第三十六話 悲しみの中の幸せ
葉月と暦が封魔に入りたての頃の話です。
―――夕暮れ時 山の開けた場所にて
「今日はここでお終い」
葉月は肩で息をしながら、阿藤の言葉を聞いて地面に座り込んだ。彼女は手から刀を離そうとしたが、指が疲れでうまく動かない。葉月の隣には、疲れからか泣いている暦が居る。暦は葉月と同じ家族を妖怪に殺されて行き場を失い、封魔に入った少女だ。そんな彼女たちの修行の面倒を阿藤夫妻が見てくれている。そして生活も。
「葉月ちゃん、暦ちゃん大丈夫?」
「はい………」
「ゴヒューゴヒュー………」
葉月は返事をすることは出来たが、暦は疲れからかうまく反応できなかった。そんな暦に対して、阿藤は水を持ってきて、背をさすりながら優しく飲ませた。葉月が疲れからか刀から手を離せないことを察した阿藤は、葉月の指を刀から優しく外した。
「それじゃあ晩御飯にしましょうか」
阿藤は動けぬ彼女たちを脇に抱え、自宅へと向かった。封魔の者の住居は山の中が多い、理由としては、山の中で修行することで、霊力を早く得ようとするためである。その他に封魔に恨みを持つ妖怪が、無関係な者に被害を及ばない様にするためでもある。阿藤夫妻もそうしていた。
彼女たちは抱えられながら家に着く。木造建築の家の窓から煙が出ており、香ばしい匂いが鼻孔をくすぐった。祖の匂いに暦は思わずごはん!と叫んだ。それを聞いて阿藤と葉月は思わず、笑った。
家に入ると、阿藤の旦那が料理を机に移していた。彼は風呂の準備が出来ていると彼女たちに教え、汚れを落としてから食事をしようと話しかけた。その言葉で彼女たちは自分の衣服を見ていかに汚れてるのか知り、苦笑した。
その言葉に応じ、彼女たちは風呂に入ることにした。風呂と言っても、かまど風呂であるが、何とか三人入ることは出来た。お湯により彼女たちの若い肌から汚れが落ちてゆく。暦と葉月は、阿藤に髪をや背中を流してもらった。本来なら、年下である葉月たちがするべき行為なのだが、阿藤が葉月たちにしたいため、行っている。
阿藤夫妻が封魔に入ったのは妖怪に自身の子供が殺されたからだ。ゆえに子供である葉月たちに対して、親の様な行動をとりたがった。それは自分の子供にしてやれなかったことをしているのだ。
その優しさは葉月たちはとても嬉しかった。そんな彼女達に阿藤は時折、あの子が生きていたならと言葉を口にした。葉月と暦はそれを聞いた時、悲しさと妖怪に対する怒りが湧き出てきた。こんな優しい人たちからなぜ、子供を奪ったのか、理不尽だとただただ悲しくなった。
三人は体を布でふきあい、寝巻に着替え、食卓へと向かった。机には、焼き魚と山菜などの盛り付けが置かれており、葉月たちの胃を刺激した。しかし葉月と暦はあることに気がつき旦那に告げる。
「私たちの、ご飯の量が多いですよ」
「気にするな、子供は、腹いっぱいに食べなさい」
旦那は笑いながらそう告げた。暦と葉月は阿藤の顔を見たが、彼女もお食べなさいと笑顔で促した。
これに二人は遠慮しようとした。なぜならば、葉月と暦はこの夫妻についている居候の様なものである。彼女たちは封魔の剣士の卵ではあるが、阿藤夫妻がそうする義理は無い。葉月たちはそう考え困っていたが、阿藤夫妻は構わずお食べなさいと言う。その言葉に彼女たちは素直に従う事にした。
いただきますとみんなで手を合わせ、食べ始めた。葉月と暦は初めのうちは遠慮の気持ちがあって、中々は箸が進まなかったが、食べていくうちに、遠慮の気持ちを食欲が上回った。二人はは勢いよく、食べ物を口入れる。阿藤夫妻はそれを見て笑う。
食事を終え、葉月たちは阿藤による勉学の指導を受けた。勉強と言っても、読み書き、足し算引き算などの簡単なモノだ。出される問いかけに暦はすらすらと答えた。彼女は剣や霊力の修行よりこちらが得意であった。反面葉月は勉学が苦手であり、非常に苦戦した。しかし、暦や阿藤が優しく手ほどきして、何とか進むことが出来ていた。
夜になり、寝ることになった。葉月と暦は同じ部屋で寝ており、布団を隣り合わせにした。
葉月は夜中に音が聞こえ、眼を覚ました。その音は暦から聞こえており、葉月が目を向けると彼女は泣いていた。暦が泣いていることに彼女は不安になり尋ねる。
「どうしたの……」
「死んだお父さんやお母さんの事を思い出しちゃって………」
暦は眼をぬぐいながら答えた。その言葉に葉月は思わず死んだ家族の事をを思い出した。そして暦と同様泣き出してしまった。暦の言葉で、改めて家族が殺され居ない事を実感してしまったからだ。
「何でそんなこと言うの………」
「ごめんよう葉月………」
二人が泣いていると、ガラと扉が開けられ阿藤が入ってきた。二人ははうるさくしてしまったと思い、大変申し訳ない気持ちになった。そして叱責を受ける気持であったが、阿藤は何も言わずに二人をを抱きしめ、優しく声をかけた。
「大丈夫よ…大丈夫…」
その言葉に二人は阿藤の胸の中で泣き、寂しさを紛らわした。何分か経ち、彼女たちは泣きやみ阿藤にもう大丈夫ですと告げ、感謝を述べた。阿藤はどこか寂しそうな笑顔で分かったわ。と答えて、
「悲しくなったり、寂しくなったら何時でも、私を呼んでね……」
そう言い部屋を後にした。部屋には葉月と暦だけになり、静寂が包んだ。葉月は暦に話しかけた。
「…強くなろうな、暦。二人で強く……」
「うん。絶対に……」
そう誓いあい、妖怪から人を守る事と、阿藤夫妻に恩返しすることを決めた。




