第三十三話 実在しない天体
アズが作り出した暗闇の空間にて。
彼女は人狼を呼び出していた。人狼は何故呼び出されたのか不審に思いながらも対面した。彼女は頬杖をつきながら人狼に、何故、ここ最近人里を襲ってない?と問う。
それを聞いて、人狼は頭を下げ、それらの理由を話し始めた。
「それにはれっきとした理由がございます。これをご覧ください」
「これは、エルカード…」
人狼が見せたのは<サモン>と書かれたエルカードであった。
「これを探していました。申し訳ありません」
「しかしなぜ、これを?」
「私は夢幻のまちにて自分の力をより向上させるために、エルカードを探している最中に手に入れた物です。このカードは使用すると、何かを呼び出す力を得ることが出来ます」
「…化け物の類なら私の力でどうとでも、なろうに」
「私が呼び出そうとするのは、化け物ではありません。いえ確かに化け物と同じ幻想存在ですが」
「…申してみろ」
「はい私が呼び出すのは、バルカンと言われる存在しない天体です。バルカンは人間世界によって、実在が否定されました。それを<サモン>カードで呼び出し、夢幻のまちに落とします」
「なるほどな、呼ぶのは良いが、実在しないのだぞ?」
「ご安心を、夢幻のまちは在りえないモノの存在を肯定する世界です。この世界そのものがバルカンは存在すると認識するでしょう」
その話を聞いて笑い、人狼をほめた。
「さすがだ、これなら手っ取り早くすむな…私のある考えも消えたよ」
「ある考え?」
「それは、この計画が失敗したら、話そう」
「…わかりました」
「しかし、夢幻のまちと言えど、天空に突然、惑星を出現させるのは不可能だ。その所は?」
「はい問題ありません。バルカンを惑星として、呼び出すのではなく、巨大な隕石として呼び出します。
惑星サイズに比べたら、隕石など小さいモノですが、夢幻のまちを滅ぼすには良いサイズと思えます。
この計画に関してのお願いがありまして、バルカンを呼び出す空間を用意してほしいのです」
「ふむむ」
話を聞いた彼女は人狼の願いに快諾した。
「良かろう、用意してやる。しかし杏奈。これには条件がある。それは夢幻のまちの者共に隕石が落ちる事を知らせることだ」
「なぜさようなことを?知らせる役目は葉月が居ましょうに?」
その疑問に、彼女は大げさに身振り手振りしながら話す。
「今回の事は、あまりにも葉月側に不利なのでな。知らせることで公平にしなければならない。それに夢幻のまちの者共に知らせた方が社会に混乱が起きるぞ」
人狼はこの言葉にどこか不信感を感じたが、杞憂と思い、振り払った。
「なるほど、分かりました」
「しかしなー隕石か。恐竜が滅んだのも隕石だっけな。しかしバルカン何てもの良く知っていたな」
「はい、私の夫が天体に関する話や出来事を知っておりまして、よく私や子供に聞かせてくれたのです。その時に…」
杏奈は楽しかった幸福だった日々を思い出しながら話す。それを見て顔をにやにやとさせた。
「あれか、そんな話をされながら、口説かれたのか?」
「…内緒です」
そう聞かれて、顔恥ずかしさからそむけた。相手は笑う。
「ふふん。バルカンを呼び出すのには呼び出して落ちてくるまでの時間はあるか」
「呼び出して落ちてくるまで、五日間かかります」
「ふむ、それだけあれば、社会の混乱も引き起こすのに十分かな」
アズはこれからの夢幻のまちの惨状と自らの役目が果たされることに喜び、思わず椅子から転げ落ちそうになった。




