第三十伍話 これから生きる世界
人狼は葉月を始末するため、荒廃した人里にやって来た。人里には人影はなく、荒れた家屋や、道は点々と残る血のしみだけだった。
その大通りに葉月が立っていた。葉月は人狼が来ることを力で分かり、この戦いは自分だけでケリをつけると告げ、他の者を遠くへ避難させた。
そして人狼を待ち構えた。 人狼は葉月を見つけ睨み、叫んだ。
「お前を殺し、全てを終わらせてやる!」
「……終わらせるものか!」
人狼の叫びに叫び返し、両者は戦闘態勢に入り、エルカードを発動した。
<アサルト>
<ハート>
葉月の体は蒼い炎と鎧を身にまとい、刀は蒼く染まった。対する人狼が発動したエルカードは。
<クラッシュ>
<スラッシュ>
<ポイズン>
の三枚。
「ウオオオオオオ!」
そして雄叫びを上げ、葉月に駆けた。葉月も相手に対し避けるのではなく、斬りかかった。
人狼は首を狙い右手で手刀を繰り出した。それ葉月は斬り落とそうする。刀と手は交差し、ぶつかり合った。
手が切断できなかった事に、葉月は目を見開いたが、すぐさま、懐から短刀を取り出し斬りかかった。
「チィイイ!!」
「グゥウ」
だが、相手は短刀を持つ腕を左手で掴み防いだ。短刀は腹部に当たるすんでの所で止まる。
二人は膠着状態に入った。
人狼はこの状況を狙ったわけで無く、掴んだ腕を粉砕し心臓をえぐり出して破壊するつもりだった。
だが葉月が発動した<ハート>が肉体を強化し、人狼の力を防いだ。
にらみ合い、葉月は人狼に語りかける。
「お前は、優しい世界を作ると言っていたな!」
「それがなんだと!」
「私や友人は、お前の世界のために傷ついた!」
そう語り感情を高ぶらせる。纏う蒼い炎がより一層燃えた。体に力を籠め人狼を押していく。相手は突如の力の増加に動揺した。葉月の言葉は続く。
「たくさんの犠牲が出たッ!」
「だからどうした!」
「お前は犠牲で、出来た世界で生きるつもりかァ!」
葉月はさらに力を込めた。刀が人狼の手を僅かに切り裂いた。このままでは葉月に分があると感じた人狼は手を放し、後方へ飛び下がる。その瞬間に葉月、人狼に向かって短刀を投げる。
短刀は片目に突き刺さり、人狼は思わず動きを止めた。
「グオオオッ!?!」
「ゼア”ッーーーーー」
それを見逃さない葉月、すぐさま斬りに走った。刃は腹部に当たり切り裂いた。人狼の腹部から鮮血が飛び散り、葉月にかかった。しかし人狼は痛みに耐え、短刀を眼球にから引き抜き、葉月の肩に突き刺した。肩を刺され苦痛で顔を歪める葉月。
しかしお互い怪我の事など、無視し再び攻撃を行った。
人狼は葉月の腹部目掛け、前蹴りを放った。その攻撃を体を横に回転させることで、葉月は直撃を避け、その勢いのまま、人狼の顔に向かって横一線切り払う。 だがこの攻撃を人狼はしゃがみ避けた。
刀は人狼の肉体ではなく長い髪を切り裂く。攻撃が避けられた事で葉月に隙が生まれた。
「死ねやッーーーー!」
隙をついて葉月を何度も手で引き裂ゆく。葉月の体から血が舞った。しかし彼女は意地で切り返した。
人狼の片手首が切断され、空に舞う。
だがしかし、葉月も人狼の攻撃で片耳の損失、首から出血した。人狼は手首が斬れたことに構いなしと葉月の顔に殴りかかった。
葉月はその攻撃を読み取り、片腕で防いだ。
「ウグッ!?」
拳は腕に当たり顔への直撃は避けれたが、余りの威力で後ろへ吹っ飛んだ。だが何とか受け身をとり、痛みを最小限に抑えて人狼と向き合う。人狼は葉月を睨み、新たにエルカード三枚を取り出した。
「肉体への代償が重いが、関係ない!これで終わらせてやる!」
<モンスタ->
<バーサーク>
<オプティマイズ > 最適化を行う。
<オプティマイズ> は人狼がエルカードを探していた時に発見したものだ。そしてその三枚のカードを同時に発動した。エルカードの音声が二人の間で鳴り響く人狼は闇に覆われ、姿を変えてゆく。
「まさかッ!あの姿か!?」
葉月は前回見た巨大な狼の姿が脳裏によぎった。しかしそうではない。
闇は取り払われて、現れたのは、人型サイズの化け物であった。体は黒と紫色で彩られた甲冑の様。頭部は狼の顔に似た物に変形していた。
残された片腕には西洋の物と感じさせる剣を持っていた。この姿は<オプティマイズ>によるもの。
新たなカードの力で肉体の最適化が行われたことで、人の姿を保ったまま狼の姿以上の力を有することが出来た。
しかし力の代償として、体は少しづつ粒子になりつつあった。しかしその姿を見て、前回の狼よりも危険だと判断した。
「ギャアアアアアアアアアアアア」
「!?」
叫び声を上げ、葉月に向かった。ドンッと人狼が地面を蹴った音が聞こえた。
人狼の速さは今まで葉月が見てきた、速さを超えていた。人狼は葉月に対し、下から上へと斬り上げた。葉月は回避出来ないと覚り、刀を斜めにして受ける。
刀は剣を受け止め僅かに欠けた。斬撃を防げたものの、相手の余りの力に空高く舞ってしまう。彼女は着地の体勢をとるがその必要は無い。
「ギャアアアアアアア」
「嘘だろっ!?」
人狼は落ちてくるのを待たずに、葉月がいる空まで飛び上がった。そして剣を大きく振りかざし、再び攻撃を加える。彼女は防御不可能だと判断し、最後の切り札を発動。
<フェイク>
これは菫が管理所に置いていった物だ。ここぞと言う場面での使用を考えていたが、死の危険があると判断し発動した。
発動したことで、葉月の分身が現れる。分身は本体を回避させ様と蹴とばした。本体である彼女は蹴とばされ、地面に逃げられたが、分身は攻撃を受け真っ二つになった。
その光景を見て彼女は近づきつつある死に恐怖しながらも立ち上がった。人狼は空から地面に着地し亀裂を走らせた。
そして、再び葉月に向かった。葉月は襲い来る敵に、自身を鼓舞するため叫んだ。
「私が守るんだ!この世界を!」
人狼の剣は葉月が反応できない速度で迫った。そして葉月を切り裂くことなく地面に突き刺さった。
「!?」
相手は困惑し再び、斬りにかかる。しかしそれも、獲物を捕らえることなく空を斬った。葉月は困惑した。人狼の攻撃と片目に映る光景に。
「暦…」
葉月の片目は人狼だけでなく、死んだはずの暦の姿も映していた。映しているその片目は暦から移植されたものだった。目に映る暦は微笑み、姿を消した。
人狼は葉月に攻撃をするも、あらぬ空を斬るばかりだ。まるで存在しない幻覚に惑わされている様。
葉月は何度も狂気に入り込んだことで暦や人狼の様な超能力に目覚めた。しかし彼女はこれを自分がしているのではなく暦が助けてくれたと思った。そして自分の身に起きた幸運に感謝した。
「ゼア”ッ----!」
人狼の隙をつき、刀に霊力を込める。すると電光が宿る。そして人狼に斬りにかかった。人狼は避けようとするが、ありもしない幻覚に惑わされて、避けることが出来ない
葉月の刃が何度も人狼を切り裂いてゆき血と電流がほとばしる。
人狼は突如飛び下がった。
そして葉月から大きく離れた地点で、膝をついた。再び人狼の体に闇が纏わりつき、そして取り払われた。
「ハァ…ハァ…」
現れたのは、元に戻った人狼だった。葉月は人狼に近寄る。人狼は体を動かそうとするが、エルカードの負荷と怪我で体は動かなかった。
それでも何とか立とうとするが、後ろへ地面に倒れる。人狼の体はもはや限界だった。人狼の命は葉月が何もしなくても果てるものだった。
空を睨みつけ人狼は叫ぶ。
「お前は私の世界を斬り捨てる気か!」
「そうだ。私はこの世界を守るためにお前の世界を斬り捨てる。……だがお前気持ちも少しは分かるんだ」
話ながら、人狼に歩み寄る葉月。
「何を言う貴様なんかに!」
そう言い葉月に顔を向ける。人狼を見る葉月の顔は悲しげだった。葉月は人狼に話しかける。
「私も誰かの勝手な都合で、世界の都合で、家族を失った。恩師も友人も……だから少しわかる」
「ならばなぜこの世界を憎まない!何故作り直そうとしない」
「この世界は私の大切なものを多く奪っていった。だけど……だからといって取り戻すために他者の命を奪ってはいけないと分かったんだ」
「そんなこと…!」
「私は、お前のことをお前たち家族が居たことを消して忘れない。そして、お前の世界を斬り捨てた罪は背負い続ける」
「勝手だな……」
「そうだな……勝手だ。私の都合だ」
「こんな世界を守るために…」
「それでも…私が家族と友達と過ごした世界だ。だから守る」
「……」
人狼はもはや葉月の言葉に反応できなくなっていた。彼女は虚空に向かい呟く。
「……私は家族に会えるかしら」
「会えるさ、必ず」
その言葉に『人間、杏奈』は微笑みを浮かべて、永遠の眠りについた。
その時、背後から気配を感じ振り返った。そこにはアズが居た。彼女は葉月に話しかける
「おめでとう、葉月。世界を守れて」
「…………ああそうだな」
葉月は、穏やかに返事をしてアズに斬りかかった。不意の攻撃に相手は避けることが出来ず、刀は相手を切り裂いた。アズは斬られたことに困惑した。葉月はアズを睨み告げる。
「お前のせいで…多くの者が死んだ」
「それは私のせいではない。この世界に傷つき不満を持つ者たちだ」
「そうだな、だがお前は何に傷ついた?お前はだだ己の役割を果たそうと誰かを焚きつけた部外者だ」
「何を言う…この世界を正すためだ。あるべき姿へと」
「世界のあるべき姿とは、その世界に暮らした者たちみんなが作り上げるものだ。お前みたいな部外者なんかじゃない」
そう語り、彼女の首を切断した。アズの体は血が出て粒子となって消えていく。アズが消える最後に葉月は告げた。
「私はこの世界を守る」
アズは光の粒子となって消えた。葉月は一人になり呟く。
「失ったものが多すぎるな………」
―――
その後の夢幻のまちには、破滅の化け物が現れることは無くなった。人間と妖怪の生活はしばらくは安定しなかった。だがある妖怪がこんなことを考え付いた。
妖怪は人を襲って恐怖を与えることで力を得るのでは無くて、人を助けて尊敬の念を集めるこで力を得る事にすればいいと発案した。多くの者はこれに怪訝な顔をしたが、人々の生活が無ければ妖怪の生活は成り立たないためこれを実行した。
すると、その考えは成功した。妖怪は力を得てなおかつ地位も得れた。この事は力を持つ妖怪たちに波及し人間の生活を支えた。
人間はその助けがあってか、しばらくすると人里は以前のような景観を取り戻し、治安も安定した。この妖怪の助けに一部の人間は不満を持ったが、以前の様に生活することが出来た。
この妖怪の活躍により、現在の夢幻のまちは以前の様な人間主体で無く、妖怪主体の世界になった。
しかしこれらに不満を持つ人間、妖怪も多くいる。
管理所とは別で、人里の代表者として、診療所のミヅクが選ばれた。ミヅクは多くの人間や妖怪を助けたことにより多くの支持を得ていたからだ。
代表者に葉月も選ばれたが、私は破滅の化け物による世界の混乱を鎮めるためであっても、やり過ぎた行為をしていたと発言し、辞退した。
管理所は今回の騒ぎで大きく力を落とした。現在の管理所が管理する範囲は人里の治安のみである。アサキシが居た時の夢幻のまち全体を守護するから比べると、大きく範囲を狭めた。管理所の所長に葉月が推薦されたがこれも彼女は辞退した。
妖怪たちは、葉月が管理所に属さず代表者にもならないと聞いて、力を持つ葉月を自らの陣営に引き入れようとしたが、これも彼女は断った。
杏奈の死体は葉月が、かつて杏奈が家族と共に住んでいた場所に埋葬した。
何処にも属さない葉月に対し、ムクやミヅクなど様々な者が今後どうするか尋ねた。
葉月は世界を回ると答え、人里を離れた。
―――
――――夏
夢幻のまちのどこかにて、快晴の空の下、葉月は野原の上で眠っていた。
風が頬をなで、彼女は目を覚ました。そして夢の内容をを思い出す。
家族との記憶、封魔の時の記憶、友人たちとの記憶、戦いの記憶が映し出された夢だった。
それは悲しい時や、楽しい時があった葉月の人生だった。
「…」
辺りを見渡した。野原には葉月意外誰もいない、空を見上げても、ただ青空が広がるだけだった。
もしかすると今までの出来事は全て『夢幻』だったのでは、無いかと思えた。
「そんなわけないか」
私の人生は夢幻なんかじゃない、確かにある。そしてこれからも。
そう思いながら、服についた草を払いながら立ち上がり、何処かへ歩き始めた。
葉月が歩く道に、夏の爽やかな風が吹いた。
第三部 滅びの去来編 完
 




