれた使用人やメイドたちから荷物を受け取る。
「今までありがとう。俺はこれから寮生活になるからあまり関わらなくなるかもしれないな。屋敷の皆にもよろしく頼む。」
そう言うと俺は門をくぐった。
入学式の会場は受験を受けた講堂だったが、その時の机類は綺麗サッパリなくなっている。
「新入生入場。」
魔法学校音楽ギルド(学校内などで組織される物で冒険者ギルドなどとは異なる物。部活みたいなもの)の演奏の中、俺たち新入生が列を作って講堂に入っていく。下に引かれている赤絨毯も高いんだろうなぁ。
「新入生代表の言葉。アツァーマ・クナイヨ君。」
「は、はい。」
さすがくじ引きというか、こんなこともあるんだね。新入生代表はとってもバカそうな子だった。着ている服から察するにどこかの貴族だろうがよく入れたな。
その後聞くに耐えない新入生代表の言葉を聞き流したあとは・・・校長の講話だ。
まさかこれがこの後の俺の人生を変えることになるとは・・・




