2話 受験
さて受験勉強だ。俺だって受験ぐらいしたことあるぞ。前世で。
お父様が言うには「入れるよな」だそうだ。プレッシャーかけんな・・・。
魔法学校の受験科目は数学、一般歴史、魔法歴史、文学、魔法の五つ。数学は問題ないし(家庭教師のお墨付き)魔法も問題ないとは思ってる。(魔法担当の家庭教師が帰って行ったぐらいだしね)だが一般歴史と魔法歴史、文学はマズい。おとぎ話のようなものが大部分で、年号ナニソレオイシイノ?の一般歴史はともかく、中二チックなくせに意外とマジで、人名年号場所数値こそ至高!!な魔法歴史はヤバいヤバい。おまけに文学は今までのアーノルドがあまり本を読まなかったせいでたくさんの本を読むことになった。
そして今、俺はその本を読んでいる。
(うぅ〜、辛い。なんだこの古臭い文章はッ。『銀河鉄道の夜』みたいだから簡単かと思ったら・・・、なんだよ『運河馬車鉄道の朝』って)
俺が今読んでいる『運河馬車鉄道の朝』とは・・・
主人公カサムサパネルナ(この時点で何かおかしい)が故郷を離れ、運河に沿って走る馬車鉄道に乗って旅をする話である。そこまではいいのだがこの話は異様に雰囲気が暗い話だ。衰退していく故郷の村を去るところから悲しいのだが、途中途中の車窓の描写、乗り合わせた客との会話、降りた駅から見える景色の描写の全てが暗い。おまけに回想シーンが無駄に多く話が3歩進んで2歩下がる状態である。
俺としてはなぜこんな作品が国を代表する文学なのか甚だ不思議である。
(やっと10ページ読んだ。クソッ全然読み進まねー)苦しみながら読んでいる俺の前にはまだ、本の山が作られているのであった。
「・・・はい、じゃあバビルアン王権時代、ハーゲストネ王権時代、ゴルス王権時代、ガストロ王権時代の王宮魔導師の数を問う問題ね。これは今までよく出ている問題よ。バビルアン時代から、23人、168人、140人、114人となっているわ。理由はわかる?」
「えぇ〜っとハーゲストネ王権時代に第1次北部統一戦争が勃発したから急激に増えて、その後ゆっくり数を減らして行ったということですよね。」
俺は予習していた内容を答える。これは正解か・・・?
「まだ足りない。第1次北部統一戦争前に魔法教育を奨励したことも要因ね。これは兵士増員のためと誤解されやすいけど別物だから気をつけてね。」
「まずそもそも王宮魔導師の人数が覚えれないんですが・・・。」
「語呂合わせぐらい考えなさい。私が学生時代に使ってたのが『ニイさんイロはトシマがイイよ』ね。こういうのは自分で考えるもの。頑張りなさい。」
ああ、受験勉強は辛い・・・
しかし息抜きの時間がないわけではない。魔法の練習の時間だ。興味のある魔法書を図書室で読み、外で試すだけだ。最近は魔法のパワーだけではなく制御もできるようになってきた。
「『氷結の風』ッ」3ヶ月ほど前までは中庭全てを凍らせて、母上からこっぴどく叱られたものだ(父上はあまり叱らなかった)しかし今はちゃんと制御ができる。せいぜい木一本を凍らせるぐらいだ。
「なかなか、使いやすいな。これはもっと弱くすればアイスを作れたり、飲み物に入れる氷を自分で作れるようになるかな。」
しかしこの時間も終わりを迎える。
「アーノルド様、文学のお時間です。」中庭に面した建物の窓のうち一つがパカっと開き、家庭教師が顔をだす。
ううっ、もう終わりか・・・。
さて、受験の日になった。この世界でも受験は冬らしい。しんしんと雪が降るなか俺は帝都に馬車で向かった。
曲がりなりにも伯爵家の息子である俺は馬車の列を引き連れて街道を進んでいく。その道中の風景は日本の原風景と重なるところもあり、遠出する機会の少なかった俺は懐かしさのあまり涙を流しそうになる時もあった。
しかしその懐かしさは緊張に変わる。ああ、なんで受験ってこんなに緊張するの?
帝都に入るとそこには魔法学校受験会場の案内の張り紙がいたるところに貼ってある。在校生の誘導で受験者たちが魔法学校の門をくぐり、大きな講堂に入っていく。
「はい、アーノルド・ホーガンさんですね。受験番号は00206、席は向こうです。では次の方・・・」係の教員に受験票を見せて講堂に入る。その講堂はとてつもなく大きなものだった。
石造りで時代を感じる壁、物理法則を無視したかのような大きな天井と柱のない構造(事実物理法則を無視してる)そして窓にはめられた美しいステンドグラスは畏怖に値するものだった。
先に席についている受験者たちはノートを広げ、一心不乱に復習をしている。俺も席に着くと重要事項をまとめたノートを開き勉強を始めた。
ちなみに俺には秘密兵器がある、赤と緑の試験の友『暗記シート』だッ。フフフ、俺が1ヶ月かけて開発(何やってんだ・・・)したそれで、俺の魔法歴史の暗記速度は向上したぞ。
絶対に合格ってやる!!
1教科目の一般歴史はまあまあ、8割ぐらい取れたんじゃないかな。途中いびきっぽい音が聞こえたんだけど誰だよ?
2教科目は数学、これは満点も狙えるんじゃないかな。これは特に心配はしていなかったし、現実も大丈夫だったな。
3教科目は文学ぅ〜、あーヤダヤダ。あの『運河鉄道の朝』出てきたよ。おまけに一番どんよ〜りしたシーンが。
「下線部の主人公カサムサパネルナの気持ちを150文字以上300文字で書きなさい。」って、日本とどっかで繋がってんの?ねえ。なんでテスト問題がこんなのなんだぁ。
4教科目に入る前に昼食をとる。その間でもノートを手放さない。これが受験生の根性だッ。講堂で弁当を広げる。どこの貴族でも同じだな。平民も同じようなもんだ。(この学校は平民でも入れる)
俺の弁当は使用人に頼んでカツ丼(風のもの)にしてもらった。験担ぎだな。
4教科目は魔法歴史。これは苦しい戦いだった。しかし今までの勉強のおかげでなんとかなったな。1つだけわからなかった問題が時間ギリギリで思い出せてよかった。
5教科目は魔法。これは実技だ。魔力値は計測が出来ないから、実際に魔法を行使しなければならない。それの継続時間と威力で魔力値を算出する。(俺はステータスでわかるのだが)しかし長かった。いつまでやっても魔力値が減らない。そのため監督の先生も諦めて『まあ、なんとかするわ』と。大丈夫だよな・・・。
受験が終わったその日、俺は結果に対する漠然とした不安と、試験が終わったという安堵感の境で空気が抜けたように帝都にあるホーガン家の邸宅で過ごした。無感情なその1日は使用人たちを不安にさせることになったが、俺の知ったことではない。
次の日には漠然とした不安は『もうどうでもいいや』という気持ちに変わり、帝都見物に(護衛数名を連れて)行くことにした。
賑やかなバルビアン通り(バルビアン皇帝の名前から)では屋台が立ち並び、果物や肉、パンなどの匂いが混ざり、賑やかな雰囲気を盛り立てている。その通りは貴族平民関係なく歩いており、受験会場で見かけた記憶のある貴族の子供などもちらほらいて、目を合わせると少し気まずい雰囲気になった。
「ヘーイらっしゃいらっしゃい。新しいペンの入荷だよぉ。」俺は少し気になったためその店を覗く。するとそこは文房具屋だった。さすが政治の中心で学問の中心でもある帝都の文房具屋と言うだけあって、ホーガン伯爵領にあるような文房具屋とは比べ物にならない。
「ちょっと見て行くか。」俺は気になって店に入る。店に入るとツンと少しインクの匂いがする。
「いらっしゃいませ。」店主は俺が貴族とわかってもやたらとへりくだった態度を取らない。俺はそう言うのは嫌いじゃないぞ。
「ふーん。色々あるな。」自慢じゃないが俺は受験勉強は羽ペンだった。前世からの憧れでもあったし、最初の方は喜んで使っていたのだが、だんだんめんどくさくなってきて羽パンに辟易していた。(一度インク壺を倒した時羽ペンにキレたことがある。)
店を見回すとほとんどが羽ペンだが、一角にあるものを見つけた。その黒いペンのキャップをとると切れ込みの入ったペン先、これは・・・。
「これは万年筆じゃないか。」思わず声に出してしまう。たとえ万年筆であっても俺は懐かしさを感じる。前世ではほとんどボールペンやシャーペンだったが、国語の時間、万年筆を使うこともあった。
「お客さん。万年筆を知っているのですか?」店主は少し驚いているようだ。
「ああ、色々あってな。これを1つ・・・、いや5つくれ。あとインクも頼む。」
「わかりました。用意いたします。インクは万年筆一つにつき2つ替えを用意します。」
「それでいい。」
「では代金は・・・。」
代金は万年筆1つとインクの替えのセットで銀貨5枚、5000ジリン(1ジリン=10円程)だった。普通の羽ペンとインクのセットで銀貨1枚と考えるとなかなか高いが、日頃貯めてきた小遣いを放出し、父上と母上の分も買っておいた。
これで銀貨25枚25000ジリンの出費で、帝都に行くと言うことで持ってきた小遣いは残り銀貨50枚になってしまった。
次はどこに行こうかなぁ、と通りをぶらぶらしていると菓子屋を見つけた。まあまあ繁盛していたのでいい店なのだろうと考え、帝都に連れてきた使用人や護衛のお菓子を買うと小遣いはほとんど無くなった。
次の日
馬車に乗ってホーガン領まで帰る。結果は『通信魔石』で1ヶ月後に届くそうなので俺はとりあえず1ヶ月間はのんびり過ごせる。
ホーガン領に着いた頃には『もうどうでもいいや』と言う気持ちも消え、試験が終わった安堵感だけが残り、好きなことをして過ごすようになった。(最低限の勉強と武術はやっていたが)
図書室で本を読み、中庭で魔法を試す。自室で植物を育ててみたり、簡単な魔道具も作ってみた。近くの森にモンスターの狩猟にも行った。そんなことで1ヶ月が経った頃、父上から書斎にお呼び出しがかかった。
「さっきお前の受験結果が届いた。」父上が話す。後ろには母上も立っていた。
「お前は受験まで何をして過ごしていたんだッ!!不合格だと。」ああ、まずい怒られてる。
「すみませんでした父上・・・。」うう、辛い。父上がここまで怒ったことないんじゃないかって言うぐらい怒ってる。
「もう・・ププッ、ハッハッハッハッ。引っかかった引っかかった。バーデンも引っかかったんだよなコレ。バーデンは泣き出したがお前は泣かなかったな。ハッハッハッ。」
えええー、嘘つくなよ・・・。結構辛かったんだぞ。
「もう、あなたはそう言うことばっかり、ププッ、ハッハッハッハッ。」母上も笑わないでくれ。ううっ。
「ここに魔法学校で必要なものを書き留めてある。あと3ヶ月の間に揃えておこう。金に糸目はつけんからな。」
その紙には父上らしい豪傑な字で必要なものが一つ一つ書いてあった。嬉しかったのだろう、紙がくしゃくしゃになっていた。
「ありがとうございます。父上、母上。」俺はそう言うと書斎をでて自室に向かった。そしてベッドの上で何度も何度もガッツポーズをとった。




