第三十四話 命の閃光
嫦娥については第六話をご覧ください。
現在、夢幻のまちは混乱に陥っていた。アズによる、隕石の知らせと空に映る巨大な隕石の影が、人間妖怪双方に混乱をもたらしていた。
それにより、自棄になった者の犯罪の横行、自殺すれば天の国極楽へ行ける噂を信じた者たちによる集団自殺や無理心中が行われていた。また隕石が落ちてくる事を無関係な第三者が原因と勘違いし、差別なども発生。
一部の妖怪は最後に人肉を食したいがために人里で暴れまわり、破滅の化け物以外の脅威にも葉月たちは対処しなければならなくなった。妖怪の里も冷静な判断力を無くしつつあり、力を持つ妖怪が人をを喰らって、より強くなり、隕石を防ぐなどの暴論も出てきた。
それらの問題行動を起こす人間や妖怪や破滅の化け物に対して、葉月は事件を起こした者に限らず、親類縁者含め、厳しく接した。例えば監禁や体罰である。それらは恐怖により秩序を保つ事を名目とした事であった。時にはやり過ぎたものになり、菫が止めるほど。
葉月がこういった行為を行うのは、絶対に夢幻のまちを守ると言った決意であり、誰かに嫌われようとも、もはや自分には失うものは無いと感じての事だった。
それは他の目にも明らかであり、狂気が葉月の心を支配していた。
その狂気の原因の一つにアズから与えられた能力の進化もあった。能力が進化していくのは、化け物の出現を対処可能にさせるためであり、アズが公平さを求めた故にである。
しかし、進化した能力により、葉月の頭の中で惨劇の風景が映し出された。このことで葉月はもし防げなければと責任を強く感じ、精神を憔悴させた。
しかし、恐怖によって混乱を防ごうにも、混乱の原因の隕石を何とかしなければ意味がない。
葉月の心の機敏と現在の夢幻のまちの混沌を治めるべく、菫は隕石を独りで何とかしてみせよう、と画策した。
―――
夢幻のまちにある、荒れ果てた人里。
家々は破壊され、通りには血の跡や、ゴミが散乱。学校は多くの子供たちや親の死によって成り立たなくなり、今は閉鎖している。呉服屋や道具屋、賭場なども同様だ。金銭があると思い込んだ暴徒と化した者が強盗に入ったりした事で店として機能しなくなった。
これらの騒ぎに加え、破滅の化け物の出現の被害により、飢饉が発生することが予測された。
その人里の外に死体が積まれていた。死体には結界が構築されており、死体が腐る事を防いでいた。これは飢饉が予測されたため、死体はいざとなった時の非常食に。
人里で無事なのは診療所と管理所だけだった。暴徒と化した者がこないのは、葉月やミヅクなどが居るからである。
ミヅクが人々を怪我を治す存在として、尊敬されていたため、診療所は襲われなかった。そんな、診療所には、庭にまでけが人がごった返しており、診療所に勤めている者だけでは手が足りず、怪我が完治した者がミヅク達の仕事を手伝っていた。
そんな人里にある管理所の所長室にて、菫が、ある人物と面会を行っていた。
ある人物とは、かつてエルカードを譲渡するかわりに、友好などを交換した嫦娥であった。嫦娥は夢幻のまちに危機が訪れていることを伝えに来た。咳払いしながら話す。
「やばいわよ、夢幻のまち。滅んじゃうかもね」
「うっせーよ、そんなの私たちが一番知ってるわ」
「そう。ここも、昔みたいになってきたわね。荒れ果てた頃の、夢幻のまちみたく」
「…月の力で何とか助けてはくれないか」
菫は言葉と共に頭を下げた。彼女は目をそらし、助けることは出来ないと告げた。それを聞いて落胆した。
「月の都の連中は夢幻のまちが滅ぶことを喜んでいるわ。私を除いてね」
「そうかい畜生……」
「ごめんね、私自身この場所に着て助けてあげたかったけど、私が勝手に此処に来て以来、私の行動が制限されたの…本当ごめんなさい」
「それで、ようやく今日これたのか……んんむ」
その言葉に頭を抱えた。嫦娥が来たのは、救助のためと考えたからだ。そんな彼女を見て不安そうに尋ねた。
「……どうにかならないの?」
嫦娥にとっては夢幻のまちは人間に戻れるきっかけの場所であり、譲渡に協力的だった了の存在もあってか、何とかしてやりたいと言う気持ちはあった。
しかし嫦娥一個人では月の都を動かすことは出来なかった。そんな嫦娥の問いかけに、菫は小さく、あると答えた。それに驚き目を丸くする嫦娥。
「あるならやりなさいよ」
「あるんだが……問題があってな……」
「問題って?」
「……隕石を破壊する事はできるんだが、隕石が存在する場所には行けないんだ」
隕石を破壊できる方法を考えたが、隕石が存在する空間に行けず、今に至るまで、どうにもならない状態にあった。それを聞き、嫦娥は菫に提案する。
「……その場所に案内するだけなら、できるわよ」
「……何!」
それを聞いて驚き嫦娥に詰め寄った。詰め寄られた彼女は菫を諫めながら話す。
「だけど、案内できるのは一人だけよ」
「なに、一人だけでも十分だ!そうか希望が見えたぞ!!」
嫦娥の話を聞き、狂喜乱舞する菫。そんな彼女を見て不安になり、どんな方法で隕石を除去するのか尋ねた。菫は良い笑顔で答えた。
「私の強化したパワードスーツを使い、隕石を砕く」
「大丈夫なのそれ?」
嫦娥の怪訝な目が菫を突き刺す。しかし菫は意に介さず、楽しげに話す。
「エルカードを使って力をより強くする。問題ない。私が死ぬだけだ」
そう言い、すぐさま葉月を呼び出した。
―――
葉月は呼び出されて、何事かと、所長室に入室する。葉月の両の眼は色違いになっていた。これは暦の眼球を移植したものによる。以前は同じ色だった。
菫は酒を飲み、笑いながら、葉月に話しかける。それが葉月の癇に障り、声に少しの怒りを含ませた。
「何の様だ。見回りで忙しい時に!」
「なあに大切なことだ。隕石をどうにかできるぞ」
「何だと!?」
この言葉で彼女の苛立ちは驚きで吹き飛んだ。どうやってと菫に詰め寄る。
「嫦娥の手立てで、隕石がある空間まで行き、私の改良したパワードスーツで破壊する」
「そんなことが、可能なのか!?」
「改良したスーツの機能は物質を塵に変えることが出来る。スーツの機能をエルカードで補助すれば可能だろう」
「…お前の命はどうなんだ。スーツの機能はお前の命を蝕むだろう?」
「まあね、今回使用したら、死ぬなあ。隕石を破壊するほどの力を使うし」
それを聞いて止めようと説得する葉月。グビリグビリと酒を飲みながらそれを聞く菫
「それなら、私がスーツを使う!お前は何もしなくていい!」
「駄目だ。お前はスーツを一度も使ったことが無いだろう。もし失敗したら目も当てられん。それにお前はアズとの関わりがある」
「しかし、今回の隕石はみんなに伝えられた。もしかすると気づく能力はみんなに与えられたのかも知れないだろう?」
「確証が無いのと隕石の連絡後、化け物の出現に気付けたのは、お前だけだ。おまえが死んだら今後どうする?」
「それは…お前やミヅクさんが何とか出来るだろう!?私の代わりなんかさ!」
「無茶言うなよ。少しは落ち着け」
「落ち着いてられるかよ!」
引き留める言葉を必死に出す葉月。それに対して菫は淡々と答えた。葉月はどうしても納得できなかった。
やがて酒が飲み干し、葉月に告げた。
「じゃあ、隕石破壊しにいってくるわ。酒も無くなったし」
「そんな急すぎだろ。まだ話が!」
「物事は急なもんさ、私は隕石を破壊すると決めた。……なんか言っておくことない?」
「どうして…お前はそんな…お前の人生はそれでいいのか……?」
「良いさ。私が決めたことだ。アサキシへの復讐も果たした上に、昔から気になっていた夢幻のまちについても知れた。もう十分だ」
「そんな……どうして……どうしてみんな先に」
「……お前の人生は過去も今も大変な災難続きだが、生きてたら幸せはくる。必ずな」
そう言い、菫は嫦娥に渡された月の都へと行ける光る玉を使う。
かつて了と葉月が使用した物と同じ物だ。彼女は黄色い光になって、嫦娥のもとへ転送されていく。
菫は葉月に向かって告げた。
「さよならだ。葉月」
「待って!」
葉月は菫を留めるため、手を掴もうとしたが相手は光となり、掴むことは出来なかった。
「…」
所長室には葉月、一人になった。
――――
月の都。
嫦娥の宮殿の一室。部屋の内装は豪華絢爛で、住む者の富や位の高さを表していた。部屋の外からは祭囃子の様な楽し気な音楽が聞こえる。
これは穢れの土地、ゴミ箱世界の夢幻のまちが、滅ぶと聞いての月の民の騒ぎであった。
そこに菫は現れた。嫦娥以外、今ここに夢幻のまちの者が着てることは知らない。嫦娥は嫌な顔せずに出迎えてくれた。部屋に現れた彼女は瞬間移動に驚きながらも、嫦娥に挨拶した。
「おお~ここが」
「…来たのね。こちらも準備が出来ているわ」
嫦娥が指さすと、そこに丸く黒い空間が現れた。それを見て菫は、いつか似たようなものに了が入っていった事を思い出した。嫦娥は菫に尋ねる。
「貴方、死ぬのが怖くないの?」
死を恐れて不老不死になった嫦娥にとって、自ら死にゆく者の気持ちが分からなかった。嫦娥の問いに彼女は少し間を置いて答えた。
「…怖いさ、だが皆いつか死ぬもんだ、私はここで。それだけの事なんだ」
「そう…」
「それに、隕石を破壊して世界を守る。これは良いことさ」
「塵箱の世界を?」
夢幻のまちが滅んだからと言って、他世界の者は悲しまない。それは菫にもわかっていた。彼女は過去の事を思い出しながら語る。
「……塵箱世界と言われようが私が生まれた世界だ。守る価値は十分あるさ」
「そんなものかしら……」
「そんなものさ、それに人生に終わりが無いのは、少し寂しい気がしてな」
「……」
そう告げ、空間の前に立ち、最後の装着を行った。
「…大装着」
真紅の装甲を纏い暗闇の空間へ入った。空間は閉じ、残された嫦娥は死にゆく者への祈りを捧げた。
菫が入った先は暗黒空間であった。
その暗黒空間の中心に、巨大な隕石が佇んでいた。
辺りには隕石の他には何もなく、音は自身の呼吸音しか聞こえなかった。
その光景を見て、彼女はどこか寂しさを感じた。
菫は拳を握り、エルカードとスーツの機能を発動した。
〔ハイパーマキシマム〕
<リミットオーバー>
静かな空間に音声が鳴り響く。装甲は赤く輝き、空間を黒から赤へと染め上げていく。
そして隕石に向かい拳を放った。
瞬間、赤色の閃光が空間全てを塗りつぶした。
―――
夢幻のまちにて 上空に映る隕石の影が、赤い光によってかき消され、空を赤く染めた。人間や妖怪はそれを見て、不思議と恐怖を感じなかった。
―――
「馬鹿な…ありえない」
「…お前の計画は失敗したな」
アズが作り出した空間にて、人狼とアズは計画が失敗したことに驚いた。失敗したことで人狼は頭を抱え、すぐさま夢幻のまちに化け物を召還してくれとアズに頼み込む。
しかし彼女は拒否した。その言葉に驚き、何故だと問いかけた。アヅは淡々と話す。
「夢幻のまちに、もはや社会といったものが機能していない。全てを滅ぼさずともこれで十分だ」
「なんですって!それでは私の願いは!?」
「残念ながら無効だ。お前には時間をかけすぎた。やはりどこか殺める行為に抵抗があったのだろう」
「そんなことは無い!」
「そうかな?自分の手で多くの者を殺すのではなくて、化け物や隕石に頼った」
「…それはその方が効率がいいだろう!第一になぜ葉月に力など与えた!奴の能力は進化していたぞ!」
「公平さのためだ。そうしなければ一方的に滅ぼしてしまう。それでは面白くない」
「そんな理屈!通るモノかよ!」
「お前がそう思うならそれでいいが、計画は失敗に終わった。しかし私の願いは叶えられた」
「…わたしは用済みか」
人狼はアズを睨みつけた。それを見て相手は笑いながら話す。
「おっと、もちろん私は鬼ではない。君に最後のチャンスをやろう。私の望みを叶えろ」
「…なんでも言え」
「おっと自分の願いが叶えられなかったから、いきなりため口かい? まいいか、私の望みは葉月を殺すことだ。それでお前の願いを叶えてやろう。奴はこれからの私たち代行者に対して復讐を行いかねん」
「…それで願いが叶うなら、そうしてやろうッ!」
そう吐き捨て、空間を切り裂き、葉月のもとへ向かった。




